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アメリカで2人目の乳牛からのヒト感染例 高病原性鳥インフルエンザウイルスA(H5N1)の現在の状況

忽那賢志感染症専門医
(写真:イメージマート)

アメリカ合衆国において、高病原性鳥インフルエンザウイルスA(H5N1)が拡大しており、ヒトでの感染例は3例発生しています。
このうち2例は乳牛からヒトに感染したと考えられる事例です。
高病原性鳥インフルエンザウイルスA(H5N1)についての基本的な知識と現在のアメリカの状況についてまとめました。

インフルエンザの種類と宿主の関係

堀本泰介.インフルエンザ 2019; 20: 88より筆者作成
堀本泰介.インフルエンザ 2019; 20: 88より筆者作成

インフルエンザウイルスには、A、B、C、Dの4つの型があります。この中でB型とC型のインフルエンザウイルスは、一部に例外はあるものの基本的にヒトにのみ感染を起こします(D型についてはまだ分かっていないことが多いです)。

A型はウイルス表面上のヘマグルチニン(赤血球凝集素 HA:haemagglutinin)とノイラミニダーゼ(NA:neuraminidase)の違い、その組み合わせによってH7N9, H5N1など複数の亜型に分類されています。現在ヒトで流行しているのはH1N1、H3N2です。B型、C型、D型には亜型はありません。

動物、ヒトとA型インフルエンザウイルスの亜型 Nature Reviews Microbiology volume 17, pages67–81(2019)
動物、ヒトとA型インフルエンザウイルスの亜型 Nature Reviews Microbiology volume 17, pages67–81(2019)

A型インフルエンザウイルスはカモなどの水鳥が保有しているウイルスで、鳥類だけでなく、ブタやヒトなどの哺乳類にも感染を引き起こします。1918年から大流行を起こしたスペインかぜは鳥の持っていたインフルエンザウイルスH1N1がヒトに感染し適合することによって広がったと考えられています。

また、A型インフルエンザウイルスは、遺伝子の突然変異や組み換えによってその性格が変化しやすいという特徴があります。日常的に「連続変異(=小変異)」と呼ばれる変異は起こっており毎年の流行を引き起こしますが、それまでヒトの間で流行していなかった亜型のウイルスが突然出現する「不連続変異(=大変異)」が起こると、ヒトは新しいウイルスに対する免疫を持っていないため大流行が起こります。2009年にパンデミックを引き起こしたA型インフルエンザウイルス(A/H1N1pdm)はブタ由来でした。

このように、鳥や豚の持つインフルエンザウイルスが直接、あるいは遺伝子情報の再集合(2つの類似のウイルスが同じ細胞に感染した際に起こる遺伝物質の混合現象)が起こることによってヒトに大流行を起こすことがあります。

2020年以降の世界的な拡大とアメリカでの流行

野鳥や家禽から高病原性鳥インフルエンザウイルスA(H5N1)が検出された州 CDC(https://www.cdc.gov/flu/avianflu/data-map-commercial.html)
野鳥や家禽から高病原性鳥インフルエンザウイルスA(H5N1)が検出された州 CDC(https://www.cdc.gov/flu/avianflu/data-map-commercial.html)

野鳥や家禽が持つ鳥インフルエンザは、ときどきヒトでも感染例が報告されています。ヒトへの感染例のほとんどは、感染した家禽、特に病気や死亡したニワトリとの密接な接触に関係しています。

H5N1インフルエンザはアジアでもヒト感染例の報告が多く、これまでに800人を超える感染者が報告されており、その半分以上の方が亡くなっています。

現在アメリカで拡大しているClade2.3.4.4bと呼ばれる高病原性鳥インフルエンザウイルスA(H5N1)は2020年にヨーロッパの野生鳥類に初めて確認され、その後世界中に拡大しました。
アメリカの野生鳥類でもH5N1の発生が確認され、これがアメリカ国内の商業養鶏場へと急速に拡大しています。

今回のアメリカでの流行の特徴の一つとして、鳥類以外にも乳牛やヤギ、猫などの哺乳類からも感染例が報告されていることであり、さらに乳牛からヒトに感染したと考えられる事例が2例発生しています(鳥からの感染例も含めるとヒト感染例は3例)。これらの哺乳類はH5N1に感染した野鳥から感染したものと推定されています。
幸いなことに、いずれの症例も結膜炎の症状を呈するのみであり、1例目の方はすでに回復しているとのことです。
また、このウイルスからは哺乳類への感染性に関与する遺伝子変異は見つかっているものの、現時点ではヒトに感染しやすくなる変異を獲得してはいないということも報告されています。


日本国内で広がる可能性はどれくらいあるのか?

国内における高病原性及び低病原性鳥インフルエンザ発生状況(2024年5月15日時点. 農水省資料より)
国内における高病原性及び低病原性鳥インフルエンザ発生状況(2024年5月15日時点. 農水省資料より)

アメリカでは現在も鳥インフルエンザの拡大が続いていますが、日本の状況はといいますと、2023-2024シーズンの冬には野鳥、家禽からH5N1などの鳥インフルエンザが発生しましたが、現在は発生数は減少傾向にあります。
また今のところ乳牛などの家畜への感染例も報告されていません。
2003年以降、アメリカからの生きた牛の輸入は停止されていることから、鳥インフルエンザに感染した牛が日本に持ち込まれるリスクはないと考えて良いでしょう。
以上のことから、日本国内では、現時点では鳥からヒトへの感染、牛からヒトへの感染のいずれもリスクは低いと考えられます。

我々が生活する上で気をつける点としては、衰弱した野鳥や死んだ野鳥にむやみに触れたりすることは避けることが挙げられます。
また、日常的に乳牛などの家畜に接する酪農業の方については、農林水産省から「飼育する乳牛の乳量の低下や食欲低下がみられた場合は群れから隔離して獣医師や家畜保健衛生研究所に相談すること」という通知が出ています。

大阪大学感染症総合教育研究拠点(CiDER)のXのアカウントでも感染症の情報発信をしていますのでぜひご参照ください。

参考:

国立感染症研究所. 高病原性鳥インフルエンザウイルスA(H5N1)感染事例に関するリスクアセスメントと対応

CDC. H5N1 Bird Flu: Current Situation Summary

感染症専門医

感染症専門医。国立国際医療研究センターを経て、2021年7月より大阪大学医学部 感染制御学 教授。大阪大学医学部附属病院 感染制御部 部長。感染症全般を専門とするが、特に新興感染症や新型コロナウイルス感染症に関連した臨床・研究に携わっている。YouTubeチャンネル「くつ王サイダー」配信中。 ※記事は個人としての発信であり、組織の意見を代表するものではありません。本ブログに関する問い合わせ先:kutsuna@hp-infect.med.osaka-u.ac.jp

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