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赤ちゃんが亡くなる例も 意外と多い「抱っこひも」の事故、どう防ぐ?

坂本昌彦佐久医療センター小児科医長 日本小児科学会指導医
(写真:アフロ)

子どもが小さい間は、家事を済ませたり、用事をこなしたりするときに、抱っこひもやスリングを使って抱っこやおんぶをすることが多いと思います。

抱っこひもやスリングは身近なツールでよく使われます。いっぽうであまり知られていませんが、これらのデバイスにまつわる事故はそれなりに起きています。事故で多いのは頭の打撲ですが、数は少ないものの窒息も報告されています。今回はこれらの事故とその予防についてまとめたいと思います。

抱っこひものバリエーションが豊かに

抱っこひも安全協議会が2020年にインターネットで行ったアンケート調査(回答3700件)によると、保護者が使っている抱っこひもの種類として、腰ベルト付が80%、腰ベルトなしが10%、スリングは2%でした[1]。最近はそれ以外にも座面に座らせて抱っこできるヒップシートを使う保護者の方も見かけます。

特に最近はベビーウェアリングといって、親が赤ちゃんを身に着ける(wear)ように密着させて、抱っこやおんぶをすることで赤ちゃんの発達に配慮しようという考え方も広まってきています。抱っこに対する考え方の変化に伴い、抱っこひもも昔よりもバリエーションが豊かになっています。

赤ちゃんのケガで最も多い頭部打撲。抱っこひもからの転落も多い

 そんな抱っこひもですが、それにまつわる事故が少なからずあることはあまり知られていません。

 こどもがケガをする部位でもっとも多いのは顔や頭です(全体の4割くらいと言われています[2])。特に赤ちゃんの頭部打撲の原因としては、抱っこひもなどの乳児用品が多いことが知られています。

 たとえば、生後3か月未満の乳児の頭部外傷で入院した35例を調べたところ、約半数の18例が抱っこひもやスリングと言った乳幼児用品からの転落でした[3]。

逆に、米国での古い報告になりますが、消費者製品安全委員会のデータベース(1990-1998)では、成人が抱っこひもなどのベビーキャリアを着用していて起こした赤ちゃんのケガのうち、74.5%が頭部外傷で、18%で入院が必要だったという報告があります[4]。

 これらの報告から、乳児の頭部のケガの原因のうち、抱っこひもやスリングによるものは少なくないことが分かります。

また、これらの事故は思った以上に重症なケースも少なくありません。

 例えば日本小児科学会は、生後4カ月の赤ちゃんを抱っこひもで前抱っこしている状態で、駅でカバンから財布を取り出そうと前かがみになった時に、赤ちゃんが右わきから滑り落ち、地面に頭をぶつけてくも膜下出血を起こした例を報告しています[5]。

私自身も日常診療で、赤ちゃんが抱っこひもから落下して頭をぶつけ、骨折してしまった事例を複数経験しています。決してまれな事例ではないということですね。

抱っこひもからの転落事故を防ぐために知っておくべきポイント

これらの事故を防ぐためのポイントを、東京都はリーフレットで紹介しています[6]。

東京都「抱っこひもからの転落事故に気を付けて!」注意喚起リーフレットより
東京都「抱っこひもからの転落事故に気を付けて!」注意喚起リーフレットより

 このチラシでは、バックルの留め忘れやベルトの緩みの有無などのチェックすべきポイントや、子どもの位置や様子に気を配ること、前かがみなど注意すべき姿勢などについてまとめられています。

 もちろん、気をつけましょうという注意喚起だけでは事故を防ぐことはできません。前かがみになっても赤ちゃんがずり落ちない製品の普及も求められます。

スリングでは赤ちゃんの窒息事故の報告も

 抱っこひもの中でも、スリングは親が赤ちゃんに密着できることから最近人気の乳児用品です。

 いっぽうで一部のスリングでは赤ちゃんの鼻や口が布地や介護者の体に押し付けられて息ができなくなったり、体をc字型にカールさせてしまうことで呼吸が苦しくなってしまうリスクが指摘されています[7]。

 実際に米国の消費者製品安全委員会は、2003年から2016年の間に17名の乳児が製品使用中に亡くなったと報告しています[8]。

 日本小児科学会も、子守帯(スリング)内で生後2カ月の赤ちゃんが亡くなってしまったケースを報告しています[9]。もっとも、このケースでは、原因が窒息だったのかは特定できておらず、胸が圧迫された可能性や、体温調節の異常などの可能性もあるとしています。また、ここまでスリングのリスクについて記載しましたが、口や鼻が覆われることでの窒息のリスクは他の抱っこひもでも同様です。

スリングの窒息事故を防ぐために

先ほどの米国消費者製品安全委員会は、抱っこひも(特にスリング)による窒息を防ぐために以下の安全な使用上のポイントを紹介しています。

1)乳児の顔が覆われておらずスリングの着用者から常に見えるようにする。

2)スリングで赤ちゃんを授乳する場合は、授乳後に赤ちゃんの位置を変え て、赤ちゃんの頭が上を向き、スリングと母親の体から離れるようにする。

3)スリングで赤ちゃんを頻繁にチェックする。常に、赤ちゃんの鼻と口を塞いでいるものがなく、赤ちゃんのあごが胸から離れていることを確認する  

自転車抱っこで転倒し、お子さんが亡くなってしまったケースも

 さて、再び抱っこひもと頭部打撲のお話に戻ります。

先日、お子さんを自転車に乗せていて転倒し、投げ出されたお子さんが後ろから来た車にはねられ、亡くなってしまうという痛ましい事故がありました。この事故では抱っこひもを使っていたわけではありませんが、改めてお子さんと一緒に自転車に乗る際のリスクなどが話題になりました。

