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キプロス、ライキ銀行の解体で危機回避-銀行部門の縮小避けられず

増谷栄一The US-Euro Economic File代表

地中海の小国キプロスの欧州債務・金融危機は、ユーログループ(ユーロ圏17カ国の財務相で構成)が24日夜の緊急会合で、キプロス2位のライキ銀行の解散と最大手行キプロス銀行のリストラを条件にキプロスへの100億ユーロ(約1.2兆円)の金融支援の開始で合意したことで、ようやくデフォルト(債務不履行)、そして、2008年にアイスランドで起きたような預金封鎖、ユーロ圏離脱という最悪の事態を回避する見通しとなった。

今回の

キプロス危機回避で最終合意後、記者会見するサリス財務相(EU理事会提供)
キプロス危機回避で最終合意後、記者会見するサリス財務相(EU理事会提供)

キプロス危機の解決にあたって、ユーログループはキプロスの金融危機の元凶となった1位と2位の大手行の責任、そして、2行の預金保険の対象とならない10万ユーロ(約1230万円)を超える富裕層の預金の没収という形で決着したといえる。

なにしろキプロスのGDP(国内総生産)はわずか170億ユーロ(約2.1兆円)と、ユーロ圏全体の0.2%にすぎないのにもかかわらず、銀行の資産規模はGDPの8倍、預金規模もその4倍の680億ユーロ(約8.4兆円)というように、銀行システムの規模が異常に大きいことが危機を招いたからだ。ユーログループは会合後に発表した声明文で、「キプロスの銀行システムの規模を2018年までに現在のGDP比率をEU平均に縮小させる必要がある」と警告している。これは、具体的には銀行システムの規模を現在のGDPの8倍から3.5倍へと、半分以下にすべきだとしているのだ。

キプロス危機、ロシアへの支援要請で第2幕へ

キプロス危機は、欧州銀行(ECB)がキプロスの銀行への緊急融資を停止するとの最後通牒を突きつけたことで最高潮に達した。事態を打開するため、キプロス政府と議会は22日夜、いったんは議会で否決されたものの、EUの要望が強かった強制預金課税案を復活させ、さらには預金引き出しや送金などの銀行取引を制限する資本規制の導入、ライキ銀行の解体を決め、トロイカ(EUとECB、IMF(国際通貨基金)の3国際機関)もこれらの危機対策を承認し、あとはユーログループの最終承認待ちだった。

しかし、ユーログループとキプロス政府の25日未明の最終合意ではがらりと変わり、預金課税はライキ銀行とキプロス銀行の2行を除くすべての銀行への課税を回避し、ECBによるキプロスの銀行への緊急融資も継続することになった。

キプロス危機は、キプロス議会が3月19日に、100億ユーロの金融支援の前提条件となっている58億ユーロ(約7100億円)の自主財源の確保のための預金課税法案を否決したあと、それに代わる自主財源の確保の必要に迫られたキプロスのミハリス・サリス財務相がロシア政府に対し金融支援を要請したことで第2幕に入った。しかし、結局、3日間の長丁場となった協議は不調に終わり、混迷の度を増しただけだった。

サリス財務相はロシア政府に対し、16年に返済期限を迎える期間5年の25億ユーロ(約3050億円)の融資返済期限の5年延長と、50億ユーロ(約6200億円)の新規融資を要請したと見られている。また、キプロス政府はロシアから金融支援を獲得するため、ロシア人が持っているキプロスの銀行預金に20~30%課税するのと引き換えに、キプロス沖の油・ガス田開発プロジェクトの開発権取得とキプロスの複数の銀行の経営支配権を与えるという交換条件を提案している。

強制預金課税の議論、二転三転

キプロス政府は危機対策法案の策定にあたり、ロシアからの金融支援や国営企業の民営化、増税(法人税とキャピタルゲイン税)、民間出資や国有財産などで連帯投資基金を創設した上で特別債を発行して資金調達する案、さらには年金基金42億ユーロ(約5200億円)を国庫に入れることなどを検討した。しかし、そのうち、年金基金については、トロイカはキプロスの財政負担を増やすことになるだけだとして難色を示していた。

