「おっさんずラブ」が起こした作り手とファンとの共振〜その鍵をプロデューサーに聞く〜
響き止まぬ「おっさんずラブ」が起こした共振
春ドラマの中で不思議な盛り上がりを見せたテレビ朝日「おっさんずラブ」。土曜日23時台という放送枠で”おっさん同士の恋愛”というユニークな題材を描いたこのドラマが、ツイッター上で異常と言えるほど盛り上がった。
最終回では最高潮に達し、放送中のツイート数が「逃げ恥」を大きく上回り、世界トレンド1位も獲得した。視聴率は高いものではなかったが、濃いファンが盛り上がってくれたのだ。
筆者はその時の様子を3回に渡ってYahoo!に書いた。
「おっさんずラブ」最終回で「逃げ恥」ツイート数を超える可能性が!(6月2日)
「おっさんずラブ」ツイート数「逃げ恥」を抜いて大記録!番組への愛がネットを駆け巡る(6月4日)
「おっさんずラブ」のツイート数爆発は「愛」としか言いようがない(6月5日)
この時、ファンの皆さんから教わったのは、このドラマが描いた「人を好きになる素晴らしさ」に強く共感したからこそ、ツイッターで盛り上がったことだった。その共振はいまも続き、グッズが驚くほど売れているそうだ。
それは素晴らしいことだが、なぜこのドラマに限ってそこまで見る者の心を共振させたのか。その理由を解き明かすべく、プロデューサーの貴島彩理氏にインタビューをお願いした。すでにたくさんのインタビュー記事が世に出ているのでファンの皆さんには説明は要らないだろう。テレビ朝日ドラマ制作部所属の若手社員で、「おっさんずラブ」が連ドラ2作目。そんなまだルーキーと言っていい作り手が、このドラマの新鮮な魅力をどう生み出したのか。大変長い記事だが、ぜひじっくり読んでもらいたい。
BLではなく王道恋愛ドラマが作りたかっただけ
---私のYahoo!の記事の中で「この反応の大きさはまずB Lファンが中心なのだろう」と書いたら、皆さんからツイッターで叱られました。「私はB L好きではありません!それとは関係なく好きなドラマです!」と言われて。皆さんの話を聞くと、純粋に恋愛を描く姿勢を評価しているのだとわかりました。同性愛が出てきても、誰も驚かないし、違和感を示さない。そこが特異な世界だったんだなと私は鈍いのであとから気づきました。一番最初に聞きたいのはそういう世界はなぜ生まれたのだろうということです。
貴島彩理氏(以下、貴島):BLのドラマを作ろうという意志は全くなく、私の中ではただただ「王道恋愛ドラマ」だと思って、作り続けていました。先日たまたまデスクのPCを整理していたら、最初に全スタッフと顔合わせした時の、挨拶のカンペメモが出てきて(笑)「企画を見るとコメディだと思われがちだけど、最後には2000年代の月9みたい…と視聴者に思ってもらえるような純愛ドラマとして作りたい」って書いてあって。きっと最初からそう思っていたのかなと。
私自身が春田やちずのような”クソダメ・アラサー女”でして、料理もしないし家事も全然できない。イケメンの執事と結婚したい(笑)でも、ありがたいことに同性の友達に恵まれていて。家に遊びに行けば、ご飯も作ってお片付けもしてくれて、私の世話を焼いてくれて…。それでふと「あれ、彼女たちと結婚しちゃいけないんだっけ?恋愛や結婚で大切なのは果たして性別なんだっけ?」と思ったのが、企画の発端。「人を好きになるとは何なのか」とか「現代男女の恋愛観」を描こうとしただけなんです。
だから、もしかしたら同性同士の恋愛ではなく、年齢差・国籍の違いの話になっていたかもしれない。最終話でちずに外国人の彼氏ができたり、マロが蝶子と30歳差の恋愛に挑むのは、そういう世界だっていいじゃないかという想いが反映されているのかもしれません。“好きという感情があれば、それでいい”という世界・・・みたいな?(笑)どう描いたらいいか迷ったときは、これは『恋愛ドラマだ』と立ち返って、「昔の月9だったらここでキスするよね、プロポーズして結婚までいくでしょう、元カレが出てきて揉めるでしょう」と、みんなで話し合いました。
---貴島さんは企画に深くかかわるタイプのプロデューサーですね?
