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“ソウルの女王”再現が日本でも大絶賛。 悲劇の母の言葉も胸に…ジェニファー・ハドソンにインタビュー

斉藤博昭映画ジャーナリスト
『リスペクト』のプレミアでのジェニファー・ハドソン。(写真:REX/アフロ)

11/5から公開されている『リスペクト』は“ソウルの女王”として世界中から愛された、アレサ・フランクリンの半生を描いた力作。映画サイトやSNSでの反応を見ると、賛辞の多くはある部分に集中する。それは、アレサを演じたジェニファー・ハドソンの圧倒的なパフォーマンスだ。

ボヘミアン・ラプソディ』のラミ・マレックと大きく違うのは、ジェニファーがすべて自分の声のみでレジェンドの声を再現している点だ。しかもほとんどのシーンで、撮影時にライブ録音した音源を使用しているという。ゆえに映画であるにもかかわらず、観ているこちらは、まるで生の歌声を聴き、ライブコンサートに立ち会った陶酔感も味わえるのだ。

映画公開前に、ジェニファー・ハドソンにインタビューを行い、その苦心やアレサへの思いを聞いた。

アレサの声は頭から、私の声は足から出てる?

ーー今から15年前、ちょうど『ドリームガールズ』であなたがアカデミー賞助演女優賞を受賞した頃に、アレサ・フランクリンから映画化の際の指名を受けたそうですね。

「そうです。『ジェニファー、あなたに私を演じてほしい』と唐突に言われ、私は意味もわからず『もちろんやります』と答えていました」

ーーようやく映画化が決まり、アレサの歌を再現するために、どんなアプローチがあったのでしょう。

「まずダイアレクト(会話)コーチとの訓練を始めました。私の喉の構造を楽器に見立て、どのように音が出るかを研究し、同じくアレサの楽器(音)との違いを見極め、近づけていったのです。当初『アレサの声は頭のてっぺんから出ている感じだが、きみは足から出ている』と、意味不明な指示もあったのですが(笑)、そんな“印象”についても話し合いました。その後、単なるモノマネではなく、私が人生を通してアレサから影響を受けたテクニックを加えていきました」

ーーもちろんアレサの映像も参考にしたわけですね。

「はい。私が22歳の頃、アメリカンアイドル(ジェニファーが参加したオーディション番組)のツアーで、アレサの『(Sweet Sweet Baby) Since You’ve Been Gone』を歌ったのですが、その動画と、同じ年代のアレサの動画を探し出して、どこが似ているか比べたりしたのです」

ーー研究を重ねた結果、満足のいく再現ができましたか?

「私のスマホの待受けには、『アメイジング・グレイス』を歌うアレサの写真を使っています。今回の撮影で、その曲を歌うシーンの準備をしているとき、鏡を覗くとスマホの画面にそっくりな私がいました。ちょっと怖いくらいでしたが、これが研究の証だとテンションが上がったのです」

(c) 2020 Metro-Goldwyn-Mayer Pictures Inc. All Rights Reserved
(c) 2020 Metro-Goldwyn-Mayer Pictures Inc. All Rights Reserved

ーーライブ録音での撮影は、ハードだったのでは?

「いいえ、歌うこと自体はそこまで大変ではありませんでした。ただ、シーンによっては、ひじょうにエモーショナル、つまり感情があらぬ方向へむかいながら歌わなければなりません。アレサとしての感情的な演技を歌に重ねる必要があり、そこが今回の最大の難関になりましたね」

ーーアレサ本人以外に、今回の演技はどこからインスピレーションを受けたのでしょう。

「母の言葉です。『人生には何かを正面から語るべき時がある。そしてその発言に責任をもち、発言からブレずに闘わなくてはいけない』ということ。自分の声=意見をもつべきだというその言葉に、つねに私はエネルギーをもらっています」

ジェニファーが語る「母」、そして兄と当時7歳の甥は、2008年、殺害されている。ジェニファーの姉の元夫という身内の犯行であったことも、衝撃を与えた。想像を絶する悲しみに向き合った経験が、今回の演技にも生きているのだ。

栄誉に浮かれたら、周囲の思うがままになってしまう

ーーそもそもアレサ・フランクリンの音楽には、いつから影響を受けていたのですか?

「子供時代に、教会の聖歌隊で『アメイジング・グレイス』や『Take My Hand, Precious Lord』、『Precious Memories』を歌っていましたが、それらがアレサがアレンジしたバージョンだと後に知りました。そんな感じで、私の人生にはつねにアレサの音楽が存在していました」

ーーこの『リスペクト』は、アレサが本当に歌いたいものを見つけるうえで、激しい葛藤を描いたドラマでもあります。アカデミー賞やグラミー賞も受賞したあなたも、自身のキャリアに迷いがあったりしたのですか?

「そこもじつは、生前のアレサから教えられた部分です。『多くの人と仕事をしていると、自分の才能を見失うことがある。何をすべきか、どこへ行こうか、周囲が決めてしまう。だから基本に戻るべき』と、彼女は言っていました。だから私も『ドリームガールズ』でオスカーをもらっても、『この栄誉に騙されちゃいけない』と自分に言い聞かせてきました。アレサの言葉を信じ、自分の“声”を大切にすると決めたのです。その姿勢で今もスポンジのように何かを吸収し、学ぶことを繰り返し、今回の映画では初めてピアノを本格的に練習したので、今後の音楽活動の幅が広がるはずです」

ーー2018年のアレサの葬儀で、『アメイジング・グレイス』を熱唱しました。どんな思い出ですか?

「一度にいろいろなことが起こった感覚です。誰かを失った悲しみを示す葬儀だったのと同時に、全世界に見つめられる場でもありました。さまざまな感情が湧き上がり、なんとも言えないエモーショナルな経験になりました」

同時にインタビューした、『リスペクト』の監督、リーズル・トミーは、「アレサの歌声、そしてジェニファーの歌声、その両方が極点で重なる“スイートスポット”を見つけることができた」と語り、アレサの夫を演じたマーロン・ウェイアンズは「『役になりきる』なんて安易な賞賛をよく耳にするが、この映画のジェニファーこそ、役になりきったことの最高例だ」と絶賛を贈る。

一世一代のパフォーマンス。最高の音響とともに劇場で堪能してほしい。

アレサの音楽の方向性も決めたミュージシャンたちとのセッションも見どころ。(c) 2021 Metro-Goldwyn-Mayer Pictures Inc. All Rights Reserved
アレサの音楽の方向性も決めたミュージシャンたちとのセッションも見どころ。(c) 2021 Metro-Goldwyn-Mayer Pictures Inc. All Rights Reserved

『リスペクト』

TOHOシネマズ 日比谷ほか全国ロードショー中 配給:ギャガ

映画ジャーナリスト

1997年にフリーとなり、映画専門のライター、インタビュアーとして活躍。おもな執筆媒体は、シネマトゥデイ、Safari、スクリーン、キネマ旬報、VOGUE、シネコンウォーカー、MOVIE WALKER PRESS、スカパー!、GQ JAPAN、 CINEMORE、BANGER!!!、劇場用パンフレットなど。日本映画ペンクラブ会員。全米の映画賞、クリティックス・チョイス・アワード(CCA)に投票する同会員。コロンビアのカルタヘナ国際映画祭、釜山国際映画祭では審査員も経験。「リリーのすべて」(早川書房刊)など翻訳も手がける。連絡先 irishgreenday@gmail.com

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