また、預金課税については、ユーログループのイェルーン・ダイセルブルーム議長が「富裕層に応分の負担を求める」と主張したため、ユーログループとの協議では、10万ユーロ(約1240万円)超の大口預金への強制課税については解散を免れるキプロス銀行は税率40%、その他の銀行は5%という案が議論された。しかし、最終的には、ライキ銀行の10万ユーロ超の預金42億ユーロ(約5200億円)をバッドバンクに移して全体の約80%を債務の弁済に使って銀行本体を清算する。10万ユーロ未満の預金はキプロス銀行に移すこと、他方、キプロス銀行の10万ユーロ超の預金を凍結し、自己資本強化のため資本注入される過程で大幅にヘアカット(40%くらい)することで決着している。

キプロス政府がユーログループとの協議で、いったんは議会が否決した強制預金課税案を復活させる提案を行ったのは、EUの圧力に屈したように見えるが、キプロス銀行のアンドレア・アルテミス会長は、英紙デイリー・テレグラフの22日付電子版で、「富裕層への預金課税の導入でキプロス銀行の解体という最悪の事態は避けられることになった」というように、キプロス銀行の存続を勝ち取るための苦肉の策だった。もともと、ドイツとフィンランドはライキ銀行とキプロス銀行の大手2行の解体とグッドバンクへの統合という荒療治を提唱したため、キプロス救済協議が難航し、事態を打開する必要があったからだ。

この荒療治とは、経営破たんの瀬戸際にあるライキ銀行とキプロス銀行の預金のうち、預金保険が適用されない10万ユーロを超える大口預金をバッドバンク(危ない銀行)に、10万ユーロ未満の預金はグッドバンク(優良な銀行)にそれぞれ移し、解体するというものだった

デイリー・テレグラフのデニス・ローランド記者らは「これは2008年に財政破たんしたアイスランドが危機回避のために取ったやり方を真似るもので、バッドバンクに移された大口預金は銀行の資産が売却されるまで凍結される。しかし、キプロス政府はこれでは大口預金の40%がヘアカット(債務減免)されるため、最も被害が大きいロシアからの支援が得られず、キプロスのタックスヘイブン(租税回避地)としての存在価値も失われるとして反対した」という。

小口預金課税は回避、それでも周辺国に危機拡大の恐れ

欧州シンクタンク大手のオープン・ヨーロッパはデイリー・テレグラフ(22日付電子版)で、「ライキ銀行のグッドバンクへの解体で自己資本強化のための公的資本23億ユーロ(約2800億円)の注入が節約されるため、58億ユーロの自主財源の調達はあと35億ユーロ(約4700億円)となるものの、これは富裕層への強制預金課税でまかなえる」と指摘している。

当初、キプロス政府は3月16日に発表したキプロス危機対策で、預金保険の対象となる10万ユーロ未満の小口預金にも6.75%の強制課税を導入するとしたが、これでは10万ユーロを限度とする預金保険制度の存立の意味をなくしかねず、連日のキプロス市民による反対デモが続いたため、キプロス政府もEUも小口預金に対する強制課税は撤回せざるを得なくなっていた。

実際、ユーログループとの最終合意では、小口預金への強制課税は回避された。しかし、そうとはいえ、大和キャピタル・マーケッツ・ヨーロッパのユーロ圏担当エコノミスト、トビアス・ブラットナー氏は、22日付の自社サイトで、「キプロスの銀行が通常通りの業務を再開したときに銀行取り付け騒ぎが起きても、他のユーロ圏周辺国ですぐに取り付け騒ぎは起こらないと見ている。しかし、預金に対する取り付け圧力がすべての周辺国で再び生じる可能性が高い。そして、将来の危機時に、周辺国で似たようなアプローチを取らないという可能性は低い」とし、リセッション(景気失速)に見舞われているユーロ圏周辺国の銀行でキプロス発の新たな金融危機が起こりうる、と警告している。

