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釣りで立ち入るには新潟の防波堤は怖い

斎藤秀俊水難学者/工学者 長岡技術科学大学大学院教授
新潟西港西突堤と少々波が荒い日本海の様子(筆者撮影)

 新潟の防波堤は怖い。冬は北西の波向きが少し変わっただけで突然の大波が来襲します。運よく防波堤の内側に流されれば助けられるかもしれませんが、消波ブロックに挟まれば、お身体の揚収は波が落ち着いてからかもしれません。

先週から今週にかけての新潟西港の動静

海の事故を防ごうと新潟海上保安部などが11日、海上から立ち入り禁止区域のパトロールを行いました。

<海保呼びかけ>

「その堤防立ち入り禁止になっています。釣竿をあげて直ちに帰宅してください」

パトロールは新潟海上保安部が県と合同で行いました。新潟西港を巡視艇で回り、立ち入り禁止の防波堤で釣りをする人に退去を呼びかけました。

先月6日、新潟西港の立ち入り禁止の防波堤に釣り人26人を案内したとして男性船長が検挙されました。ことし県内では10月までに、7人が釣りの最中、事故にあっています。(後略)

TeNY 最終更新: 12/11(土) 17:37

 もちろん、今週13日月曜日から日本海沿岸が大荒れの気象・海象になることを予見してのパトロールだったと思慮されます。

 ここで少し新潟西港について紹介したいと思います。新潟西港はとても大きな新潟港の一部、西港区の通称です。日本海に直接面していて、冬型の気圧配置のもとでは、北西からの波をもろにかぶります。信濃川の河口に位置し、新潟市中心部に近いこともあり、北海道航路や佐渡航路が就航していて、大きなフェリーターミナルがあります。

 図1の右図に新潟西港西側の港湾施設を示した航空写真を配置しました。信濃川の河口から海に向かって突き出ているのが西突堤です。西突堤から離れるようにして第一西防波堤とさらにその先に第二西防波堤とがあります。防波堤には西突堤を伝ったとしても陸から直接アクセスできないので、記事にあったように渡し船のサービスがありました。

図1 新潟西港付近の様子。黄色線は佐渡弾崎と信濃川河口の2点を結んだ直線。波向きによっては新潟西港は佐渡島の影になる。詳細は本文を参照してください(Yahoo!地図をもとに筆者が作成)
図1 新潟西港付近の様子。黄色線は佐渡弾崎と信濃川河口の2点を結んだ直線。波向きによっては新潟西港は佐渡島の影になる。詳細は本文を参照してください(Yahoo!地図をもとに筆者が作成)

 それでは、週末のパトロールから週が明けてすぐの新潟西港の様子を見てみましょう。動画1をご覧ください。

動画1 少々荒い日本海に面している西突堤の様子と涼しい顔で航行する佐渡汽船カーフェリー(筆者撮影、6分10秒)

 この波の様子で、少々荒い程度です。Windyにて波の様子を確認すると、この動画が撮影された時刻における波の高さは3.4 m、周期は9秒でした。

 この日、佐渡汽船のジェットフォイルは朝から欠航でしたが、動画にうつっているように佐渡汽船のカーフェリーは運行していました。佐渡汽船のジェットフォイルは波の高さ3 m超、カーフェリーは6 m超で欠航すると言われていますので、この程度なら「少々荒れている日本海」なのです。カーフェリーにとっては運行に支障なく、どうってことありません。

釣り人がいれば事故が発生する

 でも、この立ち入り禁止の西突堤に釣り人が入り込んでいたらどうでしょうか。天端(てんば、突堤本体の上面)の上にいれば、突堤を越えてきた海水の流れにより、突堤より内側に簡単に流され、落水します。落水した先の海面は穏やかですが、海水温はこの日は16度。浮いていれば助かる見込みのある17度を割っており、救助隊が来るまでにかかる時間によっては救命胴衣を着装していたとしても、低体温になり命を落としかねません。

 突堤の外側にある消波ブロックの上に釣り人がいたらどうでしょうか。激しい波によって突堤本体に身体が打ち付けられて、ブロックのどこかに身体が挟まることでしょう。そこから抜けることができずに、次から次へと波をかぶることになります。窒息と低体温と打撲の恐怖の繰り返しの中で救助隊を待つことになります。

 ただ、このような場所にて身体が挟まれていた場合、救助隊はなかなか近づくことができません。救助隊も活動中に突堤天端の上で流されますし、揚収に必要な資機材を持ち込むことはなおさらできません。お身体の揚収は、海象の回復を待ってからということになるでしょう。

