モノを売るだけが小売業じゃない!体験型ストア「b8ta」から学ぶ“RaaS”の重要性(上)
次世代交通システムとして知られる「MaaS」(マース:Mobility as a Serviceの略)がモビリティ革命を起こすといわれて久しい。であれば、次世代型小売業の「RaaS」(ラース:Retail as a Serviceの略)はリテール革命の大本命だ。その先駆的企業として知られる米国シリコンバレー発の製品体験型ストア「b8ta」(ベータ)の日本1号店が8月1日、丸井グループの新宿マルイと、三菱地所が手がける有楽町電気ビルに2店舗同時オープンする。ともに1階のグランドフロアという“最恵国待遇”で、日本に開店する小売りの新店舗としては、今年トップ級の注目を集めている。OMO(オンラインとオフラインの融合)やデータマーケティング、そして新型コロナ禍でリアルな体験の重要性が高まる中で、企業・ブランドからは月額の出品料だけを徴取し、顧客に対して「体験」や「出合い」「発見」を、出品企業・ブランドに対して「場所」や「機会」「接客」「行動データ」を提供する「b8ta」は示唆に富んだ業態だ。日本事業を率いるベータ・ジャパンの北川卓司カントリーマネジャーと、出店企業の一つでD2C型の代表的存在であるFABRIC TOKYO(ファブリックトウキョウ)の森雄一郎社長との対談を通じて、「b8ta」の特徴やビジネスチャンス、「RaaS」の未来などを聞いた。まずはその前編だ。
――北川さん、「b8ta」とはどのような小売業なのか教えてください。
北川:「b8ta」は米国サンフランシスコで2015年に設立し、車で40分ぐらい南下したシリコンバレーのパロアルトに1号店をオープンしました。グーグルやアップル、フェイスブックなどのビッグカンパニーに加え、多くのテック系スタートアップがひしめき合う“ガジェット天国”で、生活者に革新的な製品やまだ世に出ていないβ版などが体験できるストアというとことで命名されました。私たちのミッションは「Retail designed for discovery」です。通常、店は商品を販売する場所で、「売ること」を一番の目標に掲げるものですが、われわれは「リテールを通じて人々に新たな発見をもたらすこと」を目指しているのが大きな違いで、店頭での発見と製品体験を提供する「場所」、製品説明やデモを行う「接客」、ショッパーの「行動データ」を提供しています。
――どうやって売上げ、収益をあげているのですか?そのビジネスモデルとは?
北川:店舗では60センチ×40センチのブースに商品とタブレットを置くのが基本なのですが、この区画に対してサブスクリプション・フィー、つまり月額の出品費用をお支払いいただきます。天井に2種類のカメラを設置し、年齢・性別などのデモグラフィック分析や来店、何に関心を示したか、何に触れたかなどの行動分析などのデータを取得。定量的なものだけでなく、接客対応などで得られた顧客の生の声など定性的なデータもフィードバックします。これらをパッケージで提供するものです。しかも、店頭やネットを通じた売上げは100%企業・ブランドにバックする点も魅力的だと思っていただけるポイントで、「RaaS」(小売りのサービス化)がビジネスモデルといえます。
森:D2Cや小売りの先進事例が多いアメリカには旅行でもリサーチでもよく訪れていて、「b8ta」は2018年ごろから見ていました。「Amazon Go」などITを活用した小売業が出てくる中で、区画という価値、場所という価値以上の価値、アセットが出品企業・ブランド側に貯まって将来に向けて活用していけるというところが新しいビジネスモデルで面白いと感じましたね。いつか日本にも来るだろうなと思っていたので、北川さんとはすぐに仲良くさせていただき、昨年からスタートした「STAMP」での出店を申し込ませていただきました。
――森さん、「STAMP」の特徴と、今回、パーソナルオーダースーツ・シャツの「FABRIC TOKYO」ではなく、デニムの「STAMP」を有楽町店に出店した理由とは?
