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今さらながらに面白い「駅のスタンプ」の謎

鳥塚亮大井川鐵道代表取締役社長。前えちごトキめき鉄道社長

1月13日から首都圏で開催されているJR東日本の「懐かしの駅スタンプラリー」。新潟県上越市に住んでいる筆者は北陸新幹線で上京するたびに「何かやってるな?」程度の認識でした。

何しろ駅のスタンプなんて昔からあるし、今さらどうってこともないぐらいの気持ちだったんですが、先日、ハッと気が付いたことがあります。

それがこれ。

ご案内の一番下に「改札外」と書いてあります。

なぜハッとしたかと言うと、昭和の時代から駅のスタンプというのは改札内にあるというのが筆者の年代の人間の常識だったからです。

駅にスタンプを配置して、旅の記念に押してもらおうというのが全国規模で始まったのが1970年の国鉄の「DISCOVER JAPAN」というキャンペーンですから、今からもう半世紀以上前。当時はモータリゼーションが始まったころでしたので、車でやってきてスタンプを押されてしまうことへの警戒感からでしょうか。駅のスタンプは改札の中に置いてあるのが定番でした。

当時は田舎の駅にもたいていは駅員さんがいて、切符の販売はもとより、小荷物の受付(今でいう宅配便の窓口)や、信号やポイントの取り扱いなども駅で行っていましたから、今では無人が当たり前になっているような田舎の駅でも、改札口の中に入るためには入場券を買わなければなりませんでした。

そういう改札内にスタンプを置けば、入場券代でも国鉄の収入になる。

そういう考え方だったと思います。

ところが、今回のキャンペーンを見るとスタンプはほとんどの駅で改札外に置いてあるのですから、筆者の常識が覆ったのです。

で、しばらく見ているとかなりの人気なんですね。

写真のように入れ替わり立ち替わりスタンプを押しに皆さんやってくる。

中には一人で何枚も押す人もいて順番待ちなんです。

混雑する駅の構内で行列ができたのでは通行の妨げになりますから、改札口の外に設置した方が列車を利用するお客様の邪魔になりません。

改札口の外に設置するのはある意味で理にかなっています。

でも、それでは車で来たりして列車を利用しない人にも押されてしまうのではないか。

だとしたら鉄道会社の収入にはならないのではないか。

昭和の時代を生きてきた貧乏性の筆者としてはそんなことを考えるわけです。

でも、しばらく観察しているとあることに気が付きました。

スタンプ目当てでやってくる人たちは皆さん電車に乗って来て、改札口でピッ!とやって一旦外に出る。

そしてスタンプを押して、再びピッ!とやって改札口を入り、電車に乗って次の目的地へ行くのです。

なにしろ「ラリー」ですから、次々と駅をまわって押していく。

これが首都圏50の駅に設置してあるのですから、行程を考えてさっさと回らないと達成できないという仕組みなんですね。

で、1回1回改札口を出なければなりませんからその度に運賃精算が行われて、区間ごとに運賃が課金されていくのです。

「なるほど、うまいこと考えたな。」

と筆者は感心することしきり。

もちろん便利なフリースタイルの企画切符もあるのですが、交通系ICカードやスマホ決済の普及でいちいち切符を買うことをしなくなった今の時代は、昭和のような考え方で改札内にスタンプを設置すると、逆に増収に結びつかなくなっているのです。

駅のスタンプの歴史

国鉄のキャンペーンで各地の駅にスタンプが設置されたのが1970年に始まる「DISCOVER JAPAN」キャンペーンからですが、1977年から「一枚のキップから」という新しいキャンペーンが始まり、1978年からは「いい日旅立ち」。そして1980年から「わたしの旅」と、国鉄のキャンペーンごとに駅のスタンプは進化してきた歴史があります。

