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【体操】内村航平が考える“2020東京五輪V戦略”

矢内由美子サッカーとオリンピックを中心に取材するスポーツライター
リオ五輪で金メダル2つを獲得した内村航平(写真:田村翔/アフロスポーツ)

 体操ニッポンのエース内村航平(リンガーハット)は、2009年の世界選手権を皮切りに、2度の五輪を含め、8年間にわたって個人総合の世界王座に君臨している。その思考スタイルは一貫して“大目標からの逆算方式”。4年スパンのプランニングを行うことで五輪での金メダル獲得という目標を次々に実現してきた。

 次の大目標はもちろん2020年東京五輪。キングの胸の内には、どのような“戦略”があるのだろうか。内村に尋ねてみた。

ナショナル合宿で懸命につり輪の演技を調整する内村航平(写真:加藤誠夫)
ナショナル合宿で懸命につり輪の演技を調整する内村航平(写真:加藤誠夫)

■内村の言葉が体操ニッポンの底上げにつながった

 内村がロンドン五輪の個人総合で金メダルを獲得した翌2013年、ベルギーで行われた世界選手権での言葉は実に刺激的だった。この大会では当時17歳だった白井が、初出場で種目別ゆかの金メダルを獲得し、一躍、世界の体操界の寵児となった。

 そのときに内村が言ったのが「6種目全部やってこそ体操選手」。称揚だけで埋め尽くされても不思議のない17歳のスペシャリストに対し、かなり厳しい言葉を突きつけた形だった。

 白井に対しては2014年にも愛のムチともいうべき言葉を送った。2013年と同じ演技構成で臨んだ種目別ゆかで銀メダルに終わったときのこと。「健三は若い。もっといろいろなことに挑戦しろ」。

ナショナル合宿での白井健三(写真:加藤誠夫)
ナショナル合宿での白井健三(写真:加藤誠夫)

 内村は2013年の全日本個人総合の際は、18歳で前年のロンドン五輪に出た加藤凌平について「このまま順調に進化されるとすぐ抜かれてしまうような気がしている」と褒め称え、「凌平だけじゃなく、野々村笙吾もすごく良い選手。もし負けるなら、2人のどっちかに負けたい」と話していた。2人で切磋琢磨して自分に追いついてきてほしいという願いがにじみ出ていた。

 その心は何か。内村は今、ロンドン五輪後に考えていたことをこのように明かしている。

「自分が日本の体操界を引っ張る身であるという譲れない思いが、まずは当然あります。ただ、そこからプラスアルファできるものがないと団体では勝てないと思った。団体は自分だけではないから、メンバーをどうやって引っ張っていくかを考えたんです」

 ロンドン五輪以降は白井が出現し、加藤が成長し、田中佑典がメンタル面で殻を破り、山室光史がここぞで勝負強さを見せた。2013年から2015年は複数の個人メダリストが誕生し、選手層がどんどん厚くなった。リオ五輪は日本が勝つべくして勝った大会だった。

 そして、このほど7月26日に報道陣に公開されたカナダ世界選手権に向けてのナショナル合宿。白井が5月のNHK杯で2位になり、4度目の世界選手権にして初めて個人総合の代表権を勝ち取った際に、「僕が分かることは教えたい」と話していた通り、内村は白井に対してアドバイスしていた。「健三のあん馬やつり輪を見ると、まだオールラウンダーとは見られない。旋回や力技の角度など、基本の動作を少しでもうまい見せ方ができるように」と、細かいところまで助言している。

ナショナル合宿で談笑する内村と白井(写真:加藤誠夫)
ナショナル合宿で談笑する内村と白井(写真:加藤誠夫)

■新ルール対応の極意をすでに見いだしている

 体操界は五輪を区切りに4年に一度ずつ採点ルールが改正される。ルールにしっかりとアジャストするのはもちろんのこと、世界の採点の潮流を察知し、それに合わせていくことが実は非常に重要だ。

 新ルールが採用されてから半年余りが過ぎた今、内村は世界中で行われてきた大会の演技を次々と動画でチェックし、その演技に対して出された採点から、傾向を分析した。

 ここで発見したのは、リオ五輪までよりも演技の正確性や美しさを厳しく採点するという、国際体操連盟が発表している指針通りのことだけではなかった。

「演技の難度点(※体操は演技構成の難度を示すDスコアと、実際の出来映えの正確性を示すEスコアの合計点で争われる)が低いと、評価されないかなというか…。それがちょっとずつ見えてきたんですよ。新しいルールになってからの海外のいろいろな試合を見ると、Dスコア(演技構成の難度を示す点数)を低くまとめると、Eスコア(出来映えの正確性や美しさを示す点数)も評価されないかなという流れです。難しいことをキッチリやることに評価の目を向けてきたと感じています」