貴島:たまたまオリジナルを2回やらせていただいているので、有難い体験だなと思います。打ち合わせはいつも物凄く楽しくて、「こんなお話はどうでしょう!」というザックリな夢プランを、一旦みんなにワーッて喋ってみると、他のプロデューサーや脚本の徳尾浩司さんが「私はこう思うよ」「もっとこうしたら面白くなる」とどんどん広げてくださって「わーホントだー!すごい!」と感動の連続みたいな。一作目の「オトナ高校」の時は、橋本裕志先生という大脚本家さんと組ませて頂いたのですが、よく飽きもせず、私のしょーもない話を聞いてくださるな…といつも頭が下がる思いで(笑)そして脚本が上がってくると、超面白い物語が出来ていて、「何これミラクル!?」みたいな…今でも感謝が止まりません。
「おっさんずラブ」でも、例えば部長と蝶子の夫婦の話は、未婚の私だけでは生み出せないアイデアばかりで、脚本の徳尾さんや先輩プロデューサーの皆さんから、目から鱗の名言をたくさん頂きました。私が感動して「深い…!」っていうと、「いやどのへんが!」と突っ込まれたりして。それがそのままマロと蝶子のやりとりになったりもしています。脚本家もプロデューサー陣も監督も、みなさん年齢もドラマ歴も私よりずっと先輩ばかりでしたが、いつもエネルギッシュで、思ったことは全部言ってくださって、彼・彼女たちが一緒に作ってくださったからこそ、出来上がったドラマだと思います。特に会話のかけあいが面白いのは、徳尾さんのシナリオの力がとても大きいです。
びっくりするほどの大きな反響に励まされた
---これは私の仮説ですが、貴島さんがいて、その周りに力のある脚本や演出の方がいて、そしてもちろん素晴らしい役者さんたちがいて、そういう空間が貴島さんの「恋愛ってこうじゃないか」という思いを増幅した。それに視聴者がドラマを通して呼応したんじゃないかと思うんです。個人的な強い思いがないとこんなにならないと思うんですよ。貴島さんの「結婚や恋愛をもっと自由に考えていいんじゃないか」という思いに、みんなそうそうと反応したんじゃないでしょうか。
貴島:そんな大それた事は全く…、むしろ私は結構ボーっとしているので、周りに揃った優秀で温かい人たちが、どんどんいつの間にか、形を作り上げて下さったイメージです。
ただ最初は「恋愛ドラマ」であると、視聴者にちゃんと受け止めてもらえるか、不安もありました。でも座長の田中圭さんを始め、キャストの皆さんが「俺たちは真剣に挑むから大丈夫だ」と励ましてくださって。ずっとドキドキはしていたんですが、初回の放送が終わった後に好意的な反響を多く頂いて、当事者の方からも「励まされた」「元気が出た」というお声もいただいて、あぁよかったなあと。伝えたかったことが伝わらない…ということも、ドラマを作っていて多いと思うのですが、その時の“伝わっている感覚”は純粋に嬉しかったです。
逆に5話ぐらいからは、こちらもびっくりするくらいの反響があって。例えば部屋の隅に置いてある小さな小道具、「春田虎の巻」の細かい文字内容など、何回も録画を見返さないと見つけられないような情報を、ファンの皆さんが発見してSNSで共有してくださって…。本来そういうものって、放送では少ししか映らないかもしれないから、言い方は悪いかもしれないけれど、抜こうと思えば手を抜ける作業。でも「おっさんずラブ」のスタッフはみんな、例え映らないかもしれなくても全力で挑んでくださる方々。「春田虎の巻」も5ページとか作って下さって。そういう影の努力のようなものを、ポジティブに発見してくださる視聴者の方がたくさんいたので、頑張っている“甲斐”みたいなものが感じられました。知らない間にニトリのマグカップが売れたり、衣装に使った洋服が品切れになったり。そういう反響はなかなかないので、スタッフ一同、すごく喜んでいました。
---その反応は貴島さんたちに何をもたらしましたか?
