岸田首相「空白領収書」問題、公選法上の実質的違法性の判断のポイントは
11月22日の「文春オンライン」で、岸田文雄首相が、昨年の衆院選(10月31日投開票)に伴う選挙運動費用収支報告書に、宛名も但し書きも空白の領収書を94枚添付していたことが報じられた。週刊文春が選挙管理委員会に対して行った情報公開請求でそのことが明らかになったとして、目的を記載した領収書を提出することを定めた公職選挙法に違反する疑いがあるとしている。
公選法189条1項は、出納責任者は、公職の候補者の選挙運動に関しなされた寄附及びその他の収入並びに支出を記載した報告書(選挙運動費用収支報告書)を、「前条第1項の領収書その他の支出を証すべき書面の写しを添付して」、選挙管理委員会等に提出しなければならないとしている。「前条1項」に当たる188条1項は、「支出の金額、年月日及び目的を記載した領収書」と規定しているので、岸田首相の選挙運動収支報告書に添付された領収書のうちの94枚が、但し書が空欄で「目的」が記載されていなかったとすると、同条項の「添付すべき領収書」ではなかったことになる。違反すると、同法246条5号の2で「189条に違反して報告書若しくはこれに添付すべき書面の提出をしなかった場合」に「3年以下の禁錮又は50万円以下の罰金に処する」とされている。
もっとも、形式上、同条項に違反すると言っても、「公選法違反」としての実質的な違法性のレベルは様々だ。
上記のように、公選法が、選挙運動収支報告書に、「支出の金額、年月日」に加えて「目的」を記載した領収書の添付を求めているのは、金額と年月日だけでは、収支報告書に記載された「支出を証すべき書面」かどうかが外形上判断できないからである。
領収書が交付された日に、領収書の発行者である金銭受領者が、出納責任者からその金額の支払を受けた事実があっても、受領者の側で認識している「受領の趣旨・目的」が、収支報告書の記載とは異なるものであれば、その領収書は、収支報告書の当該支出を証明するものとは言えない。そこで、領収書の発行者が「目的」を記載した領収書の添付を求めることで、収支報告書の支出の記載が領収書によって裏付けられていることを明確にしようという趣旨である。
領収書に「目的」を記載させる趣旨は、上記のようなものであるから、領収書の但し書が空欄であっても、受領者の側で認識している「受領支払の趣旨・目的」については疑問の余地がない場合もある。
例えば、収支報告書に支出の目的として「駐車場代」と書かれていて、コインパーキング名義の領収書が添付されていれば、但し書に「駐車場代」と記載されていなくても目的は明らかであり、「ガソリン代」についてのガソリンスタンド名義の領収書が添付されていた場合も、目的が「ガソリン代」であったことは、領収書の記載から外形上明白だ。
一方、領収書発行者の名義だけでは、受領の趣旨・目的が明らかではない場合もある。この場合には、但し書が空欄のままの領収書では「目的」が記載されているとは言えない。
領収書の名義人と選挙との関わりが深ければ深いほど、受領の目的如何では公選法上違法となることもあるので、領収書に目的を明確に記載することの意味が大きい。
特に、個人名義の領収書の場合、公選法上、適法な支出として個人に対して支払える場合が限られている。
公選法は、車上運動員・手話通訳者・要約筆記者・選挙事務員には、事前に選挙管理委員会への届け出た上で選挙運動の報酬の支払が可能であり、ポスター貼りなどの機械的労務には対価を支払うことができるが、それ以外の選挙運動に対する報酬の支払は禁止されている。
そのため、選挙運動費用収支報告書には、上記のような規定に違反しない個人への支出が記載されているはずであるが、添付される領収書に、そのような目的で受領したものであることについて、個人の認識が明示された領収書でないと、収支報告書に記載された目的の支出を証するものかどうかが明らかにならない。
拙稿【「選挙コンサル」は民主主義の救世主か、それとも単なる「当選請負人」か】でも述べたように、今年2月長崎県知事選挙で当選した大石賢吾氏の選挙運動をめぐって、選挙コンサルタント会社J社に対して「選挙運動費用」として402万円余の金銭が支払われたことが公選法違反(買収)に該当するのではないかという嫌疑について、上脇博之氏(神戸学院大学法学部教授)と私の連名で、大石陣営の出納責任者とJ社の代表のO氏を被告発人とする告発状を長崎地方検察庁に提出し、告発が受理されている。
この事件は、大石氏の選挙運動費用収支報告書の支出欄に、O氏が代表を務めるJ社に対する「電話代402万円」の記載があり、その支出について、長崎県選挙管理委員会に情報公開請求を行ったところ、領収書に、「長崎県知事選挙通信費(電話料金、SMS送信費ほか)」と記載されていることがわかり、O氏に対する選挙運動の報酬を含む支出である疑いが生じたものだ。
この場合、「但し書」欄が空白になっていたわけではないが、支払先のJ社は電話業務を事業内容としていないこと、代表のO氏が、当該選挙に深く関与したことが別途明らかになっていたこと、「ほか」という但し書の記載から、選挙コンサルタントに対する選挙運動の報酬の支払の嫌疑が生じたものだ。
このように、収支報告書に添付された領収書については、その記載内容や、記載すべき事項が空白であることの意味、違法性のレベルは、領収書の名義人の受領者の属性、選挙との関わりによって異なる。
岸田首相の選挙運動費用収支報告書に添付された94枚の「空白領収書」について、岸田事務所では「事実関係を確認する」とのことだが、94枚の「空白領収書」が添付された支出について、まず、その支出の記載のとおりの支出の事実があるのかを確認するのは当然である。領収書が、収支報告書の支出に対応するものではなく、収支報告書の記載が事実に反するものだと判明すれば、選挙運動費用収支報告書の虚偽記載罪の疑いが生じる。
支出の事実自体に間違いはないとしても、領収書にその目的が実質的に記載されていたと言えるかどうかで、上記条項違反の違法性の程度は異なってくる。「但し書」が空欄の領収書すべてについて、領収書の発行者名義だけで受領の「目的」が外形上明らかと言えるかどうか、それが収支報告書の「支出の目的」に対応するものかどうかを確認する必要がある。
「但し書」が空白だというだけでなく、領収書名義だけでは受領の目的が明らかではないような領収書であった場合、冒頭で述べた公選法違反に該当し、実質的にも違法だということになり、総理大臣としての責任は極めて重大だということになる。