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武豊の制したダービーで善戦した2人の騎手がどう乗ったのか? 本人達が回顧した

平松さとしライター、フォトグラファー、リポーター、解説者
第89回日本ダービーのゴール前

レース前、それぞれの思惑

 「昨年のダービーから1年間、クラシックレースはほとんど外枠です」

 そう言って苦笑したのはクリストフ・ルメール。ダービー(GⅠ)で騎乗するイクイノックス(美浦・木村哲也厩舎)も大外18番からのスタートとなった。

 「大外枠だとオプションがありません。最初は優しくゆっくりと乗りたかったです」

 前走の皐月賞(GⅠ)も大外枠だった。前を壁に出来ず、序盤で行きたがった。2400メートルの今回、ゆっくり行かす事は最低限の条件だった。

 「皐月賞の上位陣は強いと思ったので、逆転をするにはどういう競馬が良いか、を考えました」

 そう口を開いたのは田辺裕信。皐月賞5着のアスクビクターモア(美浦・田村康仁厩舎)でダービーに挑む。

 「『前で競馬をして有力馬が牽制し合っているうちに早目に抜け出すのが勝利に最も近付く競馬』というのが田村調教師のシミュレーションでした。自分の考えと一致したので、ロスなく前へ行ける3番枠は良いと思ったし、返し馬も落ち着いていたので、これなら距離ももちそうだと感じました」

スタート直前のイクイノックス(左の18番)とアスクビクターモア(その右隣の3番)
スタート直前のイクイノックス(左の18番)とアスクビクターモア(その右隣の3番)

 ただし、馬にとっては初めて経験する6万超の観衆のせいかゲート裏へ行く頃にはテンションが上がった。ゲートの中でこそ再び落ち着いたものの、前扉が開くと少し行きたがる素振りを見せた。

 「あのくらいは許容範囲です。少しカッとなる面があるので、積極的に出して位置を取りにいけない分、かえってあのくらいなら良いと感じました」

 逃げたのはデシエルト。田辺アスクビクターモアは2番手で1~2コーナーを回った。

 同じ頃「リズムに乗れていない」と感じていたのがルメールだ。

 「最初は進んで行きませんでした。それで後方からになったけど、ペースは流れているのでその点は悪くないと思いました」

 向こう正面に入ると、視界に有力馬が入った。

「ドウデュースやダノンベルーガ、ジオグリフも見えました。これだけ良い馬を皆、見られる位置なら心配ないし、走るリズムも徐々に良くなっていきました」

スタート直後、1周目のスタンド前。右から3頭目の黒帽がアスクビクターモアで1番左がイクイノックス
スタート直後、1周目のスタンド前。右から3頭目の黒帽がアスクビクターモアで1番左がイクイノックス

3コーナーで田辺を襲ったアクシデント

 一方、2番手を行く田辺は、当然、他の馬達がどこにいるか正確には分からなかった。しかし……。

 「最初のコーナーに入る時に近くに何がいるかは見えたので、皐月賞の上位勢が少し後ろの方にいるだろうとは予測出来ました」

 1000メートル通過は58秒9。

 「皐月賞が思った以上にあっさりかわされたので、同じ位置からヨーイドンの競馬は避けたかったです。だから、遅い流れなら自分から動くつもりだったけど、流れていたのでまずは同じ位置をキープしました。凄く速いとは感じませんでした」

 3コーナーでは、6万超の目撃者の誰もが気付かなかったであろう思わぬアクシデントに襲われていた。前の馬が蹴り上げた芝のカタマリが田辺の口の中に飛び込んで来たのだ。

 「何度も吐き出そうとしたけど、うまく出せませんでした。でも、これで不思議とかえって冷静になれました」

田辺とアスクビクターモア
田辺とアスクビクターモア

直線でルメールが内にこだわらなかった理由

 その3コーナーを内ラチ沿いで回ったのがルメールだ。

 「終始大外を回ってはロスが大きくなります。直線に向いてからどこに進路を取るかを考えれば大丈夫だと思い、コーナーは内に行きました」

 視界に捉えていた有力馬には武豊は勿論、川田将雅や福永祐一といった名手が乗っていた。彼等なら慌てて急に進路変更をするような心配も不要。そんな考えもあって外に出すのは直線に向いてからで大丈夫と構える事が出来たのだろう。

