アフターコロナ、ウィズコロナの世界を生きる 未来学の中興、国際機関の日本支部発足
新型コロナウイルスが世界中で広まりだしてから約5カ月が過ぎた。終息のめどはいまだ見通せない。オンラインやAIを通じて教育や働き方、買い物の仕方などが劇的に変わり、従来の価値観が大きく揺らいでいる。
このパンデミック(世界的大流行)が去った後の世界の在りようを「ポストコロナ」や「アフターコロナ」(コロナ後)、ウイルスと共に生きる現在を指して「ウィズコロナ」(コロナとの共存)、感染拡大前の「ビフォーコロナ」(コロナ前)など、パンデミックを起点として過去・現在・未来を対比させながら社会の態様を表す用語も登場した。世の有識者らは次なる世界の姿を、悲観と楽観のさまざまなシナリオをもとに想定、展望し始めている。
半世紀超の歴史を持つ日本未来学会は定例会で「コロナ時代の生き方」などを話し合っており、その様子はYouTubeで公開されている。また、ユネスコ(UNESCO; 国連教育科学文化機関)パートナーの国際機関「世界未来学連盟」(WFSF; World Futures Studies Federation)も、コロナ後の世界をめぐり、会員らが活発に意見交換、議論を行っている。
日本にはかつて未来学が持てはやされる時代があった。大阪万博のあった1970年ごろ、人々が右肩上がりの成長を夢見て、信じていた時代だ。その後バブル経済の崩壊などを経て、機運は萎んでしまった。ただ、現下の不透明な情勢を踏まえれば、未来学が再び脚光を浴び、ニーズが出てくることも考えられる。
提携により、世界未来学連盟の日本版ウェブサイト(※一部試験運用)がこのほど立ち上がった。今後、日本国内での未来学の認知度向上、活用促進を担っていく。
※参考記事:
「ビフォアコロナ・ウィズコロナ・アフターコロナ・ポストコロナ,名前はなんだかわからないけど,過渡期の文章を残すのは大切なんだと思う.」落合陽一、4月21日、note
次の50年
日本未来学会は当初3月1日に都内の会場に集まって年次大会を開く予定だったが、新型コロナウイルス感染防止の観点から取りやめた。従来対面で実施していた定例会はオンラインに切り替え、4月24日に開いた。
(4月の月例会の様子。本文に登場する中川氏は13分ごろ、鏑木氏は33分ごろから)
中止となった3月の会合では、2018年の創設50周年を踏まえ、次なる50年の展望がテーマと決まっていた。4月の定例会は、その年次大会で予定していた内容を改題し、「コロナ時代の欧米型資本主義の未来」をテーマとした。
冒頭、学会創設50周年を機に決めた「未来宣言2018」を振り返り、
といった「『人間中心主義』からの脱却」の立ち位置を確かめた。
新型コロナウイルスの感染拡大で経済活動が停滞する中、動植物や自然が本来の姿に原点回帰するような現象が世界各地で見られていることなどを、宣言内容と照らし合わせながら説明。例えば大気汚染が深刻なインドで工場閉鎖などの影響により、以前は霞んで見えなかったヒマラヤ山脈の峰々が見渡せるようになった話題が挙げられた。
コロナ後と脱人間中心主義
定例会の論点は、「ポストコロナ」の世界を展望するうえで、「分断か連帯か」、「自己中心主義か利他主義か」といった二項対立が主眼に置かれた。その論点を整理して議論を深めるため、日本未来学会の2人の理事が共通認識やヒントとなるデータや見解を披露した。
中川大地理事は、シンギュラリティ(技術的特異点;コンピューターの革新などに伴う世界の劇的変化で先々が全く予測不可能になる時点)の言葉を広めた科学者で発明家のレイ・カーツワイル氏の「The Singularity is Near」(2005年)、イスラエルの歴史家ユヴァル・ノア・ハラリ氏の「ホモ・デウス」(2018年)や「サピエンス全史」(2016年)のほか、議論の「底本」(拠り所)としてマルクス・ガブリエル他の「未来への大分岐」(2019年)などを紹介した。
加えて、グーグルやフェイスブックなど米ITの巨人などを総称したGAFA(Google, Apple, Facebook, Amazon)によるビッグデータ寡占の問題や、英国のEU離脱やトランプ政権を生んだ大統領選などに見られる「2016年の分断」を踏まえながら、デイヴィッド・グッドハート氏の著書「The Road to Somewhere」に触れ、
について概説した。いずれも昨今の複雑な世界を捉え直し、未来を展望するうえで示唆に富んだ書だろう。
続いて鏑木孝昭理事は、「西欧型資本主義・民主主義の未来~マルクス・ガブリエルと新実在論の立場から~」と題して「新実在論とは?」や「ポスト資本主義」の構造を説明した。詳細にまとめられたワードファイルがYouTubeで見られる。
こうした近年の動向を認識したうえで、参加者らは2018年の「未来宣言」の脱人間中心主義へと話を戻す。パンデミックと関連付けながら「ウイルスとの戦争か、共生か」や「COVID-19ショックを、AI+BI型などの新経済秩序にどう結びつけていけるか」といった議論を繰り広げた。AIは人工知能(Artificial Intelligence)、BIはベーシックインカムを指す。
未来学会は5月29日に「メディア・イベントの来歴と未来~大阪万博から50年」をテーマに月例会を開く予定。
まだウィズコロナの只中にある現在、不確定要素が多分にあり、感染防止策や経済対策をめぐり専門家の間でも意見が割れている課題について「これが確からしい」とか「正解だ」といった結論は出ないだろう。ただ、さまざまなシナリオを想定し、備えておくことが大事であり、それこそが未来学の役割の1つでもある。
世界未来学連盟Japan始動
こうした抽象論に落とし込むと難解に映るが、未来を知りたい、見通したいという欲求は老若男女、誰もが持っているはずだ。
そもそも未来学とは何か。つづめて言えば、
起こりそうな未来(Probable Future)を考えつつ、他の可能性として起こりうる未来(Possible Futures)を同時に想定する。
一方でそれらの可能性のうち、自分や誰か、人類、あるいは地球や自然、生き物全てのために、起こしたい未来(Preferable Future)を思い浮かべ、その未来に自分たちがどのような影響を及ぼしうるかを考え、行動する
ための学問だと言える。
世界未来学連盟は
と掲げ、特に学校に通う子どもたちへの教育に力を入れている。
こうした未来学を日本にも取り入れて一層広めるべく、世界未来学連盟と連携して日本に支部を立ち上げる取り組みを昨年来模索してきた。このほど数人の有志と共に、まずは日本語のウェブサイトが立ち上がった。
主要ページの邦訳のほか、日本での未来(学)に関する取り組みを世界に発信するハブとなるとともに、日本国内、特に若者、子ども向けに未来学を分かりやすく伝える図書館のような場所にすべく、順次内容を更新、充実させていく。近く、未来学の基礎となる米国の学習教材の和訳が出来上がる。
完成次第、このウェブサイトなどを通じて活用できるようにしたい。
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日本でかつて盛り上がった未来学ブームが下火になって久しいが、先行きが不透明でリスクがあちこちにある世界を生きる今、未来学の有用性があらためて認識される時ではないか。筆者はそう信じている。