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ウクライナ侵攻に西側諸国の耳目が注がれるなか、シリアでロシア軍が激しい爆撃と砲撃に関与

青山弘之東京外国語大学 教授
‘Inab Baladi、2022年11月7日

ウクライナでのロシア軍の侵攻に耳目が注がれるなか、中東でもロシア軍が関与するかたちで激しい爆撃と砲撃が行われた。

攻撃が行われたのは言うまでもなくシリアである。

11月6日、シリアのアル=カーイダとして知られるシャーム解放機構(旧シャームの民のヌスラ戦線)が軍事・治安権限を握り、「シリア革命」の成就を夢見る活動家たちが「解放区」と呼ぶイドリブ県中部および北部に対して、シリア軍とロシア軍とともに、激しい爆撃と砲撃を加えたのだ。

民間人に被害を与えたロシア軍ではなくシリア軍

英国を拠点として活動する反体制系NGOのシリア人権監視団によると、爆撃を行ったのはロシア軍だった。ロシア軍は「解放区」の中心都市であるイドリブ市西方の灌木地帯に対して4回の爆撃を行ったが、同監視団によると、死傷者はなかったという。

一方、シリア軍による砲撃は甚大な人的・物的被害をもたらしたと発表された。

シリア人権監視団は、シリア軍がイドリブ県中北部に散在する国内避難民(IDPs)キャンプ6ヵ所を砲撃したと発表した。それによると、砲撃を受けたのは、マラーム・キャンプ(カフル・ジャーリス村)、ワタン・キャンプ、ワーディー・ハッジ・ハーリド・キャンプ、カフルルーヒーン村給水所キャンプ、ムーリーン村キャンプ、ブアイビア村キャンプで、同監視団は、ナイラブ航空基地一帯に展開するシリア軍部隊が、クラスター弾数百発を装填したミサイル6発やロケット弾多数で攻撃を行ったと主張した。

異なる死傷者数

「解放区」での戦闘状況などをモニターしている反体制組織の一つのシリア対応調整者は、9ヵ所のキャンプが狙われ、2,183世帯が避難、3,621世帯が居住していたテント多数に加えて簡易住居63棟が被害を受けたと発表した。

シリア人権監視団によると、IDPsキャンプへの一連の攻撃で女性1人と子ども3人を含む8人が死亡、77人が負傷した。しかし、死者数についての情報は錯綜した。ホワイト・ヘルメットは、女性1人と子ども1人を含む民間人9人が死亡、70人以上が負傷したと発表、シリア対応調整者は、女性1人と子ども2人を含む民間人6人が死亡、75人(ほとんどが女性と子ども)が負傷したと発表した。

Facebook (humanitarianresponse1)、2022年11月6日
Facebook (humanitarianresponse1)、2022年11月6日

なお、シリア人権監視団によると、シリア軍はこのほかにも、シャーム解放機構、国民解放戦線、イッザ軍などからなる武装連合体の「決戦」作戦司令室が活動を続けるイドリブ県ザーウィヤ山地方のカフルラーター村、カンスフラ村、バイニーン村、スフーフン村、ファッティーラ村、カフル・ウワイド村、ルワイハ村、シャンナーン村、アリーハー市、アウラム・ジャウズ村、サルミーン市ハマー県のズィヤーラ町、カルクール村、サルマーニーヤ村、アレッポ県のカフル・アンマ村、カフルタアール村を砲撃し、カフルラーター村ではオリーブの収穫作業をしていた農民1人が死亡、複数が負傷、カンスフラ村では女性3人が負傷、アリーハー市では女性1人を含む多数が負傷した。

