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土屋アンナがスカウトした14歳、郁美カデール。主演したデビュー作『クシナ』が5年越しに公開

斉藤貴志芸能ライター/編集者
主演したデビュー作「クシナ」が公開中の郁美カデール(C)村松良

深い山奥に人知れず存在する女だけの村。足を踏み入れた人類学者が出会った14歳の少女と、その28歳の母……。北米最大の日本映画祭であるニューヨークの『JAPAN CUTS 2018』に正式出品された『クシナ』が、撮影から5年を経て一般公開された。タイトルにもなっている少女・クシナを演じた郁美カデールは当時9歳。奇跡的な抜擢を受けての女優デビューだった。

撮影中は空き時間のお菓子が楽しみでした(笑)

 2006年生まれの郁美カデールは日本人と外国人(国籍非公表)のハーフで、現在は中学2年生。『クシナ』では小柄で幼く見えるが、当時から身長も20cmくらい伸びて160cmになり、見た目から大きく変わった。家が5軒ほどしかない山梨の集落などでロケした5年前の撮影のことは「正直、半分くらい忘れてます(笑)」という。

「空き時間にお菓子が出て、食べながらスタッフさんとお話するのが楽しかったです。風に手をかざす大事なシーンで、お菓子のカスが口に付いていたらしくて、(映像を)修正してもらいました(笑)。落ち着いていられなくて走り回ったり、沢の水でパチャパチャ遊んだり、今考えたら迷惑をいっぱい掛けていましたけど、私にとっては本当に楽しい思い出です」

映画『クシナ』より (c) ATELIER KUSHINA
映画『クシナ』より (c) ATELIER KUSHINA

 仕事を始めたのは6歳のとき。女児向き雑誌『ぷっちぐみ』のモデルとしてデビューした。

「いとこのお母さんから『こういう雑誌があるんだけど』と言われて、自分ではよくわからなくて。お母さんに『終わったらアイスがあるから、頑張って写真を撮ろう』と言われてオーディションに送ったら、たまたま受かったんです。その頃はすごく目立ちたがり屋で、学校では何でも『ハイ! ハイ!』と手を挙げるような子でした(笑)」

クランクイン数日間に「やりたい!できます!」

 『クシナ』は速水萌巴監督の長編デビュー作。『西北西』(中村拓朗監督)の助監督を務め、映画やCMの演出や制作のほか、『四月の永い夢』(中川龍太郎監督)では主人公の部屋のデザインと装飾も担当している。“母と娘”を題材に映画を撮ろうと、自主制作で取り組んだのが『クシナ』だった。

 男子禁制の村に辿り着いた人類学者の風野蒼子(稲本弥生)を魅了するヒロインの少女・奇稲(クシナ)のキャスティングは難航。撮影に入る数日前まで決まらなかったが、信頼するヘアメイクに「私、クシナを知ってるかもしれない」と作品撮りの1枚の郁美カデールの写真を見せられ、「この子しかいない」となった。

「最初は『ナントカだね』と言って終わるような小さい役だと思っていたんです。そしたら主演ということで、内容を聞く前から『何が何でもやりたい!』とずっと言ってました。映画は自分ではディズニーしか観たことなくて、ドラマも朝にやっているのを観る程度でしたけど、モデルを始めてから『観るより出る人になりたい』と思っていたんです」

 山梨での朝から夜までの撮影もあり、9歳の小学生だった彼女の負担を心配した母親に当初は反対されたが、「やりたい! できます!」と折れず、最終的に撮影2日前に了承された。本読みもしないままのクランクインながら、共演した小野みゆきは「セッティング中にロケバスでこっそり本読みしたら、クシナそのものだった」と話している。

 神奈川出身の郁美カデールは山の中で遊んだことはないそうで、ポスターにもなった丸太を枕にカセットウォークマンを聴きながら寝ているシーンの撮影は「一番大変でした」と振り返る。

「顔の真横にアリがいて、脚じゅう蚊に刺されて、辛かったです(笑)。その頃はアリが本当に苦手で、触ることもできなかったんですけど、撮っていたときは頑張って無になりました。監督さんの配慮で1分くらいでスッと撮って、カットがかかったら無言で走って逃げました(笑)」

映画『クシナ』より (c) ATELIER KUSHINA
映画『クシナ』より (c) ATELIER KUSHINA

台詞はあっても「素でいい」と言われて

 『クシナ』の舞台となる女だけの村では、村長の鬼熊(オニクマ/小野みゆき)のみが山を下りて収穫した大麻を売り、村の女たちの必要な品々を買って帰ってくる。そうやって、28歳となった娘の鹿宮(カグウ/廣田朋菜)や彼女が14歳で産んだクシナらを守っていた。幾度もの探索の末に村を探し当てた風野蒼子と後輩の原田恵太(小沼傑)は、オニクマから下山のための食糧が整うまで滞在を許される……。

 カデール郁美は初めての演技にして、この閉鎖された共同体で育ったクシナのたたずまいと、崩れていく日常の中での心の揺れを体現した。

「台本はありましたけど、監督さんから『素でいいよ』と言われてました。台詞を好きなように言わせてもらって、演じるというより自分をそのまま出せたと思います。寝ているシーンでは、眼球運動みたいに目を上にしたり下にして自分で遊んでましたけど(笑)、『長いな。つまらないな』ということは一回もなくて。何もかもがあっという間に終わった撮影でした」