貴島:純粋に励まされました。この物語を楽しんで頂けているのかな、よかったなと思っていました。部長が4話ではるたんに振られたときも、「武蔵の部屋」インスタグラムに鬼のように励ましの言葉をいただいて。逆に6話で春田と同棲が発覚したときは大炎上して(笑)キャラクターが本当に生きているかのように皆さまがとらえて、応援したり怒ったりしてくださるのは、作り手側として嬉しいことですし、それだけ世界観に入り込んで頂けるのは、ありがたいなと思いました。
「武蔵の部屋」インスタグラムは宣伝チームと打ち合わせをしていたときに、ある男性スタッフが“部長目線のはるたんの隠し録りが載ってる裏アカウントがあったら面白いよね”とポロッと言いだして、みんなで面白い!と盛り上がってそのままやることになりました。宣伝チームも現場スタッフも、「面白い」と思ったらフットワーク軽く協力してくださる方々ばかりで、“やったことのないこと”にもポンポン挑戦できる環境で幸せだったなと思います。
公式ツイッタ―、インスタ用のオフショットも、撮影が進むにつれて、衣装部やメイク部からどんどん送られてきたり、助監督さんも面白い現象があると「今撮った方がいいですオフショット!」って呼んでくれたり(笑)スタッフ自身もSNSをフォローして楽しんでくれていたみたいで、理解があって温かい現場だなと思いました。「撮影の邪魔だからやめてください」みたいなことは本当に一度もなくて、むしろSNSと共存してくれていたイメージ。キャストのみなさんもすごく理解があって、座長の田中圭さんも何なら「オフショット撮る?」て聞いてくださったり。そうやってみんなを引っ張ってくださっていたことも、大きいと思います。
---放送中に貴島さんのインタビューがものすごくたくさん出てましたよね。これもなかなかやってくれないことじゃないかと思いますが。
貴島:こんなに取材のお話を頂くなんて…と今もびっくりしています。プロデューサーというのは裏方の仕事なので、最初はかなり躊躇したんですが、先輩Pに相談したら「ドラマを見てもらうために何でもやるのがプロデューサーの仕事だ」と背中を押して頂いて。「貴島もドラマの一部なんだから、何度も話してたくさんドラマのことを伝えたらいい」と。おっしゃる通りだなと背筋がシャキンとしまして。せっかくオファーを頂けるならば、感謝をこめて全部受けてみようと思いました。キャストが番宣を頑張ってくれるのと同じで、記事を読んで1人でも多くの視聴者の方に見ていただけるきっかけになるなら、頑張ってみようかなと思って。でも、最初はかなりガチガチに緊張しながら喋っていました(笑)写真も未だに恥ずかしいですし、出るたびに友人にイジられます…。
けれど、先輩たちも通ってきた道なので、そんなに珍しいことをしたという気持ちは特にないです。
ツイッターやグッズが新しい評価につながる?
---上層部の方の会見の中にもおっさんずラブの話が出てきてSNSで盛り上がっているという話までありましたが、そういう現象についてどう受けとめているんでしょうか?
貴島:「リアルタイムツイートを伸ばそう」という努力は、これまで他のドラマでもみんなやっていることだと思います。放送中にキャストが視聴者の質問に答えたり、オフショットを連動してアップしたり。ただ「おっさんずラブ」では、こちらが用意していないところで、視聴者の皆さんが「逃げ恥のツイート数を超えさせてあげよう」みたいな運動をしてくださっているのを見かけて。何時集合で何時頃にいっぱいつぶやいてハッシュタグはこれですよ~…みたいな取り決めをしてらっしゃって。境さんの記事も影響したのではないか、と思っています。
顔の知らない視聴者同士で、団結して応援してくださる様子を見て、感激しました。視聴率的にはあまり振るわなかったのですが、だからこそファンの皆さんが「私たちが助けてあげよう」と弱小野球部の応援みたいな、優しい空気を感じました。そのおかげで世界トレンド1位取れたのだろうなと。ファンの皆さんのおかげだなあと心から思っています。
---Twitterが盛り上がったり、DVDやグッズが売れていることに対して会社としての評価はどうなんですか?