森:「FABRIC TOKYO」は週5日スーツを着て働く人向けの機能性や利便性の高いパーソナルオーダースーツやパーソナルオーダーシャツなどを提供し、すでに18店舗に広がっています。一方で、「STAMP」は逆に週5日、スーツ以外の服で働いている方々向けのブランドです。エンジニアやマーケターなど、IT業界でプロフェッショナルなスキルをお持ちの方々にヒアリングをしたところ、気に入ったジーンズをはいて仕事をしたいという回答を多くいただきました。それで、お客様を3Dスキャンして作り上げるパーソナルオーダージーンズを開発しました。「b8ta」はIoT系のガジェットなどにも非常に強いし、テック系の情報リテラシーが高い顧客層もたくさんいらっしゃるので、とても相性がいいと感じました。
北川:森さんはすでに「b8ta」に対するイメージをお持ちだったので、話もスムーズでしたよね。それで、出店するだけではなく、制服としてジーンズを作っていただくことになりました。スタッフが3Dスキャンを実体験する貴重な経験にもなりました。僕も作ってもらったのですが、完成品が配送されてきたボックスも洗練されていて、今はうちの子どものおもちゃ箱として愛用させてもらうなど、ブランドとしての可能性をとても感じています。
――ではあらためて、北川さん、森さんのバックグラウンドをお聞かせください。北川さんはどんな魅力を感じてb8taに参画されたんですか?
北川:コーポレートコミュニケーションに興味があり、新卒で外資系の広告代理店に入って国内外のPR業務をサポートしたり、IR、ファイナンスなどを手がけていました。PRの知見を活かしてスタートアップに転職してオンラインのマーケティングを担当しましたが、PRとマーケティングとは違うので苦労しましたね。機会をいただき日本のCEOを3年半務めた後、自分が切り開いて行ってきた経営手法が正しいかどうか確認したくて、フランスに留学してMBAを取得しました。そこでラグジュアリーブランドの強さは歴史にあり、他のブランドではイノベーションで戦うべきだと考え、新興企業だったダイソンに入り、世界1号店を表参道に出店して大成功し、東京統括部長に就きました。六本木ヒルズや表参道で掃除機を吊るしてイベントをしたりもしていましたね。ただ、「小売りも体験の場所になるべきだ」という思いが強まる一方で、上層部からは「もっと売ってくれ」と言われ続けて。そんなときに「b8ta」は思い切り体験を提供していて、本来やりたかった新しい小売りに振り切って挑戦したいと、b8taへの参画を決めました。
森:表参道のAo(アオ)ビルに出店した「ダイソン」ストアですね。よく覚えています。私は大学時代からファッションが好きで、ファッションメディアをウェブで立ち上げたりもしました。卒業後はイベントプロデュース会社のドラムカンで演出家のアシスタントとして、国内外のコレクションを手がけたり、東京ガールズコレクションで若者カルチャーを作る裏方の仕事をしていました。ただし、ファッション業界の古い体質やアナログな手法などに課題を感じていたのも確かでした。もともと理系でIT業界に興味があり、どんな働き方をしているか知るために、不動産スタートアップの「ソーシャルアパートメント」の創業期に参画したり、「メルカリ」では立ち上げ時期に携わりました。その後、ファッションとITの知見を武器に、2014年2月にカスタムオーダーのビジネスウェアブランド「FABRIC TOKYO」(旧・LaFabric)をリリースしました。
――現在、「b8ta」は米国に23店舗、ドバイモールに1店舗ありますね。日本はドバイに続くインターナショナルストアとなりますが、海外2拠点目として出店を決めた理由は?
北川:理由は2つあります。サンフランシスコのお店は日本人がとても多く訪れるんです。駐在員や視察で行かれた方も多いようで。経営陣も「アジア人の来店が多い」という認識はあったのですが、ツイッターをはじめとしたSNSなどの情報から日本人だとわかり、ビジネスチャンスを感じたようです。また、将来的にアジアでの展開を考えた際に、サービスに対する要求が高い日本で成功する必要があると考えました。日本が2番目になったのは、並行して進出計画を進める中でドバイのほうが話がまとまるのが早かっただけなんです。
(中編に続く)