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海落ちショート動画も話題に! 千鳥と同じ岡山出身の歌手・藤井風がお笑いを愛する理由

ラリー遠田作家・お笑い評論家

『NHK紅白歌合戦』にも出場したシンガーソングライターの藤井風が、8月26日にツイッターで投稿した短い動画が話題を呼んでいる。水着姿の藤井が、しゃべりながら海岸を歩いてそのまま海に落ちていくという内容だった。

脈絡なく突然海に飛び込むというパフォーマンスは、彼と同じ岡山県出身のお笑いコンビ・千鳥の大悟の定番ネタでもある。大悟が海に飛び込み、相方のノブがあきれながら「どういうお笑い!?」とツッコむところまでがお決まりの流れになっていた。大のお笑い好きとして知られる藤井らしいコミカルなショート動画だった。

シソンヌ・ヒコロヒーと本格コントに挑戦

そんな彼のお笑いへの愛がにじみ出ていたのが、4月23・30日深夜に放送された『藤井 風テレビ with シソンヌ・ヒコロヒー』(テレビ朝日)だった。この番組は、音楽と笑いの融合に真正面から取り組んだ最近では珍しいタイプのコント番組だった。

メインキャストを務めたのは、藤井風、シソンヌ、ヒコロヒー。当代きっての実力派芸人たちと共に、ミュージシャンの藤井が本格的なコントに挑戦した。

シンガーソングライターとしての藤井の魅力は、圧倒的な音楽的センスと豊かな表現力、浮世離れした端正な外見、ピュアで素朴なキャラクターである。『藤井風テレビ』では、そんな藤井の素材の良さをそのまま生かしたコントが並んでいた。

二枚目の歌手にあえて三枚目の振る舞いをさせるという笑いの作り方ではなく、あくまでもミュージシャンとしてコントに参加してもらっているという感じが良かった。かと言って、過度に持ち上げることもなく、メンバーの一員として芸人と横並びのポジションにつかせていた。

あふれる音楽的センスを笑いに落とし込む

平たく言えば、藤井はいわゆる「お笑い」を真正面からやるには見た目が格好良すぎるし、歌やピアノも上手すぎる。でも、それが彼の個性であり持ち味だ。『藤井風テレビ』ではそこを生かして、彼のミュージシャンとしての能力やキャラクターを、すべて笑いのためのフリにしてみせた。それによって、藤井のミュージシャンとしての価値を損なうことなく、自然な形で彼をコントのメンバーに組み込むことに成功した。

触るものすべてを黄金に変えてしまうギリシア神話に登場するミダス王のように、藤井が動けばすべてが音楽になる。そんな藤井のとめどなくあふれる音楽的センスを、スタッフが一丸となって笑いに落とし込んでいた。

シソンヌとヒコロヒーは、最近の若手芸人の中でも突出した演技力と落ち着いた雰囲気のあるメンバーである。彼らのかもし出す空気は藤井の世界観とも見事に調和していた。

コントだけでなく、藤井が持ち歌を歌うパートも設けられていた。ここで藤井のことをよく知らない視聴者にも「やっぱりすごい人なんだ」と思わせることができる。彼の歌声にはそんな問答無用の説得力があった。

音楽とお笑いの距離が近い時代があった

一昔前のテレビでは、今よりも音楽とお笑いの距離が近かった。人気の歌手やアイドルがコント番組やバラエティ番組に出るのは珍しいことではなく、芸人と一緒にコントを演じたり、さまざまな企画に挑戦したりしていた。バラエティ番組では歌のコーナーが設けられていて、アイドルなどが持ち歌を披露することもあった。

さらに言えば、芸人側も音楽に歩み寄っていた。芸人が歌手としてCDやレコードをリリースするのはよくあることだったし、とんねるずやダウンタウンも歌を歌うだけのコンサートを行って多くの観客を集めていた。そもそも国民的なテレビスターだったクレージーキャッツやザ・ドリフターズも、ミュージシャンと芸人の両方の要素を備えた存在だった。

でも、そんな音楽と笑いの自然な融合というものが、最近のテレビではほとんど見られなくなってきた。音楽番組とお笑い番組は演者もスタッフもはっきり棲み分けされていて、交わることはめったになかった。

その点、藤井が音楽と笑いの壁を取っ払って挑んだ『藤井風テレビ』は、見ていてワクワクする面白さがあったし、少し懐かしい感じがした。往年のテレビにあったような「音楽と笑いの融合」が、高いレベルで実現されていたからだ。このような番組がもっと増えれば、音楽の世界とお笑いの世界の交流が進み、それぞれの文化の発展にもつながるだろう。

作家・お笑い評論家

テレビ番組制作会社勤務を経て作家・お笑い評論家に。テレビ・お笑いに関する取材、執筆、イベント主催など、多岐にわたる活動を行っている。主な著書に『お笑い世代論 ドリフから霜降り明星まで』(光文社新書)、『教養としての平成お笑い史』(ディスカヴァー携書)、『とんねるずと『めちゃイケ』の終わり<ポスト平成>のテレビバラエティ論』(イースト新書)、『逆襲する山里亮太』(双葉社)、『なぜ、とんねるずとダウンタウンは仲が悪いと言われるのか?』(コア新書)、『この芸人を見よ! 1・2』(サイゾー)、『M-1戦国史』(メディアファクトリー新書)がある。マンガ『イロモンガール』(白泉社)では原作を担当した。

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