 2017年4月の全日本個人総合選手権から5月のNHK杯、さらには6月の全日本種目別選手権にかけて、演技構成の難度を徐々に上げてきたのは、10月の世界選手権を見据え、新たに見えた採点の潮流に乗せていくための戦略でもあった。

「でも、これは日本がずっとやってきたことだからこそ、今こういう採点方法になったと思っています。日本が世界に率先して難しい技を美しくやっていけば、東京五輪でも、団体、個人、そして種目別と、複数で金メダルを取れると思うんです」

■ライバルはベルニャエフだけじゃない

リオ五輪で個人総合銀メダルのオレグ・ベルニャエフ(右)(写真:ロイター/アフロ)
リオ五輪で個人総合銀メダルのオレグ・ベルニャエフ(右)(写真:ロイター/アフロ)
リオでは個人総合銅、種目別金2つのウィットロック(写真:ロイター/アフロ)
リオでは個人総合銅、種目別金2つのウィットロック(写真:ロイター/アフロ)

 今年10月の世界選手権では新たなライバルが出現すると読んでいる。

「オレグ(・ベルニャエフ)=ウクライナ=、リオ五輪個人総合銀メダル=が強いのはもちろんです。彼以外にもリオで3位だった(マックス・)ウィットロック=英国=など、今年は個人総合はやらないという選手にも強い選手はいます。それと今、中国の19歳の若手にすごいのがいます(鄒敬園・ゾウ ジンヤン)。ロシアにも良い選手がいますし、今年はここまで出ていない10代の若手が東京に向けて出てくると思います」

 この中国の鄒敬園は平行棒で今季世界ランク1位の得点を出している。彼については、今回、種目別平行棒の代表候補になっている田中も「まだこれから伸びる選手で、(平行棒の)金メダル最有力だと思う。機械的な動きではなく、僕も映像を見て“オッ、良い動きをしている”と思った」と警戒を示している。

ナショナル合宿で平行棒の準備をする田中佑典(写真:加藤誠夫)
ナショナル合宿で平行棒の準備をする田中佑典(写真:加藤誠夫)

 東京五輪を見据え、内村は日本の若手にどんなことを望んでいるのだろうか。

「大学生で良い選手が出てきていますが、6種目のレベルが、もう1個高くなって欲しいという思いがありますね。東京五輪の団体戦メンバーは4人なので、6種目とも強い選手が4人いないと厳しい。個人総合は日本がより強さを出せるところですから、個人総合に出たらワンツーに入れるレベルを持った選手が4人以上出てきて欲しいですね」

■種目別の候補選手をリスペクト

 場面は再び、7月26日のナショナルトレーニングセンターでの合宿。メンバーは、個人総合で出場が決まっている内村と白井、そして、種目別の代表候補8人。8人は試技会などを経て9月に4人に絞られ、総勢6選手が世界選手権に出場する。

「種目ごとに強い選手がいて、練習のやり方が一人一人違うので見ていて面白いですよ。亀山(耕平)ならあん馬、佐藤巧なら跳馬、宮地(秀享)はひたすら鉄棒をやっています。僕はそこまで割り切ってやることはできないですから、尊敬の目で見ていますね」

 昨年12月のプロ転向以降、普段はチームに属さず1人で練習を行っている内村にとって、ナショナル合宿は自然とテンションの上がる場所でもあるようだ。この日も白井と談笑したり、宮地と鉄棒の離れ技について意見交換をしたり。その刺激もまた心地よさそうだった。

「まだまだ僕も代表に選ばれ続けたいですからね」

 4年スパンの「東京五輪V戦略」が、内村の中で着々と進行している。

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【この記事は、Yahoo!ニュース個人の企画支援記事です。オーサーが発案した企画について、編集部が一定の基準に基づく審査の上、取材費などを負担しているものです。この活動は個人の発信者をサポート・応援する目的で行っています】

サッカーとオリンピックを中心に取材するスポーツライター

北海道大学卒業後、スポーツ新聞記者を経て、06年からフリーのスポーツライターとして取材活動を始める。サッカー日本代表、Jリーグのほか、体操、スピードスケートなど五輪種目を取材。AJPS(日本スポーツプレス協会)会員。スポーツグラフィックナンバー「Olympic Road」コラム連載中。

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