 抱っこひもに関する自転車の事故としては、2018年に母親が電動自転車で走行中に転倒し、前抱っこしていた1歳4カ月の次男が頭を強く打ち、亡くなってしまったという痛ましいニュースがあります。

 こどもが複数人いて、歩いて保育施設に送りに行けない場合、特に都内などで車がない場合には自転車での送迎は珍しくない光景です。他に方法が・・というところも正直なところかと思いますが、小児科医として、まずフラットにリスクをお伝えし、この課題を考えてみたいと思います。

子どもの頭への衝撃は骨折リスク基準の2~3倍

 先ほど前抱っこの自転車事故のお話を書きましたが、道路交通法では、前抱っこして自転車に乗ることは法律違反とされています。一方おんぶであれば、法律上は可能です。では、赤ちゃんをおんぶして自転車に乗るリスクはどれくらいなのでしょうか。

 ここで成人と乳児のダミー人形を用いて前抱っこもしくはおんぶした状態で自転車から転倒した時にかかる力を調べた興味深い実験をご紹介します。この実験では人形の頭部にセンサーを付けて、モーションキャプチャーの技術や、転倒した際に床面にかかる力を測定できる機材を用いて測定しました。

 その結果、転倒時に赤ちゃんの頭部にかかった荷重は、頭蓋骨骨折リスクとなる基準の2.2~3.5倍に達し、ひとたび転倒事故が起きると非常に大きなリスクとなることが分かりました[10]。特におんぶの場合にその衝撃はより強かったとのことです。理由として、前抱っこの場合には成人の体が干渉して前胸部付近で止まっていましたが、おんぶの場合、成人と干渉する部分がないのでそのまま飛び出して地面と激突するリスクがあるためと考えられました。

欧米で人気のチャイルドトレーラーは事故予防のメリットもあるが・・

 抱っこひもでおんぶをして自転車に乗る事故を防ぐ方法はないものでしょうか。

確実なのは乳児を背負って自転車に乗ることを全面禁止することです。とはいえ、「危ないとわかっているけど他に選択肢がない」というご意見もあるだろうと思います。歩いて登園するには遠いけど車がない、という都心部などでは、禁止と言うだけでは問題は解決できません。

 対応策の選択肢として、海外でも使われているチャイルドトレーラー(サイクルトレーラー)が紹介されることもあります。

チャイルドトレーラー(イラスト:江村康子)
チャイルドトレーラー(イラスト:江村康子)

 チャイルドトレーラーは重心が低いため安定性が高く、親の自転車の車輪に巻き込まれるリスクがなく、落下しても高さが低い、という点で事故予防という点からもメリットは大きいとされ、欧米を中心に市民権を得ています。全体が風防や幌で覆われているので雨風をしのげるなどの利便性もあります。

 いっぽう、日本では「軽車両」の区分になるため車道走行が原則となり、自転車通行可のマークがある場所でも通れない、大きさの関係上駐輪場に止められない場合もある等のデメリットもあります。風防でおおわれていることで、逆に暑い日などは熱中症のリスクもあるかもしれません。

 まだまだなじみの薄い日本では心理的なハードルも高いかもしれません。新しいデバイスが広まる際には、認識されていなかった事故が明らかになることもあり、メリットとデメリットを考える必要があります。

 いずれにせよ、まずは抱っこやおんぶで自転車通行し転倒した場合の頭部外傷リスクが非常に高いという事実を知ることが大切です。そのうえで、交通手段の金銭的補助や、乳児用トレーラーを安全に使える環境の整備など、問題解決に繋がる方法を考えていければと思います。

<参考文献>

1.抱っこひも安全協議会. 抱っこひもの安全な使用に関する調査, 2020.

2.国民生活センター. 医療機関ネットワーク事業からみた家庭内事故-子ども編-, 2013.

3.平石のぞみ他. 入院を要した乳児期早期の頭部外傷における受傷機転の特徴と予防策の検討. 外来小児科, 2016, 19(3):270-275.

4.Frisbee SJ. et al. Adult-worn child carriers: a potential risk for injury. Inj Prev, 2000, 6(1):56-58.

5.日本小児科学会. Injury Alert No.41 抱っこ紐からの転落による頭部外傷. 日本小児科学会雑誌, 2013, 117: 1366-1369.

6.東京都. 抱っこひもからの転落事故に気を付けて, 2016.

7.米国小児科学会ウェブサイト. Baby Carriers: Backpacks, Front Packs, and Slings. 2021.

8.Commission U.C.P.S. New Federal Standard to Improve Safety of Infant Slings Takes Effect, 2018.

9.日本小児科学会, Injury Alert No. 19 子守帯(スリング)内での心肺停止. 日本小児科学会雑誌, 2010, 114:1629-1630.

10.野村理 他. 保護者の自転車に子守帯を用いて同乗した乳児の外傷. 日本小児科学会雑誌, 2019, 123(5): 839-848.

佐久医療センター小児科医長 日本小児科学会指導医

小児科専門医。2004年名古屋大学医学部卒業。現在佐久医療センター小児科医長。専門は小児救急と渡航医学。日本小児科学会広報委員、日本小児救急医学会代議員および広報委員。日本国際保健医療学会理事。現在日常診療の傍ら保護者の啓発と救急外来負担軽減を目的とした「教えて!ドクター」プロジェクト責任者を務める。同プロジェクトの無料アプリは約40万件ダウンロードされ、18年度キッズデザイン賞、グッドデザイン賞、21年「上手な医療のかかり方」大賞受賞。Yahoo!ニュース個人オーサーアワード2022大賞受賞。

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