ロマチェンコ、クロフォード、パッキャオを抱えるトップランクとESPNはボクシング・ビジネスを変えるか
業界を震撼させた新契約
2017年8月、老舗のトップランクがESPNと4年間の独占契約を結んだことは、米ボクシング界にとって“事件”と呼び得る出来事だった。
アメリカ国内で、ESPNの加入者数はこれまでボクシングのメイン・チャンネルだったHBO、Showtimeの約3倍。特に数あるスポーツチャンネルの中でもESPNの影響力は群を抜いているだけに、この契約のインパクトは大きかった。
まだ正式契約発表前の7月2日。ESPNはマニー・パッキャオ(フィリピン)とジェフ・ホーン(オーストラリア)のWBO世界ウェルター級タイトル戦をオーストラリアから生中継し、平均視聴者約300万件をマークした。この数字はケーブルテレビで放映されたボクシング番組としては2006年以降ではベストだった。
さらに12月9日のワシル・ロマチェンコ(ウクライナ)対ギジェルモ・リゴンドー(キューバ)戦でもファイト中の平均視聴件数は200万件以上を記録するなど、ここまで視聴率は上々。特に鍵となる18~34歳の数字が良いというデータもある。契約に別料金が必要なHBOの視聴率が凋落傾向なのに対し、ESPNはベーシック・ケーブル局の雄としての強さをさっそく見せつけた形になった。
ESPNは2018年も18興行を生中継する予定で、そのうち2つは地上波ABCでの放送。今年後半にはPPV興行も企画されている。何より注目すべきは、ファイトとは別にいわゆる50時間の関連番組が同局で放送されるという部分だ。
アメリカでのESPNの存在感は、現地在住、あるいは滞在した経験がある人なら実感できるだろう。空港、レストラン、バーでも、TVモニターでは延々とESPNの番組が流れているし、このスポーツ局が映らないホテルもほとんどない。
それほどアメリカの生活に根付いたチャンネルで、ファイト、情報番組が放映されることの意味は計り知れない。パッキャオ対ホーン戦、ロマチェンコ対リゴンドー戦ともに、スポーツバーなどで見た人も含めれば、実際の視聴者数は公式発表をはるかに上回っていたはず。ロマチェンコ対リゴンドー戦の直前には関連プログラムが約1週間に渡って放送され続け、特にロマチェンコの大幅な知名度アップに繋がった。
そのほか、ESPNは10月20日のアッサン・エンダム(フランス)対村田諒太(帝拳)戦を日本から、12月16日のホーン対ゲイリー・コーコラン(イギリス)戦を再びオーストラリアから生中継し、ボクシングに力を入れる姿勢が本物であることを示している。
今後、テレンス・クロフォード(アメリカ)、ロマチェンコを軸に、その後に続くオスカル・バルデス、ヒルベルト・ラミレス(ともにメキシコ)といった王者たち、さらにはシャクール・スティーブンソン(アメリカ)、マイケル・コンラン(アイルランド)、テオフィモ・ロペス(アメリカ)といった次の世代を担うプロスペクトまで、トップランクの選手たちはESPNによって様々な形で売り出され、アメリカのお茶の間でお馴染みの顔になっていくに違いない。
資金難に喘ぐHBOに見切りをつけ、迅速にこのような契約を実現させたトップランクの底力にはやはり驚嘆するしかない。
ESPNとトップランクの契約の中身は正式に発表されていないが、4年間の合計金額は看板番組である「マンデー・ナイト・フットボール(MNF)」の1回のコストにも満たないという。ただ、これはNFLのビジネスが桁外れなだけで、4年間で推定1億ドルはボクシングでは巨額。1シーズンわずか17戦の「MNF」に実に年間19億ドルもの放映権料は支払っていることを考えれば、昨今は経費削減を続けているESPNにとってもボクシングは美味しいコンテンツだったのだろう。
両者の利害が見事に一致し、トップランクは2015年以降にアル・ヘイモンが“プレミア・ボクシング・チャンピオンズ(PBC)”でやろうとして、無残に失敗した仕事をより研ぎ澄まされた形で引き継ぐことになった。順調に行けば、これまで“熱心なファンが金を払って見るスポーツ”だったボクシングは、米国内でより気軽に見れるエンターテイメントになっていくはずだ。
課題は”垣根を超えたマッチメイク”
こうして見ていくと良いこと尽くめに思えるトップランクとESPNの契約だが、課題と言える部分も残っている。
ボクシング界では、一部のプロモーターとテレビ局が密接に結びついているのは周知の事実。これまで強さを誇った 「HBO/ゴールデンボーイ・プロモーションズ、メイン・イベンツ、K2プロモーションズ」「Showtime/アル・ヘイモン」に加え、「ESPN/トップランク」という3つ目のリーグが加わったことで、強豪選手の直接対決はより難しくなったという声は無視できない。
トップランクとESPNは2月3日にWBO世界スーパーミドル級王者ヒルベルト・ラミレス(メキシコ)とIBF世界スーパーフライ級王者ジャーウィン・アンカハス(フィリピン)の防衛戦、2月16日にはレイ・ベルトラン(メキシコ)対パウラス・モーゼス(ナミビア)のWBO世界スーパーライト級王座決定戦などを予定しているが、カード的にはどれも弱い。これは契約発表当初から言われていることだが、プロモーター、テレビ局の垣根を超えたマッチメイクを実現させられるかどうかが今後の焦点。ここをクリアしない限り、長期視野での大成功は考え難い。
昨年の興行ではジュリアス・インドンゴ(ナミビア/当時はマッチルーム・ボクシングが共同プロモート)、リゴンドー(ロックネイション傘下)を起用し、今年3月に計画されるホゼ・ラミレス(アメリカ)対アミア・イマム(アメリカ/ドン・キング傘下)、バルデス対スコット・クイッグ(イギリス/マッチルーム・ボクシング傘下)でもライバルプロモーター傘下の好選手を相手に選んだ。このように外様の選手を対戦相手に起用するのは良くとも、トップランクは自前の“Aサイド”ファイターを他プロモーターの興行に貸し出すことを良しとするのか。
2018年の注目ポイントは、ウェルター級転向が決まっているクロフォードのキャリアをどう展開させていくかだろう。
トップランク傘下の目立ったウェルター級選手はホーン、パッキャオくらいで、クロフォードのダンスパートナーは遠からず枯渇する。その後、エロール・スペンス・ジュニア、キース・サーマン、ショーン・ポーター(アメリカ)といったPBC傘下のウェルター級選手たちとクロフォードが絡むことはあり得るのか。可能だとして、興行はどこが主催するのか。ボブ・アラムとShowtimeのスティーブン・エスピノーザはビッグファイトごとの有力選手の貸し借りを提案していたが、これを有利不利なく実現させるのは容易なことではないはずだ。
繰り返すが、ESPN がボクシングビジネスに乗り出したことは間違いなくポジティブなことだ。このプラットフォームを最大限に生かせるかどうかはやはりボクシング界の人間次第。凡庸なカードを連発し、早々と行き詰まったPBCの反省をここでも生かす必要がある。2018年が終わる頃には、トップランクとESPNという強力タッグがどれほどの成果を生み出すかがうっすらと見えてくるに違いない。