 クライマックスでは、母親であるカグウと涙ながらに言い合うシーンもあった。

「あそこは一番長いシーンで、台詞がギリギリまで覚えられなくて、台本とは合ってなかったと思います。たぶんテイク5くらい撮りました。泣くために目を乾燥させて、とりあえず台詞を言うのに必死でしたけど、9歳なりに『気持ちを考えなきゃ』というのもあって。自然に涙が出るような感情になっていたと思います」

映画『クシナ』より (c) ATELIER KUSHINA
映画『クシナ』より (c) ATELIER KUSHINA

包み込んでくれる温かさが欲しかったとわかりました

 『JAPAN CUTS』で高評価を受け、『クシナ』は2年前に配給のオファーを受けたが、速水監督が「物語が実際の自分と母親に近すぎる」と固辞。幻の名作と化していた。しかし、さらに2年が経ち、「落ち着いて作品との距離感をつかめるようになった」と公開に踏み切る。その間に郁美カデールは役のクシナの設定と同じ14歳になった。

「改めて映画でクシナを観ると、今の私と同い年にはとても見えなくて、幼いなと思います(笑)。蒼子さんと2人で白いカーテンの中にいるところは、実際はジャンケンをしたりして遊んでいたのに、すごくきれいなシーンになっていてビックリしました」

映画『クシナ』より (c) ATELIER KUSHINA
映画『クシナ』より (c) ATELIER KUSHINA

 撮影中は理解できなかったクシナの気持ちが「今はわかります」とも。

「9歳のときはクシナは楽しそうに感じましたけど、今の私たちはスマホを持っていたり、学校に友だちもいるじゃないですか。クシナはそういうことをまったく知らなかった。蒼子さんが来て、少しずつ知って悲しくなって、外の世界に行きたくなったんだろうなと思いました」

 物語の核である母親のカグウとの関係性については、どう捉えているだろう?

「撮影していた当時も、クシナはカグウをお母さんとは思ってない感じがしました。今観ても、髪を結んでもらっているところとかは愛情を感じますけど、ただ一緒に住んでいる人にしか見えなくて。もっとやさしく包み込んでくれるような温かさを、クシナは欲しかったんだろうなと思いました」

 ちなみに、彼女自身は「今がすごい反抗期(笑)」とのこと。

「最近『あつ森(あつまれ どうぶつの森)』にハマっていて、友だちとLINEで電話を繋ぎながらやっているんですけど、そこにお母さんが入ってくると『ゲームをやっているのに!!』みたいな。そんなふうにイライラするのは反抗期ですよね? 小学生の頃はそこまでなかったんですけど、中学に入って勉強も大変になってきたので……。あとで、お母さんに謝っておきます(笑)」

(C)村松良
(C)村松良

演じているように見えない演技ができたら

 『クシナ』に出演してから演技への興味が高まり、女優を目指すようになって、中学で演劇部に入った。

「この前は、新入生の仮入部で見せる劇の台本をみんなで考えました。中学生だから、ちょっとしたものですけど、部活も(コロナ禍で)ずっとお休みだったので、また始まって嬉しいです。次の部長になりたいと思っています」

 同時に生徒会の事務局員も務めて、中学生活は充実している様子。女子中学生だと、恋愛話で盛り上がったりも?

「私は恋には無縁の人です(笑)。友だちから『好きな人がいる』と聞くと『頑張ってね』って感じで、自分は今まで好きになった人はいません。本当に部活と生徒会が楽しくて。あと、今年は夏休みが2週間になっちゃったんですけど、去年はお母さんとプールですごく練習してクロールが速くなったので、再開したら泳ぎたいです」

 昨年には、ハーフタレントの大先輩でもある土屋アンナから直接スカウトされて、前の事務所に所属した。

「知り合いのヘアメイクさんに髪を切ってもらったとき、インスタに上げてくれた写真を土屋さんが見てくださって、スカウトしていただきました。土屋さんは昔、無人島の番組(『いきなり!黄金伝説』の『無人島0円生活』)で印象に残っていて、最初は夢かドッキリかと思ったんです(笑)。でも、実際にカフェで土屋さんとお会いして『夢じゃなかったんだ!』と。すごくきれいな方でドキドキしました」

 現在は学業に専念中だが、ドラマをよく観るという。

「お母さんが録画してくれたのを観ています。最近では再放送された『逃げ恥(逃げるは恥だが役に立つ)』が面白かったです。皆さんが演じているように感じなくて、素に見えるから何も気にせず楽しめて。私もそういう演技ができる人になりたいです。今はとりあえず学校の勉強を頑張らないといけないけど、少しずつでもいいから長く続けられる女優さんになりたいです」

(C)村松良
(C)村松良

Profile

郁美カデール(いくみ・かでーる)

2006年7月8日生まれ、神奈川県出身。

2012年に『ぷっちぐみ』(小学館)の専属モデルとしてデビュー。CM、カタログ、ファッションショーなどに出演し、2018年に映画『クシナ』に主演して女優デビュー。現在は学業に専念している。

『クシナ』

監督・脚本・編集・衣装・美術/速水萌巴 配給/アルミード

アップリンク渋谷にて公開中

公式HP

芸能ライター/編集者

埼玉県朝霞市出身。オリコンで雑誌『weekly oricon』、『月刊De-view』編集部などを経てフリーライター&編集者に。女優、アイドル、声優のインタビューや評論をエンタメサイトや雑誌で執筆中。監修本に『アイドル冬の時代 今こそ振り返るその光と影』『女性声優アーティストディスクガイド』(シンコーミュージック刊)など。取材・執筆の『井上喜久子17才です「おいおい!」』、『勝平大百科 50キャラで見る僕の声優史』、『90歳現役声優 元気をつくる「声」の話』(イマジカインフォス刊)が発売中。

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