貴島:もちろん、会社全体で番組を応援してくださっています。視聴率だけではない別の指標も評価されてゆく時代だ…という認識は、おそらくテレビ業界全体が感じていることなのかなと。「ザテレビジョン」さんが“視聴熱”という指標を発信してくださっていたのも、大きいと思います。新しい評価軸が生まれてゆくことは、ドラマの作り手にとっては、なにか1つ夢が広がる現象だな思います。
---私は「視聴率だけではない評価」としてツイッターをウォッチしているのですが、「おっさんずラブ」は、それがはっきり公に褒められた例かもしれません。
貴島:そうだとしたら嬉しい事です。でもそれは、記事を書いてくださる媒体の方々の力が大きいと思います。境さんの「逃げ恥を超えた」の記事もそうですが、毎話放送後にたくさん分析・感想記事を出して応援してくださって、キャッチーな言葉で押し上げて頂いたおかげで、今があるなと思っています。本当にありがたい思いです…! ライターの横川さんの書かれたnoteの記事(※)もとても素晴らしくて、ファンの方々がSNSで“公式ライター”と呼んでいらっしゃったので、サントラ取材の時に、インタビュアーをお願いしてみたりもしました。
※フリーライター横川良明氏が書いた「おっさんずラブ」の感想記事が毎回放送後にnoteで更新され、ファンの間で熱い支持を受けた
---続編は期待していいんでしょうか?
貴島:たくさんお声をいただいているので、なにか応えられるように頑張りたいなと思います。終わった後もファンの皆さまは、ずっと応援し続けて頂いて…きっとみんな“いい人”なんだなぁと、感謝の気持ちでいっぱいです。
---いい人っていうのもこのドラマにとって重要なキーワードな気がしますね。
貴島:そうかもしれません。キャストもスタッフも、ファンのみなさまもみんないい人!なんだか幸せ!(笑)私は基本性善説なので、「世の中悪い人はいない(…気がする!)」と思っていて。もちろん全てのドラマでそうは行かないけれど、今回は登場人物ひとりひとり、生まれた意味があってほしい、という気持ちでキャラクターを作りました。せっかく役を演じて頂くなら、キャストにもその役を好きになってほしいですし。でも、最終的には、演じてくれたキャストの力のおかげで、「みんないい人!」と視聴者のみなさまに思って頂けたのだと思います。だって春田なんて、設定だけ見たら、相当ダメでポンコツな男なのに…「みんなから愛されてもしょうがないよね」というキャラに育ててくださったのは、田中圭さんだったから、に尽きると思うので。キャストの皆さんのお芝居の力で、育ったドラマだと思います。
ピュアな思いが周囲を巻き込みファンに響いた
貴島氏の話を聞いているとワイワイ賑やかな打合せの光景が頭に浮かぶ。自分の考えたタネをどんどん共有して周囲を巻き込んでいく、ピュアなエネルギーがあるのではないか。「こんなのどうでしょう?!」という無垢な思いを聞いてあげているうちにいつの間にか輪に入り仲間になっている。”巻き込む力”という天性の能力を備えているように見える。
「おっさんずラブ」では「人を好きになるのに、性別も年齢も関係ない」というピュアなメッセージが、周りの先輩やプロたちによってエンターテイメントの形になり大きなパワーを持った。そのパワーに、同じ思いをもともと持っていた人びと、あるいは気づかされた人びとが反応したのだと思う。ピュアな思いが、ピュアな人びとに届いて増幅されたのだ。
テレビはマスの力を持つはずだが、情報量が加速的に増えた時代、へたをすると届くべき人に届かず終わる。そこにソーシャルメディアが加わることで、届くべき人に届いた。そして、反響が大きな渦となってネットを駆け巡っていった。テレビはソーシャルメディアによって”思いが通じ合う”新しい装置になったのかもしれない。
これまでも、ツイッターで盛り上がったドラマはいくつかあった。だが「おっさんずラブ」は”思いが通じ合う”という現象を起こした最初の例ではないかと思う。作り手とファンの心の響きあいが、また起こると楽しいだろう。続編にも期待したい。
そういう新しい現象とは別に、貴島氏が最初から「王道の恋愛ドラマ」という、自分がやりたいことをはっきり持っていたことも素晴らしいと思った。前に取材した、往年のヒットドラマを作ったプロデューサーも似たことを言っていた。時代が変わっても、作り手にとって大切なことは変わらないのだと思う。