ロシア、いずれキプロス支援に乗り出す可能性

キプロスがロシアに金融支援を求めたのは政治的にも経済的にも深い関係があるからだ。キプロス中央銀行によると、1月現在のキプロスの銀行預金残高は680億ユーロ(約8.4兆円)で、そのうち、キプロス人の預金は430億ユーロ(約5.3兆円)、外国人の預金は200億ユーロ(約2.5兆円)超となっており、その大半はロシア人の預金だという。

米信用格付け大手ムーディーズ・インベスターズ・サービスは、昨年12月末時点で、ロシアの銀行がキプロスの銀行に預けている預金残高は190億ドル(約1.8兆円)、ロシアの企業が持っているキプロスの預金残高は120億ドル(約1.2兆円)で、計310億ドル(約3兆円)と推計。もし、預金課税が実現していればロシアの企業と個人は約20億ドル(約1900億円)の損失、また、デフォルトになれば500億ドル(約4.8兆円)の損失を受けるという。

キプロス危機は単にEUとキプロスの問題ではなく、キプロスの背後にいるロシア、そして英国連邦のキプロスには6万人もの英国人(うち2万人が年金生活者)が居住し2大銀行の預金封鎖の影響を受けるため、英国も巻き込む政治の駆け引きと化す様相を呈している。

英労働党のピーター・マンデルソン元ビジネス・イノベーション・技能相は、デイリー・テレグラフ紙の21日付電子版で、「キプロス救済は政治的な色合いがあり、特殊で、他の国の救済モデルにはならない」と、特殊性を指摘する。

他方、ロシア証券大手アトン・キャピタルのストラテジスト、ピーター・ウェスティン氏は米紙ウォール・ストリート・ジャーナルの20日付電子版で、「ロシアは、最初にユーロ圏がキプロスに金融支援を実施して、それでも不足する場合、支援に乗り出すという欧州の出方待ちの姿勢だろう」と見ており、今後、ロシアとEU、キプロスとの間で政治的な駆け引きが続く可能性がある。

英金融大手ロイヤル・バンク・オブ・スコットランド・グループ(RBS)は22日に発表した顧客向けリポートで、「多くのロシア企業はキプロスの低い法人税(税率10%)と2国間の二重課税免除協定を利用してキプロスの銀行を経由して現金を動かしているため、キプロス政府・中銀による資本規制の導入はロシア企業にとって打撃となるため、ロシア政府はキプロス危機回避に協力する可能性がある」という。

しかし、「ロシアのキプロスの銀行預金の大半はウラジーミル・プーチン大統領に批判的な中流階級の預金なので、強制預金課税が実施されてもプーチン政権としては慌ててキプロス支援で合意を目指す必要はない。そうとはいえ、キプロス沖の埋蔵量7兆立方メートル、金額換算で600億ユーロ(約7.4兆円)の天然ガスはロシアにとって大きな魅力だ」と指摘している。

また、RBSは「資本規制の導入で、キプロスのGDP(国内総生産)の約7倍もある国内預金の一部が国外に流出する可能性が高い」としているが、「ECBの緊急融資が続く限り、預金流出が手に負えなくなることはない。預金流出は最大43%まで許容範囲。銀行の資産悪化は続くだろう。今後2年間で不良債権は50%増加しその結果、約35億ユーロ(約4300億円)の損失が発生する。しかし、トロイカによる100億ユーロの銀行救済支援で十分カバーできる」と見ている。 (了)

The US-Euro Economic File代表

英字紙ジャパン・タイムズや日経新聞、米経済通信社ブリッジニュース、米ダウ・ジョーンズ、AFX通信社、トムソン・ファイナンシャル(現在のトムソン・ロイター)など日米のメディアで経済報道に従事。NYやワシントン、ロンドンに駐在し、日米欧の経済ニュースをカバー。毎日新聞の週刊誌「エコノミスト」に23年3月まで15年間執筆、現在は金融情報サイト「ウエルスアドバイザー」(旧モーニングスター)で執筆中。著書は「昭和小史・北炭夕張炭鉱の悲劇」(彩流社)や「アメリカ社会を動かすマネー:9つの論考」(三和書籍)など。

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