アル=カーイダが特攻自爆攻撃で報復

シリア軍とロシア軍の攻撃に対して、シャーム解放機構側は報復として反撃を行った。「決戦」作戦司令室は、シリア政府の支配下にあるイドリブ県のサラーキブ市およびその周辺、マアッラト・ヌウマーン市、ハーン・スブル村、ジャウバース村、ジューリーン村、シャトハ町、バフサ村、バラカ村、ラタキア県のブルカーン丘一帯を砲撃し、国営のシリア・アラブ通信(SANA)によると、シャトハ町で女児1人が負傷し、民家複数棟などが物的被害を受けた。

また、11月7日には、シャーム解放機構の精鋭部隊であるアサーイブ・ハムラー(赤鉢巻)部隊がハマー県ジューリーン村のシリア軍拠点複数ヵ所に対して特攻自爆(インギマースィー)攻撃を行い、シリア軍兵士複数が死傷した。

シャーム解放機構の司令官の一人アブー・ズバイル・シャミーはこの攻撃に関して、同機構の広報機関であるアムジャード機構を通じてビデオ声明を出し、イドリブ県での前日のIDPsキャンプへの虐殺による殉教者への復讐だと主張、「アサドの民兵」の拠点複数ヵ所に対して2回の特攻攻撃を実施し、将兵30人以上を殺傷、130ミリ砲8基、122ミリ砲1基、グラード・ロケット弾発射台2基など多数の武器装備を破壊したと発表した。

シリア人権監視団によると、この特攻自爆攻撃で、シャーム解放機構のメンバー3人も死亡したという。

ロシア軍の発表

反体制派の発表では、11月6日のシリア軍とロシア軍による攻撃の犠牲者は民間人に限られていた。だが、ロシアの主張はまったく異なっていた。

この攻撃に先立って、シリア駐留シリア軍の司令部があるラタキア県のフマイミーム航空基地に設置されているロシア当事者和解調整センターのオレグ・エゴロフ副センター長は、シャーム解放機構が停戦(緊張緩和地帯設置にかかる合意)違反を繰り返す一方で、同航空基地への無人航空機(ドローン)による攻撃や偽旗作戦を準備していると警鐘を鳴らしていた。

エゴロフ副センター長は11月3日、シャーム解放機構が合意に反して4回(イドリブ県で1回、ハマー県で2回、ラタキア県で1回)の砲撃を行い、シリア軍兵士3人を負傷させたと発表していた。また、5日にも、シャーム解放機構が9回(イドリブ県で3回、アレッポ県で1回、ラタキア県で5回)の砲撃を行い、シリア軍兵士7人を負傷させたと発表した。

エゴロフ副センター長はまた4日、シャーム解放機構が、中国新疆ウイグル自治区出身者からなるトルキスタン・イスラーム党とともに、イドリブ県のヒルバト・ジャウズ村一帯で、最大飛行距離70キロの自爆型ドローンなど多数を組み立て、フマイミーム航空基地に対する攻撃を準備している、と発表した。

さらに5日には、シャーム解放機構が、ホワイト・ヘルメットとともに、イドリブ県のカフルダルヤーン村とカフル・ジャーリス村にある国内避難民(IDPs)キャンプへのロシア軍の攻撃を偽装する偽旗作戦を準備しているとの情報を入手したと発表した。

エゴロフ副センター長は11月6日の攻撃については、ラタキア県サルマー町一帯のシリア軍の拠点複数ヵ所に対してシャーム解放機構がドローンで爆撃を行い、兵士5人が死亡したことへの対抗措置と主張した。そして、ロシア軍ではなく、シリア空軍が爆撃を行ったとしたうえで、アシュハーニー・タフターニー入植地の近くに設置されているシャーム解放機構の教練キャンプ、地下シェルター、ドローンの組立工場、移動式発電所、攻撃用ドローン40機を破壊、野戦司令官のサッダーム・ダダーリー、アブドゥッラー・アフマドの2名を含む93人を殲滅、135人を負傷させたと発表した。

