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「がんになっても大丈夫と言える社会」を目指す、がん当事者のデザイナーの「型破り」な挑戦

市川衛医療の「翻訳家」
中島ナオさん(deleteC先行体験イベントにて 筆者撮影)

5月12日、渋谷のビルの1室で、ちょっと不思議なプロジェクトの体験会が行われました。

その名も「deleteC(デリートシー)」

筆者撮影
筆者撮影

中に入ってみると…たくさんの人だかり。

筆者撮影
筆者撮影

小さな子ども連れの家族から、デザイナーらしき人、スーツを着たビジネスマン、さらにはいわゆる「ギャル」な人たちも。

会場のあちこちには、かわいいフラワーアートや

筆者撮影
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風船を使ったデコレーション

筆者撮影
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いったい、どんなイベントなんでしょうか?

その答えは、オープニングトークで映し出されたスライドにありました。

登壇者 左から小国士郎さん 長井陽子さん 中島ナオさん (筆者撮影)
登壇者 左から小国士郎さん 長井陽子さん 中島ナオさん (筆者撮影)

プロジェクトの目標として一番上に掲げられているのは「がん治療のための臨床試験・治験への寄付」

臨床試験・治験とは、薬などの開発を目的に、患者さんなどを対象に行われる試験のことです。

つまりこのプロジェクトが目指すのは、日本人の最大の死因「がん」の研究の支援。

そしてそれを通じて、がんになっても「大丈夫」と言える社会を作ることなんだそうです。

「がんをデザインする」乳がんを抱えたデザイナーの目指す世界

とはいえこのプロジェクト、なんとなく「がん」という言葉を聞いたときに感じる【堅い】【深刻】なイメージとはずいぶん違う雰囲気がしますよね。

どんなプロジェクトなのか、何を目指しているのか。乳がんを抱えながらデザイナーとして活動されている、発起人の中島ナオさんに聞きました。

中島ナオさん デザイナー 1982年生まれ。31歳で乳がんを罹患しステージ4に。 現在も治療を続けながら自らの経験を通して「がんをデザインする」ことに取り組む 写真:deleteC事務局提供
中島ナオさん デザイナー 1982年生まれ。31歳で乳がんを罹患しステージ4に。 現在も治療を続けながら自らの経験を通して「がんをデザインする」ことに取り組む 写真:deleteC事務局提供

Q)今日はお忙しい中、お時間をとっていただいてありがとうございます。まずは、どんなプロジェクトなのか教えていただけませんか?

はい、プロジェクトの名前は「deleteC」。「Cを消そう」という意味です。がんは英語でCancer(キャンサー)といいますが、Cはその頭文字です。

世の中で販売されている商品には「C」がつくものがたくさんありますよね。

そこで企業や団体に呼び掛けて、その「C」の文字を消したり、deleteCの名前を付けたりした商品を開発してもらい、その収益の一部をがんの研究支援に寄付してもらう、というプロジェクトです。

プロジェクト概念図 deleteC事務局提供
プロジェクト概念図 deleteC事務局提供

去年の11月にプロジェクトを思いついて半年間、いろいろな企業さんに参加をお願いしたところ、30社以上が「やるよ!」と言って協力してくださいました。

全国にカフェを展開する企業さんや大手印刷機メーカーさん、病児保育サービスをされているNPO法人さんなど、業態も様々です。

会場で販売・提供された関連商品 左から:オーガニックコットンタオル いちごのパンケーキ コーヒーカップ 筆者撮影
会場で販売・提供された関連商品 左から:オーガニックコットンタオル いちごのパンケーキ コーヒーカップ 筆者撮影

Q)たしかに、あの企業のあの商品やロゴから、ある日突然Cが消えていたら…と、想像するだけでちょっとワクワクしますね。

 それに、商品やサービスを購入するだけで誰かの役に立てるとしたら、ちょっと参加してみようかな、という気持ちになりそうです。

そうなんです。わたしが自身でがんを抱えて感じたのは、なんというかな、がんの治療や生活に関する情報って、なんとなく「閉じられている」ということだったんです。

Q)閉じられている?

はい。がんって、人生のうちに2人に1人がかかるというとっても身近な病気なのに、普段暮らしていると情報もなかなか手に入りませんし、そもそも軽々しく話題にしちゃいけない感じもあるじゃないですか。

いろんな企業からしても、なんか関わりにくい感じがありますよね。例えば、手術をした人がつける下着などのアイテムも地味な色が多かったり…「がんは深刻な病気」というイメージが先行しすぎて、世間からいわば「触れてはいけない」存在のように思われているのかもしれません。

親戚が「がん」になったり、有名な人のニュースを見たりして関心を持って「何かしたい、けれど、何をしてよいかわからない」という人はたくさんいると思います。

「Cを消そう」というシンプルな表現で想いを示し、「好きなものを購入する」という身近な行為によって、もっとオープンに触れられる機会を作れればと思ったんです。

一家で参加した家冨未央さん(右)。家富さんはボランティアスタッフとしても協力している。「子どもに、多様な人が何か課題を解決しようと集まる雰囲気だけでも伝われば」 筆者撮影
一家で参加した家冨未央さん(右)。家富さんはボランティアスタッフとしても協力している。「子どもに、多様な人が何か課題を解決しようと集まる雰囲気だけでも伝われば」 筆者撮影

Q)プロジェクトの目標として「がんになっても大丈夫と言える社会」を挙げられています。具体的には、どのように関わっていこうと考えられていますか?

