Yahoo!ニュース

ニワトリ問題で“チキン”になったマックの未来は?

河合薫健康社会学者(Ph.D)
著者:sheilapic76

日本マクドナルドホールディングスのサラ・カサノバ社長兼最高経営責任者(CEO)の対応に、批判が相次いでいる。

「大切なお客に不安を与え、心配をおかけしたことを深くおわびします」と述べ、陳謝から始まった記者会見。

その内容は決して悪いものでもなかったし、今後のこともちゃんと述べているのに、なぜか………。

「私たちも被害者なのよ~。びっくりしたわ~。だって、HACCP方式とってるっていうから任せてたのに~。ホント困っちゃう」

というホンネが垣間見えてしまったことが悪かったのか。

いずれにしても、多くの“お客サマ”に極めてマイナスに近い感情をもたらしてしまったことは紛れもない事実だろう。

かくいう私も「マック……好きだったのになぁ」とショックをうけた。ちっとも論理的じゃないのだけど、「なんか……××」ってな気持ちになってしまったのだ。

誠実という言葉が妥当かどうかわからないのだが、「もうちょっと誠実さを感じたかった」――。そんな思いもある。

「でも、マクドナルドは別に謝罪しなくてもいいのに謝ったんだから、十分誠実じゃないか!」

そう口を尖らせている方も多いことだろう。

確かに。そのとおりだ。

でも、頭では理解できても、心が納得できない。なんとなくモヤモヤする。

「ホントに“お客さま第一主義”なの?」と。

そこで今回は、本物の“お客さま第一主義”を徹底した“事件”を紹介する。

それは、米製薬大手ジョンソン・エンド・ジョンソンの「タイレノール毒物混入事件」だ。

今から30年以上も前の、1982年9月。

当時、アメリカのどこの家庭にでも常備されている頭痛薬だった「タイレノールExtra Strength (Capsule)」を服用した人が、7人も死亡するという事件が起こった。

ジョンソン・エンド・ジョンソンは、自社製品に「疑いがある」という時点で直ちに全製品の製造・販売の中止を決定し、事件の報道からわずか1時間後には全米のラジオ・テレビを通じて製品の使用中止を呼びかけた。

衛星放送を使った30都市にわたる同時放送、専用フリーダイアルの設置、新聞の一面広告、TV放映(全米85%の世帯が2.5回見た計算になる露出回数)などの対応策を次々に講じ、注意などを呼びかけた報道数は、ジョン・F・ケネディ元大統領の暗殺事件以来の数と言われ、12万5000以上だったとされている。

CEO(最高経営責任者)であったジェームズ・バーク会長は、製品の使用中止を国民に呼びかけると同時に、ただちに経営者会議を招集し、グループ企業の1万人の全社員に向かって、国民に徹底的に「商品を飲まないように!」と情報を流すことを促し、市場のすべてからタイレノールを引き上げるよう指示。グループ企業での製造、関連会社での販売も、ただちに中止させた。

当時は、リスクマネジメントとか、コンプライアンスという概念は一般化されておらず、「企業が疑わしい」というだけの段階で、製品のすべてを市場から回収するなど、前例のない決断だった。

また、製品の回収に1億ドルの費用を投じ、企業秘密ともされていたデータを自ら進んで検査機関に報告したとされている。

事件発生後、ジョンソン・エンド・ジョンソンは、 タイレノールへの信頼を取り戻すために、外部からの異物の混入を防ぐ薬のパッケージの開発。さらには、消費者だけになく、医師へのプレゼンテーションを計100万回行うなど、ありとあらゆる策に全社を挙げて取り組み、1982年12月(事件後2カ月)には、事件前の売り上げの80%まで回復させた。

「疑わしい」というだけの段階で、経営トップも社員も全グループが一丸となって、自らの不利益を顧みず徹底的にできることを、あらゆる手段を講じて尽くしたことが、「消費者を第一に考える企業」として、企業イメージを高める結果となったのである。

ちなみに、後の調査で毒物は同社の工場ではなく、店頭で何者かによってタイレノールに混入されたことが明らかになっている。

つまり、ジョンソン・エンド・ジョンソンも、“被害者”だったのである。

「でも、これって7人もの人が亡くなったって事件があったからで、今回のマクドナルドの対応と同列に語るのはおかしいでしょ?」

そう疑問を呈する人もいるかもしれない。

でも、状況は違っても、その根幹に求められる“モノ”は同じなんじゃないだろうか。

「何のために自分たちがいるのか?」

「自分たちのすべきことは何か?」

その原点を忘れずにいられるかどうかだ。

実際、勇気ある決断を下したジョンソン・エンド・ジョンソンの当時のCEO、バーク氏はその理由について、『消費者の命を守る』ことをうたった、「我が信条(Our Credo)」という自社の企業理念に立ち返ったことだったと語っている。「今こそ、我が信条を貫こう!そのため私たちはいるのだ」と、苦渋の決断をしたのだ。

人間は、常に“愚かな心の動き”と背中合わせだ。正しいと思われることが、必ずしも褒められるとは限らないし、不条理なことは山ほどある。

でも、「何のために自分たちがいるのか?」、「自分たちのすべきことは何か?」と何度でも内省し、いかなる状況に遭遇しようとも、自分たちのやるべきことの原点に立ち返れるかどうかで、そのときの決断は決まる。そのうえで、どこまで、何をすればいいのか、決めればいい。

青臭い言い方だが、それは誰のためでもなく、自分の正義のため。自分にどこまで誠実でいられるか。勇気を出して、正義を貫く。

“チキン”になっちゃダメ、ということなのです。

健康社会学者(Ph.D)

東京大学大学院医学系研究科博士課程修了。 新刊『40歳で何者にもなれなかったぼくらはどう生きるか』話題沸騰中(https://amzn.asia/d/6ypJ2bt)。「人の働き方は環境がつくる」をテーマに学術研究、執筆メディア活動。働く人々のインタビューをフィールドワークとして、その数は900人超。ベストセラー「他人をバカにしたがる男たち」「コロナショックと昭和おじさん社会」「残念な職場」「THE HOPE 50歳はどこへ消えたー半径3メートルの幸福論」等多数。

河合薫の最近の記事