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パラオの新型コロナウイルス感染者ゼロと、背景に見える「中国」との関係

宮路秀作地理講師&コラムニスト
パラオにて著者撮影

朝、スマートフォンを片手にTwitterを見ていると、「志村けん死去」の文字が飛び込んできました。寝ぼけ眼だったのですが、一瞬にして目が覚め、その直後から襲ってくる、言葉にしようのない虚無感が襲ってきました。

 

新型コロナウイルスの感染拡大は日増しに深刻な状況となっていて、もはや「ゴールのないマラソン」を強いられている状況となってきました。「ウイルスにかからない」というよりは「(すでに持っているかもしれない)ウイルスをばらまかない」という意識が必要と思われます。不要不急の外出は控えなければなりません。

 

さて、3月11~17日の6泊7日の旅程で、スカイマークのチャーター便を利用してパラオ共和国へ行ってきました。私自身、14回目のパラオ旅行です。「パラオってどこ?」という感想をお持ちの方もいらっしゃるでしょう。パラオの首都マルキョクは北緯7度、東経135度に位置します。まさしく日本の真南に位置する国です。

 

元々、成田-パラオ便はデルタ航空が就航していましたが、2018年5月をもって運休となったため、日本からパラオへ行くには韓国経由、台湾経由、グアム経由の3つ、もしくは日本航空(JAL)や全日空(ANA)のチャーター便を利用するしかありませんでした。

 

今回、スカイマークがチャーター便を飛ばしたことは、近い将来の定期便就航に向けての布石であろうと広く認識されています。スカイマーク株式会社代表取締役会長の佐山展生さんと面識があり、直接お話をしたことがありますが、実際に定期便に向けてかなり前向きなお話をしてくださいました。

1.パラオの新型コロナウイルスの状況

3月30日午前9時現在、パラオ国内の新型コロナウイルスの感染者はゼロです。しかし3月3日時点で、「感染の疑いのある患者」が1名確認されていました。アメリカ合衆国オレゴン州からパラオへ渡航していた73歳の女性の方でした。3月7日にこの女性は陰性であると発表されます。発表したのは「台湾疾病管制局」でした。

 

3月30日現在、パラオで決まっていることは以下の通りです。 

  • 3月23日(月)~4月3日(金)まで全学校が休校
  • 3月18日(水)から5月30日(土)まで50人以上の集会の自粛要請
  • パラオ共和国政府職員の海外渡航禁止
  • 国内においての検疫対策の強化を引き続き行う

 

また、パラオは以下のような入国制限を設けました。 

  • 14日以内に中国、香港、マカオへの渡航歴(乗り継ぎ含む)がある方は入国禁止
  • 入国には健康状況申告書の記入が必須
  • 中国、香港、マカオに過去14日以内に寄港経歴のあるクルーズ船は4月30日(木)まで入国禁止

 

われわれが出発した3月11日時点では、イタリアを除いたヨーロッパ諸国やアメリカ合衆国での新型コロナウイルスの感染拡大はそれほど顕著ではありませんでした。ダイヤモンドプリンセス号の話題が落ち着き、どちらかというと関心は韓国やイランでの感染拡大に向いていたのではないでしょうか。

 

そんな状況下でもあり、キャンセルが相次いだのか、はたまた別の要因なのか、成田発パラオ行の便(BC837)の搭乗率はざっと3分の1程度でした。おかげで3席を独り占めして快適な空の旅となりました。今回スカイマークが使用した機材はボーイング737-800型機で177席の中型旅客機です。ですので、50名程度の搭乗者数だったと思います。パラオに到着すると、パラオ国際空港では「健康問診票の記入」と「体温チェック」が行われました。

 

普段利用するダイビングショップやレストランも、キャンセルが相次いでいるようで、「パラオが倒産する」と冗談とは受け取れない嘆きを至るところで耳にしました。

 

2.中国からのパラオ入国禁止と風評被害

実は、パラオは2月1日の段階で「中国や香港、マカオからの飛行機の入国禁止」を行っていました。当初は2月29日までの措置だったようですが、2月14日には3月31日まで、3月18日には4月30日までと二度の延長が発表されています。

 

また2月5日には「日本や台湾、韓国、グアムからの旅行については制限していない」との声明が出されています。

 

また風評被害は無知がゆえに起こりうると改めて思うことがありました。

太平洋に浮かぶミクロネシア連邦は、1月31日時点で非常事態宣言を発令しています。これによって、「パラオへ入国できるのか!?」といった問い合わせが増加したそうです。

 

ミクロネシア連邦以外のオセアニア諸国で風評被害、パラオは日本から渡航可能

 

オセアニア(Oceania)は、オーシャン(Ocean)に接尾語の「ia」を付けた用語です。このオセアニアは「ミクロネシア」、「ポリネシア」、「メラネシア」、「オーストラリア」の4つの地域に区分されます。

 

「ミクロネシア」に属するのは、パラオ共和国、ミクロネシア連邦、マーシャル諸島、ナウル、キリバスの5カ国に加え、北マリアナ諸島(サイパンやグアムなど)、ウエーク島などのアメリカ合衆国領です。

 

