アップル参入後の電子書籍市場を予測する。「2016年に2000億円」はありえない!≪2≫
■アンドロイドでは「iPhone」の4分の1程度しか売れない!
日本の電子書籍は、「Kindle」のような電子書籍端末ではなく、ほとんどがスマホで読まれているということを、前回の記事で述べた。
そこで、今回はまず、 現在のスマホの電子書籍市場を、具体的に見てみることから始めたい。
スマホといえば、iOSの「iPhone」かAndroid OS のアンドロイドスマホに2分される。 このうちどちらが電子書籍が売れるかというと、圧倒的に「iPhone」である。アンドロイドに関しては、「iPhone」の4分の1程度というのが、業界情報だ。さらに低く言う関係者もいる。
日本では「iPhone」の出荷台数が約1700万台(2012年9月末現在、MM総研調べ)で、シェア6割以上に達しており、アンドロイドケータイをはるかに上回っているのだから、これは当然だろう。
では、「iPhone」ではどんな電子書籍市場ができているのだろうか?
3月5日に 「iBookstore」がオープンする前までは、「iPhone」での電子書籍といえば、「App Store」での単体電子書籍アプリが主流だった。ストアアプリでの販売、ネット経由の電子書店での販売もあるが、「App Store」での単体電子書籍アプリのほうをユーザーは好んだ。つまり、「App Store」のカテゴリの「ブックス」で、そこにアップされている単体電子書籍アプリから、ユーザーは好みのものを選んで購入していた。
■一般書の電子書籍市場はたかだか140億円に過ぎない
当初、「iPhone」「iPad」の出始めのころは、この市場に大手出版社も参入した。また、村上龍氏のような有名作家も独自のリッチコンテンツで参入した。村上氏の小説『歌うクジラ』は、映像も音楽も組み込まれていたので、当時、大いに話題になった。しかし、そうしたリッチコンテンツは一時的に売れただけで、その後姿を消した。また、大手出版社の一般書籍の電子版も同じような運命をたどった。
そして現在、この市場は、「エロ系」「セックス系」「成功系」「情報商材系」「自己啓発系」というコンテンツばかりになっているのだ。しかも価格は85円が主流。当初数百円するもののあったが、まったく売れなかったため、価格はどんどん下がり、とうとう85円という底値まで下がってしまったのである。
こうなると、これらのコンテンツは電子書籍というより、単なる読むエンタメアプリである。
それでは、いわゆる一般の紙の本を電子化した電子書籍はどうなっているのか? と思われるだろうが、こちらは「App Store」の単体アプリではなく、ストアアプリや、あるいはネット経由で電子書店から直接ダウンロードして、ユーザーは購入しているのだ。つまり、一般の人間が思い描く電子書籍は、現在、10以上もある電子書店で、広く浅く購入されているだけなのである。そして、その数は紙に比べたらはるかに落ちるのだ。
現在の電子書籍市場の規模を、インプレスの予測値どおりの約700億円とすると、その8割がエロコンテンツを含む漫画で約560億円。紙の書籍を電子化した一般書の電子版はたったの140億円に過ぎないのである。大手メディアの記者は、前回記事で紹介したように、こうした一般書の電子版を「電子書籍」として考えているようだが、それは電子書籍市場の実態とは大きくかけ離れているのだ。
■電子書籍の売上は出版売上全体の5%にも達しない
それではここで、この日本の電子書籍市場を、紙の出版市場と比較してみよう。紙の市場に比べて、電子書籍の市場はどのくらいの規模なのだろうか?