 水難事故の中でも、どうしても救助できないという場面は必ずあります。冬の防波堤での事故では、現場に近づくことができず、救助隊は要救助者を見守るしかできないこともあります。そうなのです。ダメなものはダメなのです。だからこそ、災害が発生する前からパトロールをして事故を未然に防ぐ活動が大事になるわけです。

突堤の先の防波堤の様子など

 動画2をご覧ください。西突堤の先にある第一西防波堤、第二西防波堤の様子です。堤防本体がほとんど白い波しぶきに隠れていることがおわかりになるでしょうか。時々先端の第二西防波堤灯台の高さを超えるような波が来ていることもわかります。これでも、少々荒れている程度です。

動画2 波しぶきに消える西防波堤(筆者撮影、1分26秒)

 動画3は同じ新潟市内にある砂浜海岸から沖にのびる突堤の様子です。動画1や2と同じ日に撮影されました。こんなところで釣りをしていたら、ひとたまりもありません。動画が揺れているのは、カメラを持つ手が風に吹かれて動いているからです。

動画3 手軽な突堤も波しぶきの餌食に(筆者撮影、1分18秒)

「こんな日に釣りなどするわけない」←波にやられる理由がある

 こんな風に思われている方が多いと思います。その通りです。こんな波のある日にわざわざ立ち入り禁止の突堤の先端に釣りをしに行くわけはありません。そもそも波が酷くて、歩いて行けるわけがない。でも、新潟西港の突堤や防波堤は昔から波にさらわれるような水難事故が多く発生する所です。

 特に事故が集中するのは、北西の季節風が吹くような時です。この時、日本海を季節風に吹かれて成長した波も向きを北西から南東の方角に進みつつ来襲します。風に吹かれる距離が長ければ長いほど、大きなエネルギーを蓄えた波に成長して新潟など日本海側の海岸に到達します。

 新潟西港は、時として佐渡島の陰に入ります。図1の左をご覧ください。波向きがAのようだと、佐渡島から見て新潟西港は陰になりますので、比較的波が穏やかになります。ところが、黄色線をまたいで波向きがBのようになると、その角度差はほんのわずかであるにもかかわらず、新潟西港に向かって直接波が入ることになります。この辺りの波向きの変化により新潟西港付近の波高が変わる様子は、Windyを使って視覚化することができます。新潟西港周辺の地図を選んで、いろいろと時刻を変えて確かめてみてください。

 例えば12月17日18時以降の波高の変化は大変参考になります。19時には新潟西港にて北西の波向き波高1.1 m、周期5秒の予報が、1時間後の20時には北西の波向き波高3.8 m、周期8秒の予報になり、急に大波が来襲することがわかります(12月16日現在)。

 すべての事故がこれを原因とするかどうかはわかりませんが、事故の発生した日、釣り人が新潟西港の防波堤に立ち入った時には、波は穏やかだったはずです。ところがほんの少しだけ、佐渡島付近での波向きが変わっただけで、その何時間後かに大きな波が新潟西港に突然来襲し、最初の1発目とか2発目でやられてしまったということが考えられます。

さいごに

 ちゃんと説明を受ければ、新潟西港の突堤や防波堤に立ち入ってはいけない理由が「なるほど」と納得できると思います。でも先週末のように大きな波が来襲する危険が差し迫っている状況では、海上保安庁などがパトロールを強化して、さらにその様子をメディアで流して啓発していく手法はどうしても必要だったと筆者は考えます。

 釣りを楽しもうとしている矢先でご機嫌を損ねた方もおられるかもしれません。でも、それは命があるからこそです。事故が発生すれば本当に、海象が回復するまでお身体は揚収できないのです。

水難学者/工学者 長岡技術科学大学大学院教授

ういてまて。救助技術がどんなに優れていても、要救助者が浮いて呼吸を確保できなければ水難からの生還は難しい。要救助側の命を守る考え方が「ういてまて」です。浮き輪を使おうが救命胴衣を着装してようが単純な背浮きであろうが、浮いて呼吸を確保し救助を待てた人が水難事故から生還できます。水難学者であると同時に工学者(材料工学)です。水難事故・偽装事件の解析実績多数。風呂から海まで水や雪氷にまつわる事故・事件、津波大雨災害、船舶事故、工学的要素があればなおさらのこのような話題を実験・現場第一主義に徹し提供していきます。オーサー大賞2021受賞。講演会・取材承ります。連絡先 jimu@uitemate.jp

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