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SNSで誰かの暮らしを見て落ち込んだら、考えて欲しいこと

藤原友子小中高4人の母/すぐ片づく暮らし

自分の暮らしを自分で選べる人を増やす「選ぶ暮らしラボ」の藤原 友子です。

私が活動を始めた約9年前は、片づけのやり方を教えてほしいという相談が中心でしたが、ここ数年は

・このやり方で大丈夫でしょうか?
・頑張っているのに、私はどうしてできないのでしょうか。
・こんな風にしてはダメと聞いたけど、やっぱりだめでしょうか?

というように、自分でなんとなく方法は分かっているが、自分のやり方に自信を持てない人が多いと感じています。

最近は、SNS上で自分の家をキレイに整えている様子を発信する人も多く、これまで以上に人の暮らしがよく見えるがゆえに、素敵な暮らしをしている人と勝手に比べて落ち込んだり、どうしてよいかわからなくなっている人も多いのです。

そこで今回は、SNSなどで見る人の暮らしについモヤモヤしてしまい、自分の暮らしに自信が持てない人に向けて、人の暮らしに振り回されない方法についてお伝えします。

隣の芝は青いものである。

私は片づけの仕事をしながら、主婦業を17年し小中高生の4人の子どもを育てています。仕事柄、収納法などの知識はある方なので、家族が使いやすいように工夫し、片づけやすい家になっています。

しかし、散らかることはあります。

いくらモノの置き場が決まっていても、家族それぞれが活動したり、私自身がちょっと疲れていたら、キッチンカウンターには、モノが置きっぱなしになり、散らかることはよくあります。

特に、ちょっと心が疲れていると、あの家はどうしていつもキレイなのだろう、どうして我が家はいつも散らかっているのだろうと、キレイな家をうらやましく思ったり、比べる必要はないのに、つい比べてしまいます。

そして、

こんなキレイな家に住んでいる人は、きっとゆっくりコーヒーの時間を楽しんでいるはず、特別な日ではないのに、花屋さんで買ったお花をさりげなく飾ってそう。

常に心も穏やかそうで、毎日ドタバタしている私とは違う気がする。

きっと、子どもにもいつも穏やかに接しているんだろうな。

というように、見えていない部分まで勝手に想像を膨らませ、落ち込んだりすることもあるのです。

他人のよいところが目に入りやすい一方で、自分に目を向けると嫌なところが目立つという「隣の芝生は青く見える」人間の心理です。

しかし、素敵な暮らしをしてそうな人の実際のところは、わからないものです。

私はこれまで、バリバリとカッコよく働いている女性の家のリアルな様子も見てきました。

表向きは、仕事もプライベートも充実していますが、家ではごく普通のお母さんです。子どもの突然のわがままに振り回されたり、毎日大量の洗濯物に追われています。

隣の芝生は青く見えるものであると意識し、自分を必要以上に悲観的に見つめないことが自分の心を安定を保つために大切です。

片づいているかより、自分が心地よく感じるか

また、片づいているか?が基準になってしまうと、目の前の散らかった状況をどうにかすることに気持ちが向いてしまい、

床に散らかっているモノ、あふれているモノ、モノを置きっぱなしにする家族の行動が気になって仕方がありません。

家族にきつく当たってしまうこともあります。

しかし、一番大切なのは、自分がどんな状態を心地よく感じるかを知っておくことです。

これが、わからないとSNSなどの人の暮らしに振り回され、同じようにできない自分を責めてしまうことになります。

「片づけ」という単語が世の中に大きく広まり、これだけの片づけ情報が世に出回っていると、つい一般的に「キレイに片づいている状態」がよいとされがちですが、あくまでそれは見た目のほんの一部分を切り取っただけの状態。

暮らしは、そんな単純なものではありません。同じマンションの部屋で、同じ年代の家族構成であっても、暮らし方はそれぞれ。長年の家族の生活習慣、価値観で作り上げていくものです。