大雑把にいうと、昨年(2012年)の出版市場の総売上は1兆7300億円である。これに対して電子書籍市場の総売上は、約700億円なので、紙の約4%の規模といったところになる。
これは、電子書籍をやっている出版社なら、だいたい同じだ。中堅出版社で電子化に積極的なところでも5%である。漫画が強いところでも10%はいっていないはずで、大手もほぼ同じだ。
たとえば、この2月22日に発表された講談社の決算を見ると、電子書籍の年間売上高は約27億円だった。デジタル化にもっとも積極的な講談社ですら、売上はこれだけである。講談社の総売上は約1179億円なので、電子書籍売上の比率は5%にも達していない。
しかも、ここがもっとも大事だが、電子書籍は紙書籍を制作しているからできる。出版社ははじめから電子書籍だけを制作しているのではない。もし、そうなったら、こんな規模の売上を取りにいくだけのために、人材やコストはかけられない。
現在、日本で電子書籍市場があるのは、紙があるからで、電子書籍だけの市場というものは存在しないのだ。
■2016年度に2000億円という予測に欠けていること
こうした状況がわかれば、前回記事で紹介した日経記事が取り上げた《調査会社インプレスR&Dによると前年度比13%増の713億円になる見通し。16年度には2000億円に急伸すると同社はみている。》の記述が、ほぼ根拠がないのがわかると思う。
ここで、改めて、同社がどうしてこんな予測を出しているのかを見ておきたい。次の記述は、同社サイトの2012年7月3日付の記事からの引用である。
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≪新たなプラットフォーム向け電子書籍市場の拡大により、2016年には2011年度比約3.1倍の2,000億円程度と予測≫
2012年度以降の日本の電子書籍市場は、ケータイ向け電子書籍市場の減少傾向は続くものの、新たなプラットフォーム向け電子書籍市場の急速な立ち上がりにより、2016年度には2011年度の約3.1倍の2,000億円程度になると予測されます。
ケータイ向け電子書籍市場は、携帯電話会社から発売される携帯電話のほとんどがスマートフォンになる等、スマートフォンの急速な拡大が続き、公式コンテンツ利用者が減少に転じています。そのため、2012年度以降も減少傾向が見込まれます。
新たなプラットフォーム向け電子書籍市場は、コンテンツの充実にはしばらく時間がかかると見られますが、2012年度中の米国アマゾン社のKindle等 の海外事業者の参入や楽天Koboからの発売等をきっかけとして、今後2~3年の間にコンテンツの充実や環境整備が整い、2013年度以降に本格的な拡大期に入ることが予想されます。また、携帯電話の公式コンテンツ利用者の受け皿となるライトユーザー向けの販売ストアも2012年になってから好調が続いています。これにより、2013年度には先行するケータイ向け市場を上回ると見られます。
その結果、日本国内の電子書籍市場規模は2016年度には2,000億円程度に達することが見込まれます。
また、電子雑誌市場も、配信雑誌数の増加やマイクロコンテンツ化等の新たなビジネスの展開も想定され、引き続き市場の拡大が見込まれます。2016年度には350億円程度になると予想され、電子書籍とあわせた電子出版市場は2,350億円程度と予想されます。
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ここでは電子雑誌市場も拡大するとしているが、私は、雑誌のほうは電子書籍より可能性がないと見ている。それはさておき、ここで加えておきたいのは、前記したように日本の電子出版市場は8割が漫画コンテンツであること。そして、日本の電子書籍市場がそれによって支えられていることが、まったく無視されていることだ。
漫画が電子書籍市場を支えているのは、紙においても同じである。日本の紙の書籍の売上も、その3~4割が漫画である。これが、日本の出版がアメリカと大きく異なるところで、日本の出版市場は、紙も電子も漫画を中核として成り立っているということだ。このことを無視して、日本の電子書籍市場は語れない。
■少なくともコミックがすべて電子化される必要がある
漫画が中核コンテンツであるということは、電子出版市場がさらに進展するには、紙の市場から漫画コンテンツがさらに大量に供給され、それが売れなければならない。そうでなければ、これまでほぼ売れてこなかった一般書の電子版が飛躍的に売れなければならない。そんなことが起こりえるだろうか?
そこで、2016年度に2000億円という売上を考えると、このうちの8割が漫画とすれば、1600億円も電子漫画が売れるということになる。これは、現在の紙のコミックの売上の3分の2に匹敵する。
現在、コミックの新刊は毎年約1万2000点出ている。つまり、電子で1600億円を達成するには、このコミックの新刊点数がほぼすべて電子化され、価格も紙の3分の2以上の値付けで、紙と同じ部数がダウンロードされなければならない。
もちろん、これには既刊本の売上を加味していないが、それほどのことが起こらないと、この売上は達成されないのである。
もし、漫画がそこまで伸びないなら、現在140億円ほどの一般書の電子版が少なくとも1000億円ぐらいの売上にならなくては、この数字は無理である。
この先、そんなことが起こるだろうか? 少なくとも、私は起こりようがないと思う。
というわけで、こうした特殊な市場に、最後発でオープンしたのがアップルの「iBookstore」日本版である。このアップルの参戦について、次回では、じっくり検討し、引き続き、今後の日本の電子出版市場を考えてみたい。(第3回記事につづく)
*この記事は、自身のサイトに書いた記事 《 「iBookstore」日本版のオープンで、今後の電子出版市場はどうなるのか?(3月10日)》に、最新情報を入れて、大幅に加筆したものです。