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児童減少で大阪・西成の母校が閉校に 橋下市長の小中一貫校は先生次第だ

木村正人在英国際ジャーナリスト

私事で恐縮だが、母校の弘治小学校(大阪市西成区)が今年度いっぱいで閉校されると大阪の友人から電子メールが届き、寂しくなった。

弘治小学校のHPより
弘治小学校のHPより

児童数の減少で萩之茶屋小学校、今宮小学校と統合され、新今宮小学校として生まれ変わる。新今宮小学校は、校地面積が広い今宮中学校内に設置され、新年4月から施設一体型の「いまみや小中一貫校」として開校する。

弘治小学校は明治31年7月に今宮尋常小学校として設置され、2年後、現在地で新校舎が落成。当時は3学級で児童数180人。昭和16年に大阪市弘治国民学校となり、戦後、弘治小学校に改称された。

国道26号線の騒音対策で防音工事が施され、筆者が卒業後の昭和50年にはクーラーが取り付けられている。

筆者が生まれた昭和36年には日雇い労働者の街・釜ヶ崎(現あいりん)地区の老人がはねられた事故をきっかけに第1次西成暴動が発生。暴徒化した4千~5千人の群衆が延べ10万5千人の警官隊と衝突した。

この年、弘治小学校は30学級、児童数1410人、教員数は33人。教員1人当たりの児童数は42.7人だった。それが平成22年までに7学級、児童数119人、教員数13人に激減。教員1人当たりの児童数はたった9.1人。

「あいりん施策のあり方検討報告書」(大阪市大都市研究プラザ編、2011年)からグラフを抜粋する。

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統合される弘治・萩之茶屋・今宮の3小学校と、今宮中学校の児童・生徒数が激減していることがわかる。統廃合はやむを得ない。

あいりん地区を抱える西成区は生活保護率が非常に高く、高齢化が急ピッチで進み、子供を育てる若い世代が少ない。昔は高度経済成長の調整弁だったが、今は少子高齢化から貧困や格差まで、すべての問題を抱え込んでいる。

平成17年の国勢調査によると、老年人口割合は西成区29.1%と断トツで、2位の旭区23.5%を大きく引き離す。

人口1千人当たりの出生率でみると、西成区は断トツで低く、昭和50年の12.7から平成22年には4.9に下がっている。

大阪市のHPより抜粋
大阪市のHPより抜粋

人口1千人当たりの死亡率は西成区が断トツで高く、昭和50年の7.9から平成22年には20.8にハネ上がっている。

橋下徹大阪市長の「特区的な運用を行い、子育て世帯を西成に誘致するように」との肝いりで、「西成特区構想事業」がスタート。施設一体型の小中一貫校の整備には今年度7億2千万円が投じられた。

施設を新しくすると子供たちの気持ちも明るくなる。確かにそんな効果は期待できる。

小・中学校時代の思い出

小学生の頃、同級生の家に遊びに行くと母親がスナックのママだったり、父親がヤクザだったり、大人の世界が垣間見えた。家族で夜逃げして突然、教室から消えた友達もいた。

今から40年前の今宮中学校は凄まじかった。真冬に不良少年が教室の窓ガラスをすべて割り、ガスストーブに立ち小便をして回る。授業中に「寒い」と言って、ゴミ箱に火をつけたこともあった。

更生保護施設を出たり入ったりしていた同級生の薄いカバンにはヌンチャクしか入っていなかった。リンチにかけられ、転校してしまった女子生徒もいる。

シンナーのほか、風邪薬を飲んで手の甲をカットする遊びも流行った。暴力団組長の子供が、筆者が知っているだけでも3人いた。学校を休んで、母親の代わりに客をとらされているというウワサも流れた。

陰険な教師は逆に不良少年の餌食になっていた。あいりん地区の越冬闘争で日雇い労働者や過激派が警官隊に「黄金(糞尿)爆弾」を投げつけ、休校になったこともある。

ある日、教室でこんな事件が起きた。教師2年目のうら若き女性教師が出欠簿を開けると、使用済みの生理用品が挟んであった。ページに血がべったりこびりついていた。

人気があった女性教師への不良少女の嫌がらせだった。女性教師が叫んだ。「あなたたち自分がやったこと分かっているの」。教室に沈黙が流れた。

その女性教師と1、2年前、電話で話すことがあった。生理用品事件を思い出しながら、「先生、新卒であんな地域の中学校に来られて大変な経験をされましたね」と尋ねてみた。

女性教師は20代の声のままで「私は今宮中学校で教えられたこと、誇りにしています」とおっしゃられた。目頭が熱くなった。「地域の協力もあった。先輩教師にも支えられた。やんちゃもやんちゃなりに筋を通していた」という。

当時、先生たちは竹の棒を振り回していた。体罰は日常の光景だ。教師はスクラムを組んで、生徒に体当たりしてきた。人間と人間、生きるエネルギーのぶつかり合いだ。

勉強どころではなかったが、中学校で人間として一番大切なことを教えてもらったと感謝している。

問題は児童数の減少だけではない。いま、教育現場では連帯感が失われ、心を病んで休職する教師も少なくない。学校で地域で教師は孤立している。日教組も往時の力を失った。

橋下市長の小中一貫校の試みも、最後は教師の情熱にかかっている。しかし、1人ではとても解決できないような問題を抱えた地域の教育を立て直すのは並大抵のことではない。

教育を再生できれば、地域に人は再び集まってくる。カギは橋下市長が学校と地域と行政、そして教師と父母が施設一体型の小中一貫校を軸に団結できる環境を作れるかどうかだ。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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