「がんになっても大丈夫と言える社会」を目指す、がん当事者のデザイナーの「型破り」な挑戦
5月12日、渋谷のビルの1室で、ちょっと不思議なプロジェクトの体験会が行われました。
その名も「deleteC(デリートシー)」
中に入ってみると…たくさんの人だかり。
小さな子ども連れの家族から、デザイナーらしき人、スーツを着たビジネスマン、さらにはいわゆる「ギャル」な人たちも。
会場のあちこちには、かわいいフラワーアートや
風船を使ったデコレーション
いったい、どんなイベントなんでしょうか?
その答えは、オープニングトークで映し出されたスライドにありました。
プロジェクトの目標として一番上に掲げられているのは「がん治療のための臨床試験・治験への寄付」。
臨床試験・治験とは、薬などの開発を目的に、患者さんなどを対象に行われる試験のことです。
つまりこのプロジェクトが目指すのは、日本人の最大の死因「がん」の研究の支援。
そしてそれを通じて、がんになっても「大丈夫」と言える社会を作ることなんだそうです。
「がんをデザインする」乳がんを抱えたデザイナーの目指す世界
とはいえこのプロジェクト、なんとなく「がん」という言葉を聞いたときに感じる【堅い】【深刻】なイメージとはずいぶん違う雰囲気がしますよね。
どんなプロジェクトなのか、何を目指しているのか。乳がんを抱えながらデザイナーとして活動されている、発起人の中島ナオさんに聞きました。
Q)今日はお忙しい中、お時間をとっていただいてありがとうございます。まずは、どんなプロジェクトなのか教えていただけませんか?
はい、プロジェクトの名前は「deleteC」。「Cを消そう」という意味です。がんは英語でCancer(キャンサー)といいますが、Cはその頭文字です。
世の中で販売されている商品には「C」がつくものがたくさんありますよね。
そこで企業や団体に呼び掛けて、その「C」の文字を消したり、deleteCの名前を付けたりした商品を開発してもらい、その収益の一部をがんの研究支援に寄付してもらう、というプロジェクトです。
去年の11月にプロジェクトを思いついて半年間、いろいろな企業さんに参加をお願いしたところ、30社以上が「やるよ!」と言って協力してくださいました。
全国にカフェを展開する企業さんや大手印刷機メーカーさん、病児保育サービスをされているNPO法人さんなど、業態も様々です。
Q)たしかに、あの企業のあの商品やロゴから、ある日突然Cが消えていたら…と、想像するだけでちょっとワクワクしますね。
それに、商品やサービスを購入するだけで誰かの役に立てるとしたら、ちょっと参加してみようかな、という気持ちになりそうです。
そうなんです。わたしが自身でがんを抱えて感じたのは、なんというかな、がんの治療や生活に関する情報って、なんとなく「閉じられている」ということだったんです。
Q)閉じられている?
はい。がんって、人生のうちに2人に1人がかかるというとっても身近な病気なのに、普段暮らしていると情報もなかなか手に入りませんし、そもそも軽々しく話題にしちゃいけない感じもあるじゃないですか。
いろんな企業からしても、なんか関わりにくい感じがありますよね。例えば、手術をした人がつける下着などのアイテムも地味な色が多かったり…「がんは深刻な病気」というイメージが先行しすぎて、世間からいわば「触れてはいけない」存在のように思われているのかもしれません。
親戚が「がん」になったり、有名な人のニュースを見たりして関心を持って「何かしたい、けれど、何をしてよいかわからない」という人はたくさんいると思います。
「Cを消そう」というシンプルな表現で想いを示し、「好きなものを購入する」という身近な行為によって、もっとオープンに触れられる機会を作れればと思ったんです。
Q)プロジェクトの目標として「がんになっても大丈夫と言える社会」を挙げられています。具体的には、どのように関わっていこうと考えられていますか?
がんの対策といっても色々な分野がありますが、このプロジェクトでは特に、「がんを治すための研究」の支援を目的にしています。
具体的には、研究者への資金面の支援のほか、専門医の養成の応援もしたいと考えています。
例えばがんの治療のひとつ「化学療法」(抗がん剤を使った治療)を専門的に行う医師を「腫瘍(しゅよう)内科医」というのですが、若いお医者さんの中で知名度が足りず、なかなかその道を進む人が少ない、というお悩みを聞きました。
がんの治療というと、いわゆる「ブラックジャック」のような外科医をイメージしますが、抗がん剤治療だけでなく検査の相談や痛みなどを緩和するケアまで、腫瘍内科医は「がんの総合診療医」とも言われるくらい、大切な役目をしています。
その役目を、わかりやすく、しかも「伝わる」形で伝えるようなコンテンツを作ることができれば。
例えば「スラムダンクのおかげでバスケットボールをする人が増えた」というような形でお役に立つこともできるかもしれません。
Q)なるほど。個人的に中島さんの想いに共感する一方で、今後、集まった資金の運営方法ついては悩ましい部分も出てくるだろうし、誰になぜ支援したのかについて説明責任も求められるだろうと感じます。
はい、その点はとても大事だと思っています。
それらの課題について考えていくのは本当にこれからで、直近の目標としては10月にプロジェクトを法人化しようと考えていますが、拙速を避けてメンバーでじっくり話し合う期間を取ろうと思っています。持続的に、透明性のある形で続けていける体制を作っていきます。
この半年、色々な立場の人や専門家にあってお話を聞かせていただいて、毎日何か新しい出会いがある一方で、難しい点もたくさん出てきます。掘れば掘るほど課題が見えてきています。
それこそわたしが、そもそもがんのことに詳しかったり、専門家だったりしたら「こんなのムリ!」と思って始めてすらいなかったかもしれません(笑)
何も知らないでと笑われるかもしれないけれど、逆に「常識」がなかったからこそ、「こんなことがやりたい、必要だ!」と打ち出せたのかもしれないですよね。
そんな「個」としての熱量というか、温度感を大切にプロジェクトを作っていきたいと思います。
まだ始まったばかりのプロジェクト。その現場に参加して一番印象に残ったのは、参加者の「多様性」でした。研究者や当事者・支援者と言われる人も参加していましたが、これまで「がん」について詳しく知らず、今回のプロジェクトで初めて興味を持ったという人も多くいました。
がんにかかわらず色々な社会課題において、「何かをしたい」という想いを持つ人がたくさんいても、専門性や情報のなさが壁となり、いわば「遠慮」してしまいアクションにつながらない、というケースは少なくありません。
ちょっとした「デザイン」や「メッセージ」の工夫によって、「遠慮の壁」を乗り越えることができれば、これまでに生まれなかった形の支援の輪を広げることができるのかもしれない。そんな可能性を感じました。
deleteCはこの10月をめどに法人化し、支援グッズの販売や研究者によるピッチコンテストなどを予定しているということです。
詳しくは公式HP(https://www.delete-c.com/)やフェイスブックページをご覧ください。
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【取材協力】中島ナオ(なかじま・なお)さん
デザイナー・ナオカケル株式会社代表
1982年生まれ。
2014年31歳で乳がんを罹患。
16年ステージ4に。
17年東京学芸大学大学院修了。
現在も治療を続けながら自らの経験を通して「がんをデザインする」ことに取り組む。代表作は髪があってもなくても楽しめる”N HEAD WEAR”。
※筆者はこのイベントに自費で参加しました。執筆に関して、deleteC事務局およびdeleteCに関わるいかなる組織・個人からも金銭的な利益を得ていません。