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自民党総裁選の経済・財政の論点 第4回目 デジタルを活用して年末調整を廃止し、全員申告にすべきか

森信茂樹東京財団政策研究所研究主幹 
(写真:代表撮影/ロイター/アフロ)

自民党総裁選の経済・財政の論点

第4回目 デジタルを活用して年末調整を廃止し、全員申告にすべきか

河野太郎氏は、「時間をかけて年末調整を廃止し、全納税者が確定申告する」ことを目指すと主張している。彼の主張は、税のデジタル化を進め、欧米型の全員申告をわが国にも導入するということだが、加えて、納税に必要な所得情報などをデジタルで社会保障に連携させ、効果的で効率的な「デジタル・セーフティネット」を構築するという点にあるようだ。

まず、国民全員が確定申告をするという点について、マスコミや国民の受け止め方に誤解がある。彼の主張は、会社がサラリーマンに提供している年末調整を廃止する、サラリーマンは、国税当局が納税者のe-Taxに提供する所得情報や、マイナポータル経由で入手する情報を活用して申告するというものだ。

この点国税庁は「税務行政のデジタル・トランスフォーメーション-税務行政の将来像2023」(2023年6月)に、「日本版記入済み申告制度(書かない確定申告)」として、「申告納税制度のもとで、確定申告に必要なデータ(給与や年金の収入金額、医療費の支払額など)を申告データに自動で取り込むことにより、数回のクリック・タップで申告が完了する仕組み(「日本版記入済み申告書」(書かない確定申告))の実現を目指します。」とコミットしているのである。

「記入済み申告制度」というのは、北欧諸国をはじめ多くの欧州諸国が、納税者サービスとして導入している制度で、申告の直前に税務当局から送付(電子送付)されてきた自分の所得情報などを確認、間違っていれば訂正して送付することにより、スマートフォンで瞬時に申告が終わる制度である。わが国が目指している「日本版記入済み申告制度」は、それと同じことである。

彼が突飛なことを主張しているわけではない。デジタル大臣としての見識を披露したもので、決して絵空事ではない。

この方法(日本版記入済み申告制度)を、確定申告が必要なフリーランスやギグワーカーにも広げることができれば、彼他の申告は大幅に簡素かつ正確なものになる。そしてこの所得情報をセーフティネットに活用できれば、デジタルを活用した安心社会の構築(デジタル・セーフティネット)が可能になる。

では、全員確定申告のメリットは何か。

第一は、自ら税額を確定することにより、納税者(タックスペイヤ―)としての意識や権利が自覚されるということである。年末調整で申告不要になるサラリーマンは、自ら支払っう税額も正確には知らず、納税意識の欠如や、無駄な歳出に対する批判精神を損なわせている。

次に、年末調整制度は、企業に過重な事務負担を負わせる一方で、会社従業員のプライバシーを侵害させる場合がある。この問題が解消される。

また全員申告ということになれば、税務署に大勢の人が押し寄せて収拾がつかなくなる、という議論があるが、それが間違いであることはすでに述べた。フリーランスなどの申告にも導入すれば、税務署に行く人は圧倒的に少なくなる。

デジタル技術を活用して、現行の申告制度をゼロベースで見直し、企業、納税者、行政にかかるコストの最小化を図ること、さらには情報連携により効果的なデジタル・セーフティネットを構築することは、急務と言える。

東京財団政策研究所研究主幹 

1950年生まれ。法学博士。1973年京都大学卒業後大蔵省入省。主に税制分野を経験。その間ソ連、米国、英国に勤務。大阪大学、東京大学、プリンストン大学で教鞭をとり、財務総合政策研究所長を経て退官。東京財団政策研究所で「税・社会保障調査会」を主宰。(https://www.tkfd.or.jp/search/?freeword=%E4%BA%A4%E5%B7%AE%E7%82%B9)。(一社)ジャパン・タックス・インスティチュートを運営。著書『日本の税制 どこが問題か』(岩波書店)、『税で日本はよみがえる』(日経新聞出版)、『デジタル経済と税』(同)。デジタル庁、経産省等の有識者会議に参加

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