特に1980年から始まった「わたしの旅」では、スタンプが形と色で分別されて全国的に次のように統一されました。

円形の黒…自然の景色が特色の駅

円形の赤…動物や植物が特色の駅

円形の紫…温泉が特色の駅

四角形の黒…史跡や建物、文化財が特色の駅

四角形の赤…新しい建築や文化施設が特色の駅

四角形の紫…伝統工芸や特産物が特色の駅

五角形の黒…歌、文学、伝説、人物が特色の駅

五角形の赤…風俗、行事、お祭りが特色の駅

五角形の紫…味覚が特色の駅

六角形の黒…何かが国鉄で一番の駅

六角形の赤…レジャー、スポーツが特色の駅

六角形の紫…産業が特色の駅

今回のJR東日本のキャンペーンでは、これを復刻させて駅ごとに形や色を変化させているのが特色で、地域の特徴をうまくつかんでいて、ラリーで回る楽しみが増えるのも人気の秘密の一つでしょう。

では、本当に当時からきちんと分けられていたのでしょうか。

筆者の友人で鉄道の旅をライフワークにしている大熊一精さんの1980年代のコレクションを見せていただきました。

まず、当時はこのようなスタンプノートをキオスクで購入するところから始まりました。

そしていろいろな駅を巡りますが、あくまでも個人の趣味としての楽しみであり、ラリー形式ですべてを押してパーフェクトを目指すというものではありませんでした。

富良野駅。

五角形で赤ですから風俗、行事、お祭りが特徴の駅ですね。

横川駅

六角形で黒ですから何かが国鉄で一番の駅ですね。

松本駅

四角形で黒ですから史跡や建物、文化財が特徴の駅。

このようにシステマチックにきちんと全国統一されていたんですね。

でも、本当にそうかと言うと、

亀山駅

日本一がある駅なのに、スタンプのインクが黒ではなくて紺ですね。

小郡駅(現:新山口駅)

六角形で赤はレジャー、スポーツが盛んな駅のはずですが、ちょっと苦しいですね。

レジャースポーツと言えば越後湯沢駅。

当時からスキー客で賑わう駅でした。

でも同じ越後湯沢駅には他のスタンプも。

丸型に赤ですから、動物や植物が特色の駅。

と、1つの駅で2つの特色がある。

そしてさらにもう一つ。

かなり使い込まれた感がありますが、「わたしの旅」以前の「一枚のキップから」のキャンペーンの時のスタンプも。

大熊さんによれば同じ時に3つ押したということですから、全国統一のルールとは言え、ご当地それぞれだったことがわかります。

こういうゆるさが時代だったのかもしれません。

今回のJR東日本の「懐かしの駅スタンプラリー」では、形と色がそれぞれきちんとルールにのっとって再現されているようですから、昭和の時代のゆるさは感じませんが、如何にも令和的で、それはそれで良いのかもしれません。

筆者としては新幹線で帰る前に日本一の東京駅で1つだけ押しましたが、ちょっと全駅チャレンジしてみるのもいいかなと思いました。

このキャンペーンは3月6日まで。

泣いても笑ってもあと3日です。

今週末は首都圏各地でラリーが繰り広げられることでしょう。

皆様、どうぞ安全に譲り合ってお楽しみください。

スタンプ写真提供:大熊一精氏

構内写真等は筆者撮影です。

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大井川鐵道代表取締役社長。前えちごトキめき鉄道社長

1960年生まれ東京都出身。元ブリティッシュエアウエイズ旅客運航部長。2009年に公募で千葉県のいすみ鉄道代表取締役社長に就任。ムーミン列車、昭和の国鉄形ディーゼルカー、訓練費用自己負担による自社養成乗務員運転士の募集、レストラン列車などをプロデュースし、いすみ鉄道を一躍全国区にし、地方創生に貢献。2019年9月、新潟県の第3セクターえちごトキめき鉄道社長、2024年6月、大井川鐵道社長。NPO法人「おいしいローカル線をつくる会」顧問。地元の鉄道を上手に使って観光客を呼び込むなど、地域の皆様方とともに地域全体が浮上する取り組みを進めています。

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