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「新しい資本主義」に欠落するもの 第7回 「賃上げ」と「資産所得倍増」の二兎を追う手段はあるのか

森信茂樹東京財団政策研究所研究主幹 
(提供:イメージマート)

参議院選挙で政権の安定度を高めた岸田政権、「新しい資本主義」もいよいよ各論に入っていく。

第5回で述べたように、「新しい資本主義」は賃金増と資産所得増の二兎を追うものだ。これを企業の立場から考えてみると、従業員重視の賃金増加か、株主重視の資産所得(配当・株式譲渡益)か、どちらを向いて経営すべきなのか、焦点が定まらないということになる。岸田政権は今後この辺りの不透明感を具体論でもって整理しきちんと説明する必要がある。

筆者は、賃金増と資産所得増の二兎を追う政策として、従業員持ち株会制度の拡充、株式報酬の幹部従業員への拡充を提言してきた。(東京財団政策研究所連載コラム「税の交差点」第98回「新しい資本主義」、「賃上げ」と「資本所得倍増」の二兎を追うことは可能か―株式報酬の可能性(https://www.tkfd.or.jp/research/detail.php?id=4009))。

従業員に対する還元を、給与に加えて、株式報酬という形で追加的に行うということで、具体的には以下のような方法が考えられる。

第一は、従業員が自社株を積立購入する従業員持株会制度を拡充させることである。この制度は、従業員の給与や賞与から掛け金を天引きして自社株を購入するので制度として簡便である。

メリットは、自社の成長とともに配当金やキャピタルゲインが得られるので、従業員の勤労意欲が増加する。もっとも従業員側には株式低下リスクもあるので躊躇する向きもあるかもしれない。しかし常に一定の金額で、時間を分散し定期的に買い続ける手法であるドルコスト平均法で投資するので、中期的には株価変動リスクは軽減することができる。

問題は、この制度をどのように奨励していくかということである。会社の奨励金を引上げることが有効だと思われるが、税制での支援も考えられる。関西経済連合会は「従業員持株制度におけるインカムゲインに対する課税の低税率化などの優遇措置により、企業と個人がともに成長を遂げることで、中間層の所得増にもつながるものと思われる」と提言している。

次に、役員報酬の一部として活用されている株式報酬制度を、取締役以外の執行役や幹部従業員に拡大していくことが考えられる。2015年6月の新たなコーポレートガバナンス・コードは、経営陣の報酬について、「中長期的な会社の業績や潜在的リスクを反映させ、健全な企業家精神の発揮に資するようなインセンティブ付けを行うべきである」と奨励してきた。従業員にも、退職まで売却できない譲渡制限付き株式(RS)を賃上げに加えて供与すれば、勤労インセンティブが高まり、同時に資産所得も増加する。

第5回で述べたように、資本収益率(r)>経済成長率(g)の世界では、株式投資など資本への収益率は、給与・賃金の伸びを上回るので、株式報酬を拡充することは格差拡大を防ぐ効果を持っているという視点も重要だ。

8回目以降(予定・順不同)

・Web3.0(仮想通貨、MFT、DAOなど)の世界と税制

・消費税インボイスと税のDX―電子インボイスの活用

・危険なシン・国家資本主義とMMTの組み合わせ

東京財団政策研究所研究主幹 

1950年生まれ。法学博士。1973年京都大学卒業後大蔵省入省。主に税制分野を経験。その間ソ連、米国、英国に勤務。大阪大学、東京大学、プリンストン大学で教鞭をとり、財務総合政策研究所長を経て退官。東京財団政策研究所で「税・社会保障調査会」を主宰。(https://www.tkfd.or.jp/search/?freeword=%E4%BA%A4%E5%B7%AE%E7%82%B9)。(一社)ジャパン・タックス・インスティチュートを運営。著書『日本の税制 どこが問題か』(岩波書店)、『税で日本はよみがえる』(日経新聞出版)、『デジタル経済と税』(同)。デジタル庁、経産省等の有識者会議に参加

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