自民党総裁選の経済・財政の論点 第3回目 金融所得課税の見直しは貯蓄から投資への流れを阻害するか
自民党総裁選の経済・財政の論点
第3回目 金融所得課税の見直しは貯蓄から投資への流れを阻害するか
石破候補は金融所得課税の見直しを約束した。これに対し多くの候補者やマスコミから「金融所得課税の見直しは、貯蓄から投資へという政策の流れを阻害する」とネガティブな反応を受けている。以下、私見を述べてみたい。
「金融所得課税の見直し」と「貯蓄から投資への流れの促進」はそれぞれ別個の政策であり、決して矛盾するものではない。
そもそも金融所得課税の見直し論の背景は、次のとおりである。申告所得納税者660万人の所得税負担率(実効税率)を申告書の標本調査で見ると、所得1億円までは、最高税率45%までの累進構造になっているので上昇していくが、1億円をピークに低下していく。これは、1億円を超えるあたりで、税率15%(所得税、地方税を合わせると20%)の分離課税となっている金融所得の割合が増えて所得税負担率が低下することによる。これが「一億円の壁」と称され、所得税の公平性の観点から見直しが言われてきたものである。
この問題は、10年ほど前から指摘されてきたが、株価を重視する安倍政権以降手がつかなかった。一方与党税調は、2022年度税制改正大綱で見直しを行うことを明記した。また岸田総理も総理就任前に見直しを示唆した。しかし就任直後、見直し発言が株価急落を招く「岸田ショック」を起こしたことから見直し論を封印した。もっとも23年2月の国会答弁で、金融所得見直しの検討は「終わりということではない」と答弁している。
わが国の金融所得が累進構造をとる勤労所得から分離され15%の一律課税となったのは、番号制度が導入されていない状況では分離課税を選択せざるを得ないことや、金融のグローバル化の下で高い税率を適用すると海外に資金が逃避する恐れがあることが理由である。しかし現在は、マイナンバーが導入され、タックスヘイブンとの情報交換も進んでおり、金融所得が海外に逃避する可能性は大幅に低下している。また米国、英国、ドイツなどと比べて、わが国の「高所得者の金融所得税負担」は低すぎる。国内で所得・資産の格差が進んでいることを考えると、1億円の壁への対応は必要である。
問題は、このことが「貯蓄から投資へ」という政策と矛盾するかということである。一億円を超える納税者の数は1.9万人である。一方で、今年から始まったNISAの拡充で、年間360万円(積立投資枠120万円、成長投資枠240万円)の投資からの運用収益(金融所得)が非課税となり、NISA口座数は約2322万(2024年3月末時点)に上り、日々増加している。一般の投資家への対応は十分なされているといえよう。またわが国の株式投資の3割超を占める外国人株主にとって、わが国の金融所得税制の見直しは何ら関係がない。
ところで、税制当局は、公平性の確保と株式相場への配慮を両立させるため、2025年から、金融所得を含む合計所得が年間約30億円を超える「超富裕層」へのミニマム課税(所得税率22.5%)を創設した。その対象は300人程度と言われており、わが国の納税者5400万人の0.0006%に過ぎない。この対象をせめて納税者の0.1%にまで広げれば、「1億円の壁」の是正にもつながり、金融所得を狙い撃ちするわけではないので、株式相場への影響は限定的だ。
大幅なNISAの拡充が行われ貯蓄から投資への流れが整備されている現状で、公平性の観点から一部富裕層の金融所得(さらには土地譲渡益)の税制を見なおすことが株式相場に大きな影響を与えられるとは考え難い。何でもかんでも負担増はだめ、というのではなく、冷静に議論を整理して対応することが必要ではないか。
次回(第4回)は、河野候補が主張する年末調整の廃止について、解説してみたい。