デビュー12年目で重賞初制覇を挙げたジョッキーと、オーナーや師匠との逸話
完成度の高かった馬
「今までに見た事がないくらい多くのメッセージがメールやLINEで届いていて驚きました。帰りの新幹線で皆に返事をしていたら、酔っちゃいました」
それらのメッセージの中にはこの2月末をもって引退した師匠の藤沢和雄元調教師からのものもあった。
「『おめでとう』と書かれていたので、すぐに折り返しの電話をしたけど、出られませんでした。それで藤沢先生の奥様に電話を入れたところ『観ていたし、すごく喜んでいましたよ』と言っていただけました」
そう語るのは杉原誠人(29歳)。7月31日に行われたアイビスサマーダッシュ(GⅢ)を、ビリーバー(牝7歳、美浦・石毛善彦厩舎)に乗って勝利。自身JRA重賞54戦目での初制覇となった。
ビリーバーに初めて跨ったのは17年の秋。同馬がまだ2歳の時、未勝利を勝ち上がった直後から騎乗。2歳時は4戦でタッグを組んだが勝てずに終わった。
「逃げ切って勝った後でしたが、気性が勝っていてコントロールの難しい馬でした。前向き過ぎるのでそれを最後にどう活かすか?と試行錯誤しながら乗っていたため苦戦したけど、馬自身の完成度は当時から高かったです」
年明けにはコンビによる初勝利を挙げたが、操縦性が高まったのは更にその後だったという。
「大野(拓弥)さんが(18年9月から19年3月にかけて7戦連続で)乗った後、前半ゆったり走れるようになり、コントロールがつきやすくなりました」
1000万条件をすぐに勝ちあがると、準オープンでも好勝負を繰り返した。この頃には「気分を害さずに走れて、ハマれば重賞でも勝ち負けになる」と手応えを掴んでいたという。
乗せ続けてくれたオーナーの馬で
21年12月18日には中山競馬場でグランアレグリアの引退式が行われた。藤沢和雄調教師の弟子として、グランアレグリアの調教にもかかわってきた杉原はその晴れ舞台を目に焼き付けたいと思った。しかし……。
「同じ日に、阪神でビリーバーが使う事になりました。グランアレグリアも見たいと思ったけどビリーバーを手放したくはなかったので、阪神を選択しました」
結果は10着に敗れたが、以降もビリーバーとのコンビは継続される事になった。
しかし、一瞬、コンビ継続に不安の叢雲がかかった事が、この春にあった。今年の4月半ば、オーナーであるミルファームからの騎乗依頼が一時的に途絶えたのだ。
「ミルファームさんには沢山乗せていただいているのに、思うように結果を出せず、自分でも歯痒い思いをしていました。勝負の世界なので、このままではいつ乗せてもらえなくなっても仕方ないと腹をくくりました」
それでもオーナーは決して見捨てたわけではなかった。すぐにまた杉原を乗せてくれるようになった。5月にはビリーバーで韋駄天Sを4着。「馬群をうまく捌けずに負けてしまったけど、続く重賞でも乗せてくれる事になりました」と言った杉原は「オーナーには感謝しかありません」と続けた。
そして、その感謝の気持ちを体現するには「勝って応えるしかない」と考えた。そんな杉原とビリーバーの前に立ちはだかったのがフルゲートの壁だった。
「出走可能なのは18頭。ビリーバーは賞金順で18位タイだったため、出走出来るか否かは抽せんになりました」
結果、抽せんを突破し、出馬表に名を連ねる事が出来た。
「しかも絶好の外枠(16番)を引けたので、流れは来ていると思いました」
こうしてゲートに収まると「勝ちを狙いに行った」(杉原)。そして、見事に勝利した。
「オーナーのミルファームさんにとっても、石毛(善彦)調教師にとっても初めての重賞制覇でした。そこに自分が携われた事が本当に嬉しかったです」
「藤沢先生が現役のうちに師匠の馬で重賞を勝ちたかった」と常日頃から語っていた杉原だが、結果的にその願いがかなわなかった事で、自身の重賞初制覇がオーナーや調教師と同様に喜べる立場となった。彼等のチームが重賞2勝目、3勝目を挙げて行く事を願いつつ、これからも応援しよう。
(文中敬称略、写真撮影=平松さとし)