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トップランクが去り、再建期間に突入したHBOはどこに向かうのか 米ボクシング・ビジネスコラム #2 

杉浦大介スポーツライター
(写真:USA TODAY Sports/ロイター/アフロ)

2017年終盤のカードの質は低調

 米ボクシングでは最大のブランドであり続けてきたHBOが、2017年は厳しい1年を過ごしたことは誰にも否定できまい。

 好カードはPPV放送ばかりで不評を買った上に、これまでメインのコンテンツ・プロバイダーだったトップランクが8月にESPNと新契約を締結。ここでHBOはワシル・ロマチェンコ(ウクライナ)、テレンス・クロフォード(アメリカ)という2人の新たなエース格や、それまでPPVのアンダーカードに起用して来たオスカル・バルデス(メキシコ)のような若手をすべて失う結果になった。下半期には彼らの試合を中継するためにスケジュールを空けていただけに、トップランクの動きは誤算だったに違いない。

「ロマチェンコ、クロフォード、パッキャオを抱えるトップランクとESPNはボクシング・ビジネスを変えるか」 米ボクシング・ビジネスコラム #1 

 その後、トップランクの離脱ゆえに予算が余ったためか、HBOは11月第1週からの7週間で実に6興行を放送する。ただ、以下のリストを見れば明らかな通り、それぞれのカードの質は最高級とは言えなかった。

 11月4日

 ディミトリー・ビボル(ロシア)対トレント・ブロードハースト(オーストラリア)

 

 11月11日

 ダニエル・ジェイコブス(アメリカ)対ルイス・アリアス(アメリカ)

 ジャレル・ミラー(アメリカ)対マウリシュ・ワフ(ポーランド)

 クレタス・セルディン(アメリカ)対ロベルト・オルティス(メキシコ)

 11月25日

 セルゲイ・コバレフ(ロシア)対ビチャスラフ・シャブランスキー(ウクライナ)

 ジェイソン・ソーサ(アメリカ)対ユーリオルキス・ガンボア(キューバ)

 サリバン・バレラ(キューバ)対フェリックス・ヴァレラ(ドミニカ共和国)

 12月2日

 ミゲール・コット(プエルトリコ)対サダム・アリ(アメリカ) 

 レイ・バルガス(メキシコ)対オスカー・ネグレッテ(コロンビア)

 12月9日

 オルランド・サリド(メキシコ)対ミゲール・ローマン(メキシコ)

 テビン・ファーマー(アメリカ)対尾川堅一(帝拳)

 フランシスコ・バルガス(メキシコ)対スティーブン・スミス(イギリス)

 12月16日

 ビリー・ジョー・サンダース(イギリス)対デビッド・レミュー(カナダ)

 アントニオ・ダグラス(アメリカ)対ゲイリー・オサリバン(アイルランド)

 クレタス・セルディン(アメリカ)対イブス・ユーレッセ・ジュニア(カナダ)

 この中でいわゆる“HBOらしいマッチアップ”はサンダース対レミューのWBO世界ミドル級タイトル戦くらい。ジェイコブス、コット、コバレフといったメインのネームバリューこそあっても、Bサイドとアンダーカードの弱さが共通した特徴だった。

転機を迎えた米ボクシング界の巨人

 HBOが1980年代から業界のトップに君臨して来れたのは、端的に言って、カードの質にこだわったから。それゆえに、Home Box Officeに登場することはボクサーたちにとってもステイタスになった。数年前であれば、ブロードハースト、アリアス、ローマンあたりが同局のメインイベントに登場することなどあり得なかったはずだ。

 しかし、フロイド・メイウェザー(アメリカ)のShowtime移籍とともにアル・ヘイモン傘下の選手を起用しなくなったのに続き、トップランクもHBOを去り、同局は転機を迎えようとしている。

 2017年に目立ったのはサウル・“カネロ”・アルバレス(メキシコ)、ゲンナディ・ゴロフキン(カザフスタン)を看板に据え、局側が放映権料を払う必要のないPPV放送ばかり。そんな現状を見て、一時はこのままボクシングビジネスから足を洗うという大胆な推測もあった。しかし、10月に実況のジム・ランプリーと5年間も契約延長したことでその疑いは払拭されている。だとすれば、現在はHBOにとっていわば”再建期間”だと言えるのだろう。