がんの対策といっても色々な分野がありますが、このプロジェクトでは特に、「がんを治すための研究」の支援を目的にしています。

具体的には、研究者への資金面の支援のほか、専門医の養成の応援もしたいと考えています。

例えばがんの治療のひとつ「化学療法」(抗がん剤を使った治療)を専門的に行う医師を「腫瘍(しゅよう)内科医」というのですが、若いお医者さんの中で知名度が足りず、なかなかその道を進む人が少ない、というお悩みを聞きました。

がんの治療というと、いわゆる「ブラックジャック」のような外科医をイメージしますが、抗がん剤治療だけでなく検査の相談や痛みなどを緩和するケアまで、腫瘍内科医は「がんの総合診療医」とも言われるくらい、大切な役目をしています。

その役目を、わかりやすく、しかも「伝わる」形で伝えるようなコンテンツを作ることができれば。

例えば「スラムダンクのおかげでバスケットボールをする人が増えた」というような形でお役に立つこともできるかもしれません。

がんのゲノム医療に関する研究者、杉原英志さん。「特に実績のない若手研究者にとって、年間数十万円でも資金を支援してもらえることは本当に有難いこと」 筆者撮影
がんのゲノム医療に関する研究者、杉原英志さん。「特に実績のない若手研究者にとって、年間数十万円でも資金を支援してもらえることは本当に有難いこと」 筆者撮影

Q)なるほど。個人的に中島さんの想いに共感する一方で、今後、集まった資金の運営方法ついては悩ましい部分も出てくるだろうし、誰になぜ支援したのかについて説明責任も求められるだろうと感じます。

はい、その点はとても大事だと思っています。

それらの課題について考えていくのは本当にこれからで、直近の目標としては10月にプロジェクトを法人化しようと考えていますが、拙速を避けてメンバーでじっくり話し合う期間を取ろうと思っています。持続的に、透明性のある形で続けていける体制を作っていきます。

この半年、色々な立場の人や専門家にあってお話を聞かせていただいて、毎日何か新しい出会いがある一方で、難しい点もたくさん出てきます。掘れば掘るほど課題が見えてきています。

それこそわたしが、そもそもがんのことに詳しかったり、専門家だったりしたら「こんなのムリ!」と思って始めてすらいなかったかもしれません(笑)

何も知らないでと笑われるかもしれないけれど、逆に「常識」がなかったからこそ、「こんなことがやりたい、必要だ!」と打ち出せたのかもしれないですよね。

そんな「個」としての熱量というか、温度感を大切にプロジェクトを作っていきたいと思います。

プロジェクトに参加する葉山潤奈さんとFUZIKOさん。「1回、ナオさんの話を聞いてほしい。そして聞いた後で、それぞれの想いで発信をしたり、時間や場所を共有したりしてほしい」 筆者撮影
プロジェクトに参加する葉山潤奈さんとFUZIKOさん。「1回、ナオさんの話を聞いてほしい。そして聞いた後で、それぞれの想いで発信をしたり、時間や場所を共有したりしてほしい」 筆者撮影

まだ始まったばかりのプロジェクト。その現場に参加して一番印象に残ったのは、参加者の「多様性」でした。研究者や当事者・支援者と言われる人も参加していましたが、これまで「がん」について詳しく知らず、今回のプロジェクトで初めて興味を持ったという人も多くいました。

がんにかかわらず色々な社会課題において、「何かをしたい」という想いを持つ人がたくさんいても、専門性や情報のなさが壁となり、いわば「遠慮」してしまいアクションにつながらない、というケースは少なくありません。

ちょっとした「デザイン」や「メッセージ」の工夫によって、「遠慮の壁」を乗り越えることができれば、これまでに生まれなかった形の支援の輪を広げることができるのかもしれない。そんな可能性を感じました。

deleteCはこの10月をめどに法人化し、支援グッズの販売や研究者によるピッチコンテストなどを予定しているということです。

詳しくは公式HP(https://www.delete-c.com/)やフェイスブックページをご覧ください。

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【取材協力】中島ナオ(なかじま・なお)さん

デザイナー・ナオカケル株式会社代表

1982年生まれ。

2014年31歳で乳がんを罹患。

16年ステージ4に。

17年東京学芸大学大学院修了。

現在も治療を続けながら自らの経験を通して「がんをデザインする」ことに取り組む。代表作は髪があってもなくても楽しめる”N HEAD WEAR”。

※筆者はこのイベントに自費で参加しました。執筆に関して、deleteC事務局およびdeleteCに関わるいかなる組織・個人からも金銭的な利益を得ていません。

医療の「翻訳家」

(いちかわ・まもる)医療の「翻訳家」/READYFOR(株)基金開発・公共政策責任者/(社)メディカルジャーナリズム勉強会代表/広島大学医学部客員准教授。00年東京大学医学部卒業後、NHK入局。医療・福祉・健康分野をメインに世界各地で取材を行う。16年スタンフォード大学客員研究員。19年Yahoo!ニュース個人オーサーアワード特別賞。21年よりREADYFOR(株)で新型コロナ対策・社会貢献活動の支援などに関わる。主な作品としてNHKスペシャル「睡眠負債が危ない」「医療ビッグデータ」(テレビ番組)、「教養としての健康情報」(書籍)など。

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