シリア軍の主張

一方、シリア軍は、攻撃がロシア空軍との連携によって行われたことを強調した。

シリア軍前線筋は11月7日、SANAに対して、シリア軍部隊がロシア空軍の支援を受け、イドリブ県の複数のテロ組織の指揮所と教練キャンプ複数ヵ所に対する特殊作戦を実施し、テロリスト多数を殲滅したことを明らかにした。

同筋によると、イドリブ県農村地帯で「緊張緩和地帯設置」にかかる合意への度重なる違反と、安全地帯やシリア軍の拠点に対して繰り返される攻撃で多くの民間人と軍人が犠牲になっている事態に対処するため、シリア軍部隊は標的を正確に監視・捕捉、同軍ミサイル砲兵部隊とロシア航空宇宙軍が複数の指揮所とテロリスト教練キャンプに打撃を与え、これらを破壊、数十人を殺害、負傷させた。

シリア軍部隊はまた、逃走するテロリストを追尾し、潜伏先の拠点や指揮所を特定、多数のミサイルと爆撃でこれらを狙い、破壊、さらなるテロリストを殺害、負傷させた。

一連の攻撃で、テロリストの教練にあたっていたアブドゥルムンイム・ムウティー、ラドワーン・フサイン・ミフナーヤ、アブー・ダーウード・フィラスティーニー、ムハンマド・アリー・カッドゥール、アブー・フサイン・ラッダード、アブー・ハージル・タシャーディー、アムル・アブー・ライス・イスカンダラーニー、ムハンマド・スライマーン・アリーらを殺害した。

トルコ軍も爆撃を行っていた!

11月6日のシリア軍とロシア軍による攻撃は、西側諸国のメディアによって報じられることはほとんどなく、シリアで繰り返される凄惨な殺戮に怒りを露わにしていた人々の耳目にその報が届くこともなかった。

ましてや、同じ日に、トルコ軍もシリアで爆撃を実施していたことを知ることができた人はほとんどいなかっただろう。

シリア北東部のハサカ県ではこの日、シリア政府と北・東シリア自治局の共同統治下にあるカーミシュリー市の南部環状道路沿線のサアーダ私立学校近くで車1台が爆発し、少なくとも複数の負傷者が出た。

北・東シリア自治局は、トルコが「分離主義テロリスト」とみなすクルド民族主義組織の民主統一党(PYD)が主導する自治政体で、米国の軍事的後ろ盾を得て、シリア北部と東部の広範な地域を実効支配している。

シリア人権監視団によると、爆発はトルコ軍のドローンの攻撃によるもので、PYDの民兵である人民防衛隊(YPG)主体のシリア民主軍の司令官が乗った車が狙われ、この司令官と護衛の運転手の2人が死亡、車の近くにいた子ども2人を含む住民3人が負傷した。

トルコ軍によるドローン攻撃は今年に入って63回目だという。

トルコ軍はまた、シリア政府と北・東シリア自治局の共同統治下にあるラッカ県のアイン・イーサー市近郊の自噴井戸に設置されているシリア民主軍の検問所を爆撃し、シリア民主軍の兵士1人を殺害、2人を負傷させた。

シリアで起こっている事実を知らないことは、シリアで暴力の応酬が止んだことを意味しない。シリアでは依然として不条理な戦闘が続いており、ただそれが見えていないだけである。

東京外国語大学 教授

1968年東京生まれ。東京外国語大学教授。東京外国語大学卒。一橋大学大学院にて博士号取得。シリアの友ネットワーク@Japan(シリとも、旧サダーカ・イニシアチブ https://sites.google.com/view/sadaqainitiative70)代表。シリアのダマスカス・フランス・アラブ研究所共同研究員、JETROアジア経済研究所研究員を経て現職。専門は現代東アラブ地域の政治、思想、歴史。著書に『混迷するシリア』、『シリア情勢』、『膠着するシリア』、『ロシアとシリア』など。ウェブサイト「シリア・アラブの春顛末記」(http://syriaarabspring.info/)を運営。

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