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M-1を制した令和ロマン・髙比良くるまの「過剰分析キャラ」が人気の理由

ラリー遠田作家・お笑い評論家
(提供:アフロ)

年末に行われる漫才の祭典『M-1グランプリ』は、業界内外で多くの人の注目を集める。なぜなら、それは単なる漫才の大会にとどまらず、新たなお笑いスター発掘のための見本市でもあるからだ。

昨年末にそこで優勝を果たしたのは、髙比良くるまと松井ケムリのコンビ・令和ロマンだった。通常、M-1チャンピオンは優勝決定の瞬間から一気に仕事が増えて、数多くのテレビ番組に出演することになる。

しかし、年末年始の時点では、彼らの姿をテレビで見かける機会はそれほど多くはなかった。その理由は、昨年の『M-1』が12月24日というかなり遅い時期に行われていたことだ。年末年始のバラエティ特番のほとんどは事前に収録が行われているため、24日に決まったM-1王者をブッキングすることは困難なのだ。

2001年に始まった『M-1』は、2010年にいったん終了して、2015年から復活した。その2015年以降の第二期『M-1』の初めの頃は、決勝が12月の一週目(2~6日)に行われていたため、そこで活躍した人が年末年始番組の収録にも出ることができた。彼らはそこで弾みをつけて、勢いに乗ることができたのだ。


第二期『M-1』で最も遅い時期の王者となった令和ロマンは、この年末年始バブルの恩恵を受けることができなかった。ただ、いくつかの生放送のネタ番組には呼ばれていたし、『M-1』優勝前から彼らを起用していた番組には出演していた。

特に話題になっていたのは、2023年12月28日放送の『令和ロマンの娯楽がたり』(テレビ朝日系)である。『M-1』優勝前に収録されていた番組が『M-1』優勝直後に放送されることになったのは奇跡的だ。しかも、彼らにとっては記念すべき初めての冠番組だった。

企画内容は、Aマッソ加納、ダウ90000蓮見などのゲストと共に「なぜ日本人は未完成のアイドルが好きなのか?」「5年後天下を獲る芸人は?」といったエンターテイメント関連の議題について考察を深めていく、というもの。

令和ロマンのくるまは、ファンの間では分析好き、考察好きとして知られていて、お笑いコンテストについて真剣に考察するYouTube動画なども話題になっている。この番組では、そんな彼のキャラクターが生かされていた。

令和ロマンはもともと見た目や芸風に特徴がない地味な芸人だと思われていたし、本人たちもそれを自覚しているような発言をしていた。

これまで彼らがマスコミで取り上げられるときには「慶応大学のお笑いサークル出身の高学歴コンビ(ケムリは卒業、くるまは中退)」「ケムリの父親は大和証券グループの副社長で大金持ち」といった学歴や家庭環境の部分にスポットが当たることが多かった。

その後、くるまの分析キャラが花開き、その部分がお笑い好きの間では面白がられるようになってきた。そして、昨年の『M-1』では、緻密に考え抜いたネタ選びの戦略がずばり的中して、見事に優勝を果たすことができた。彼の分析力が本物であることがこの上ない形で証明された。

率直に言うと、分析キャラというのは芸人にとっては禁断の果実である。笑いに関する専門的な話を観客に聞かせてしまうのは、本来は無粋なことであるとされている。見る側は何も考えずに気楽に笑えるのが理想的であり、演者が自分から舞台裏を見せるのはそれに反する行為だからだ。

さらに言えば、プロの芸人ならば多かれ少なかれ誰でも笑いについて考えている。分析したり戦略を立てたりするのは当たり前のことであるにもかかわらず、それを特殊技能のように見せることに違和感を持っている同業者もいるかもしれない。「分析はいいけど、本業はちゃんとできてるの?」と陰口を叩かれることもあるだろう。

でも、それをあっけらかんとやってしまうところが令和ロマンの新しさであり、面白さでもある。しかも、彼らは口先だけであれこれ語るだけではなく、実際に『M-1』で優勝して、誰にも文句を言わせない状況を作り上げた。

こうなるともはや『M-1』を優勝しても分析キャラを続けていること自体が、一周回って異常すぎて面白く見えてくる。前回の『M-1』王者であるウエストランドの井口浩之が、優勝後もチャンピオンとしての威厳を一切感じさせず、あらゆるものに毒を吐き続けていたのと同じだ。

11月8日に出版されたくるまの著書『漫才過剰考察』も話題を呼んでいる。ここでは、彼が分析好きの本領を発揮して、お笑いや漫才について誰よりも深い考察を繰り広げている。そんな令和ロマンは連覇を目指して今年もM-1の予選に挑んでいる。その分析力を生かして、前人未到のV2を達成することはできるのだろうか。

作家・お笑い評論家

テレビ番組制作会社勤務を経て作家・お笑い評論家に。テレビ・お笑いに関する取材、執筆、イベント主催など、多岐にわたる活動を行う。主な著書に『松本人志とお笑いとテレビ』(中公新書ラクレ)、『お笑い世代論 ドリフから霜降り明星まで』(光文社新書)、『教養としての平成お笑い史』(ディスカヴァー携書)、『とんねるずと『めちゃイケ』の終わり<ポスト平成>のテレビバラエティ論』(イースト新書)、『逆襲する山里亮太』(双葉社)、『なぜ、とんねるずとダウンタウンは仲が悪いと言われるのか?』(コア新書)、『M-1戦国史』(メディアファクトリー新書)がある。マンガ『イロモンガール』(白泉社)では原作を担当した。

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