つまり、パラオ共和国は「ミクロネシア」に属する国ではありますが、両国とも独立国であるため、「パラオがミクロネシア連邦に属する」ということはありえません。こういった無知が風評被害をもたらしたわけです。そこで、パラオ政府から2月5日に声明が出されるわけです。

 

3.パラオと国交を有する「中国」

パラオが承認している「中国」とは中華民国のことです。オセアニアでは、他にマーシャル諸島、ナウル共和国、ツバルなどが台湾を国家承認しています。

 

台湾の新型コロナウイルスへの対応は迅速でした。マスク転売禁止や入国制限、学校などの開校を2週間延期(2月2日発表、日本の臨時休校要請は2月27日)するなど、矢継ぎ早に対策を打ち出しました。2月28日の台湾で行われた民意調査では国民の実に82%が政権の防疫政策に満足すると回答しています。

 

ここまで迅速に「次の一手」を打てたのは、言い方は悪いですが「選挙対策」といえます。そもそも今年1月に行われた台湾の総統選挙は、投票率がなんと74.9%と高い数値を示しました。2016年は66.3%とやや低かったのですが、2012年は74.4%、2008年は76.3%、2004年は76.3%、2000年は82.7%と実に高い水準で推移しています。

 

総統選、投票率は74.9% 前回比約9ポイント増/台湾

 

国民が納得するような公共サービスの提供こそが、政権維持に繋がるとの認識です。政権維持のためとのいやらしさがあったとしても、結局は「国民のため」になるのですから、好意的に受け止めているようです。

 

台湾の年齢別人口構成をみると、幼年(15歳未満)人口割合は12.92%(日本12.70%)、生産年齢(15~64歳)人口割合は72.52%(同59.73%)、老年(65歳以上)人口割合は14.56%(同27.58%)です。子供たちの割合はほぼ変わりませんが、台湾では日本ほどの高齢化問題はまだ起きていないことがわかります。しかし、合計特殊出生率(15~49歳の女性が一生涯で産む子供数の平均値)をみると、台湾の1.13は日本の1.43よりも低く、将来的に必ず高齢化が進むことは明白です。そのために、少子化対策に関する政策は手厚い傾向があります。

台湾における少子化と政策対応

 

また世界保健機関(WHO)は、台湾の加盟を排除しつづけています。そのため、WHOの会合には台湾の参加が認められていないことが多く、情報共有が迅速に行われないなどの不利益を被ることが多々あります。2002年の重症急性呼吸器症候群(SARS)が流行した際も、情報共有が進まずSARSの終息は世界で最も遅い国となりました。

 

新型肺炎で台湾がWHOから排除され続ける理由 

 

4.なぜ、迅速な中国からの入国禁止が可能だったのか?

パラオへの中国人観光客は増加の一途をたどっていました。2011年1600人だった中国人観光客は、2012年3700人(日本人観光客は3.7万人)、2013年9300人(同3.6万人)、2014年2.1万人(同3.8万人)、2015年9.1万人(同3.1万人)、2016年7万人(同3万人)、2017年5.5万人(同2.6万人)、2018年5万人(同2.4万人)となり、日本とほぼ反比例して増加していました。しかし、2017年11月に「パラオが台湾との国交関係を維持している」ことを理由に、中国政府は国内の旅行会社にパラオ便の取り扱いを停止するよう指示したこともあり、減少に転じました。また、パラオ政府としても「特定の国からの観光客に依存するのは好ましくない」との判断から、中国人観光客を制限しました。それでも、中国人観光客が圧倒的に多いことは事実です。

 

情報共有が進まない台湾において、2002年の教訓も踏まえ、新型コロナウイルスへの対応は「自分で考えて、決断し、迅速に行動した」といえます。それがかえって功を奏したとも言えるでしょう。

 

そんな台湾と国交を有しているのがパラオです。そして多くの中国人観光客が訪れる国でもありました。パラオが中国からの入国禁止を打ち出すのは大変たやすいことですが、観光業を主産業とする国であり、経済よりも国民の安全を優先させた、その政治手腕は見事です。早い段階で中国人の入国禁止を打ち出したことこそ、パラオでの感染者ゼロ(3月30日現在)に繋がっているといえそうです。

 

新型コロナウイルスが終息した暁には、15回目のパラオ旅行をしたいと思います。その頃にはスカイマークの定期便が就航していることを期待します。

地理講師&コラムニスト

地理講師&コラムニスト。日本地理学会企画専門委員会委員。出講する代々木ゼミナールでは、開講されるすべての地理の講座を担当し、全国の校舎・サテライン予備校に配信される。現代世界の「なぜ?」を解き明かす授業が好評。さらに高校教員向け「代ゼミ教員研修セミナー」の講師も長年勤めるなど「代ゼミの地理の顔」。2017年発行の主著『経済は地理から学べ!』(ダイヤモンド社)の発行部数は6.5万部を数え、地理学の普及・啓発活動に貢献したと認められ、2017年度日本地理学会賞(社会貢献部門)を受賞。他方、各誌にコラムを寄稿中。新刊は『現代史は地理から学べ』(SB新書)、『地理がわかれば世界が見える』(大和書房)

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