 直線に向く。徐々に外へ出していったルメールは、一瞬、ドウデュースの内を突こうとした。しかし……。

 「少し狭くなったので強引に行けば邪魔をしてしまうと思いました。同時に、ユタカさん(ドウデュースに騎乗する武豊)の手応えが良いのも分かったのでモタモタしているわけにはいかないと考えました」

 更にパートナーであるイクイノックスの状態を確かめて機転を利かせた。

 「僕の方も手応えはあったので、ここなら外からでもまだ間に合うと判断して、進路をドウデュースの外へ切り替えました」

ルメールとイクイノックス
ルメールとイクイノックス

最後の攻防

 その時、ひと足早く先頭に立っていたのがアスクビクターモアだった。田辺は述懐する。

 「強いのが後ろにいて、どこかで来るだろうとは思っていました。こちらもまだ手応えがあったので、事前のシミュレーション通り早目に抜け出しました」

 ラスト400メートルで先頭に立った。

 「ここまでの仕事は出来たので、あとはどのくらい粘ってくれるかという気持ちで追うだけでした」

 しかし、そんな皐月賞5着馬を射程圏に捉えていた馬がいた。ドウデュース。そしてイクイノックスだ。

 「ドウデュースの外へスムーズに出せた後も反応したので、正直、勝てると思いました」

 ルメールがそう言えば、田辺は次のように語る。

 「やっぱり来たな、という感じでした。ユタカさんとクリストフである事もすぐに分かりました」

 再びルメールの弁。

 「勝てると思ったけど、そこからレジェンドジョッキーが止まりませんでした」

 2分21秒9のダービーレコードで真っ先にゴールに飛び込んだのはドウデュース。クビ差2着に敗れたイクイノックスのルメールは言う。

 「負けたのは残念でした。でも、イクイノックスはキャリアが浅く、まだ伸び代のある馬なので、これからが楽しみです」

 更に2馬身遅れの3着がアスクビクターモア。田辺も似たような言葉を発した。

 「元々掛かる面のある馬なのに厩舎でうまく教育して仕上げてくれたお陰でよく頑張ってくれました。まだ良くなる馬なので今後に期待です」

 ルメールがインにこだわっていたら進路は開かなかったか?田辺の口に芝が飛び込んでいなかったら冷静になれなかったか?それは誰にも分からないが、3頭が僅か0秒3差の中で2400メートルを走り切ったのは事実。ダービーの名が恥じぬよう、彼等が今後も好勝負を繰り広げてくれる事を期待したい。

勝利したのは武豊騎手操るドウデュースだった
勝利したのは武豊騎手操るドウデュースだった

(文中敬称略、写真撮影=平松さとし)

ライター、フォトグラファー、リポーター、解説者

競馬専門紙を経て現在はフリー。国内の競馬場やトレセンは勿論、海外の取材も精力的に行ない、98年に日本馬として初めて海外GⅠを制したシーキングザパールを始め、ほとんどの日本馬の海外GⅠ勝利に立ち会う。 武豊、C・ルメール、藤沢和雄ら多くの関係者とも懇意にしており、テレビでのリポートや解説の他、雑誌や新聞はNumber、共同通信、日本経済新聞、月刊優駿、スポーツニッポン、東京スポーツ、週刊競馬ブック等多くに寄稿。 テレビは「平松さとしの海外挑戦こぼれ話」他、著書も「栄光のジョッキー列伝」「凱旋門賞に挑んだ日本の名馬たち」「世界を制した日本の名馬たち」他多数。

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