 現時点でのサリドやどう見てもクラブファイターのセルディンに予算を割いたのは解せないし、ホルヘ・リナレス(ベネズエラ)とルーカス・マティセ(アルゼンチン)を無名選手と対戦させる1月24日の今年度初興行も上質とは言えない。ただ、視聴者を喜ばせるアクションファイターを重宝し、同時に一部のプロモーターとの関係を作り直しているとすれば納得はできる。

  トップランクの主力選手に支払う必要がなくなったがために、ジェイコブス、デメトリアス・アンドレイド(アメリカ)との複数戦契約が可能になった。ゴロフキン、カネロ、ジェイコブス、アンドレイドが傘下に揃ったミドル級、コバレフ、ビボルがいるライトヘビー級、タレント揃いのスーパーフライ級など、一部の層が厚い階級に投資のターゲットを定めているのも適切な方向性。今後、これらのストーリーを上手く紡ぎ上げ、好カードを生み出していくのがHBOの課題になるのだろう。

 ミドル級やスーパーフライ級で強豪の潰し合いシリーズを継続すればインパクトは大きい。また、ライトヘビー級では2018年後半にコバレフ対ビボルの新旧戦まで持っていくのが順当なシナリオ。その勝者を、早くも復帰を仄めかし始めたアンドレ・ウォード(アメリカ)にぶつける流れにできれば1本の綺麗な線ができる。

ジョシュア、カネロを2枚看板にできるか

 さらにもう一つの大きな鍵は、WBA、IBF世界ヘビー級王者アンソニー・ジョシュア(イギリス)の強奪がなるかどうか。

 ジョシュアが3月に予定するWBO王者ジョセフ・パーカー(ニュージーランド)との統一戦までは、Showtimeがどんな金額にもマッチできる権利を持っている。しかし、ジョシュアとShowtimeの契約はここで満了。その後、現在世界最高の商品価値を誇るヘビー級王者はFAになる。

 HBOがジェイコブスと契約し、ビボルの試合をわざわざモナコから放映した背後には、エディ・ハーンと関係を深くしたいという思いがあったはずだ。その狙いの1つに、ジョシュアの存在があったことは容易に想像できる。

 ここでヘビー級統一王者を手に入れ、アメリカ国内で最大の興行力を誇るカネロと2枚看板にできれば、HBOにとって起死回生の逆転打となるに違いない。そんな会心打は今のHBOに可能なのか。

 2017年にプレミアケーブル局で放送されたボクシング中継の視聴率ベスト20のうち、17はHBOの番組だった。こんな結果だけを見れば、老舗は依然としてブランド力を保っていると考えることもできる。

 ただ、数字自体は長期低下傾向。加入者はHBOが約30%も多いのにも関わらず、視聴率トップ8のうちの3戦(エイドリアン・ブローナー(アメリカ)対マイキー・ガルシア(アメリカ)、デオンテイ・ワイルダー(アメリカ)対バーメイン・スティバーン(アメリカ)、ブローナー対エイドリアン・グラナドス(アメリカ))はShowtimeのファイトだったことも見逃せない。総合的に見て、HBOの尻には火がつき始めていると考えるのが妥当なのだろう。

 そんな状況は2018年にさらに加速するのか。それとも伝統フランチャイズは短い再建期間を終えて巻き返すのか。スポーツ部トップのピーター・ネルソン以下、HBOが誇るブレーンの手腕にここで改めて注目が集まる。

スポーツライター

東京都出身。高校球児からアマボクサーを経て、フリーランスのスポーツライターに転身。現在はニューヨーク在住で、MLB、NBA、ボクシングを中心に精力的に取材活動を行う。『日本経済新聞』『スポーツニッポン』『スポーツナビ』『スポルティーバ』『Number』『スポーツ・コミュニケーションズ』『スラッガー』『ダンクシュート』『ボクシングマガジン』等の多数の媒体に記事、コラムを寄稿している

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