誰かの暮らしをマネし、モノをキレイに並べ、白いケースを並べ、そこに美しく収納されていても、そこで暮らす人が心地よくないと、意味がないのです。

五感で感じる本当の心地よさを大切に

これまでの片づけレッスンの生徒さんとのやり取りで、私がうれしく感じるのは、見た目の変化より、部屋の見た目がキレイになったことで感じる、様々な心地よさです。

例えば、子育て中の30代の女性は、キッチンを中心に片づけたその後、カウンターが片づいたことで、

ずっとしまったままだったお気に入りのコーヒーメーカーを出すことができ、おいしいコーヒーを飲めるようになったとうれしそうに教えてくれました。

また、自分の仕事部屋を整えた40代の女性は、仕事中に子どもが呼びに来たりしても、あまりイライラでせずに、手をとめて子どもを抱っこし対応できるようになったと喜んでいました。

これは見た目だけではわからない変化であり、心地よさの発見です。この心地よさが自分らしい暮らしであり、その人の暮らしの自信につながります。

自分の暮らしの心地よさは、自分が五感で感じるリアルなものです。おいしいコーヒーの香りや、味、温かさ。 子どもを抱っこして感じる、ぬくもりや柔らかさ、子どもの息づかい。

それは、SNSで見る写真や動画からしかわからない誰かの暮らしにはないものです。

もちろん、子育てや仕事が忙しかったり、疲れていたりして、思うように片づかない日もあります。

私の家も、いつもキレイではありません。でも、家族が揃い、その日学校であったことなどを話しながら食べる夕食の時間が何よりの幸せであり、心地よいと感じる時間です。

だから、その時間を楽しめるように食卓だけは常にキレイにすることを心がけています。

自分らしいの暮らしの正解は、SNSにはありません。自分で見つけるもの。感じるものです。

誰かの暮らしと比べて、モノを捨てること、キレイにすることばかりに目を向けすぎずに、

すでに手に入れている五感で感じる心地よさや、心地よいと感じる時間を大切にすることは、今の閉塞感を感じる時代に必要なことだと思います。

同じ家族構成・同じ間取りでも暮らし方はそれぞれ

自分が考えたおもちゃの収納に、子どもがしまってくれないことがあれば、「もうなんで、片づけてくれないのー!」と言っていました。

今考えたら必死でした。

キレイにするため、片付けができる子を育てるために片づけをしていたような気がします。

今、子どもが大きくなり私も45歳になり、部屋を整え、そして自分や家族の必要なモノを選びながら暮らすということは、

自分のイライラを解消するための一時的なことだけではなく、自分の周りを自分の大切なモノとコトばかりにしていく行為なのだなと思うようになりました。

昨日のオンライン講座内で、お母さんたちの声やチャットを見ていて、みんな、子どもが泣いている、子どものオムツが濡れている、子どもがおなかをすかせている、という目の前のことに一生懸命で、

そんな忙しい生活にくわえ、新たに片づけも頑張ろうとている姿に感心したし、

子育て中だけに関わらず、片づけに取り組もう!と気合を入れ、部屋をキレイにしていくイメージを持ち片づけを始めると、絶対に疲れたり投げ出したくなります。

そうではなく、日々の暮らしの中で、自分の好きなマグカップでコーヒーを飲んだり、好きな絵を飾ったり、好きなお皿を夕飯で使ってみたり、自分の「これが好き」という気持ちや、「こうしたい」という気持ちを時には大切にしてほしいと思いました。

小中高4人の母/すぐ片づく暮らし

片づけのプロとして活動を始めたのに、自分の家は「片づけても、また散らかってしまう」という矛盾に悩む。家が散らかってしまうことを隠そうとしていたが、「いつもキレイじゃなくてもいい。何かあったときにすぐに片づく家にしておけばいい」と開き直り新たなメソッドを確立。 いつもキレイにしなくちゃいけない、もっと頑張らなくちゃいけない、そんなプレッシャーから解放され、もっと自由に、その人らしく生きるお手伝いを「片づけ」を通して行っている。著書『片づけられない主婦と片づけ嫌いの子どもを180度変える本』(マガジンランド)

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