「【公式】阪神甲子園球場」の“中の人”の正体とは・・・?
■「【公式】阪神甲子園球場」の“中の人”とは・・・?
この夏、タイガースファン、甲子園ファン、高校野球ファンの間の話題で急上昇したワードがある。そのワードとは、「甲子園球場の中の人」だ。
ツイッターで、インスタグラムで、「中の人」は注目を集めた。「“中の人”に密着!」と銘打って、SNS投稿担当者の一日の動きや舞台裏がアップされると、アクセスが殺到した。
これまで「中の人」は後ろ姿でしか登場していない。そんな気になる「中の人」を探ってみると・・・。
その“正体”は、阪神電気鉄道に入社して4年目の甲子園事業部 飲食・物販担当部署の女性だということが判明した。その名を上村菜穂子さんという。物販、広報、SNSを担当している。
■飲食・物販担当部署 初の女性社員
世はネット時代である。SNS全盛だ。今や情報発信、拡散といえばツイッター、インスタグラム、フェイスブック…と、SNSがもっぱら効力を発揮する。
しかし残念なことに甲子園球場ではそっち方面の整備が遅れていた。そこへ飲食・物販担当部署 初の女性社員として配属されたのが上村さんだった。
若者にとってSNSは生活の一部である。さっそく上村さんは「甲子園球場」のアカウントを立ち上げることを上司に提案した。よく耳に届く「甲子園球場でどんなものを売っているのかわからない」や「球場内のものはバカ高いんじゃないか」などという“マイナスの声”をゼロにしたいという思いが、上村さんにはあった。それにはSNSの力が有効だと考えたのだ。
しかし未知のものに踏み切るには相応の決断を要する。リスクもないわけではない。当初、懸念されたのは致し方ない。
それでも完全に反対はされず、「【公式】甲子園球場 飲食物販担当」というアカウント名で、限定した範囲の発信をする許可だけ下りた。2015年2月のことだ。
当時の目玉は阪神タイガースの選手によるコラボメニューの告知だった。選手がプロデュースしたメニューを、その選手のメイキング映像を添付してアップした。すると、瞬く間にアクセスが増え、リアクションも多く寄せられるようになった。
これまでは新聞紙上などで写真が掲載されるだけだったのが、選手の自然な表情が動画で見られる。これはファンにとってはたまらないわけだ。
■「【公式】阪神甲子園球場」としての斬新企画
好評を博したことで、今年1月から「【公式】阪神甲子園球場(@enjoy_koshien)」のアカウント名に変えて、甲子園球場すべての発信をすることになった。ここからグルメやグッズに加え、入場券や歴史館、イベントなど幅広く情報を発信している。
日々、必要だと思う情報を投稿していたある日、他部署に異動したかつての上司から上村さんに一通のメールが届いた。「最近、(投稿内容が)ちょっとマンネリじゃないか」と。
夏の高校野球が始まってすぐのことだった。
ハッと気づかされた。毎日やっていると、どこかルーティンワークのようになってしまっていたのかもしれない。「お客さまの目に留まるような、何か新しい発信をしなければ…」。
そこで考え出したのが「甲子園球場“中の人”に密着!」というアイディアだった。「実は前からおもしろいんじゃないかとは思っていたんですけど、恥ずかしさもあって企画を出せなくて…。でも上司に話したらノリノリで(笑)」。
即、GOが出た。
■「中の人に密着!」企画の一日
それは高校野球の開催期間中の8月19日に決行された。その日、朝5時に出勤した上村さんは夜10時過ぎの終業まで、通常の情報発信に加えて“中の人”…つまり自身の仕事内容や感じたこと、伝えたい思いなどを投稿し続けた。
密着企画の記念すべき最初の投稿は「たくさんのお客様がすでに外周に!気合いが入ります!朝一は、今日の試合の確認や開門に向けて準備を行います!」だった。
その後は球場内を案内したり、グルメやグッズ情報を提供したり、その中で自身の感想も交えつつ甲子園球場の“今”をつぶさに発信した。途中、上司とのやり取りなど舞台裏などもさらけ出し、より臨場感を伝えることに成功した。
試合終了時にはすべての人へ向けてメッセージを贈り、その後、真っ暗になるまで業務を続けて、最後の投稿をしたときには午後10時を回っていた。
この日、通常の何倍もの反響があったという。「野球観戦に来ても、こんなことまで気づかなかった」とか「野球開催にこれだけの人が関わっていることがわかった」などのコメントが寄せられ、中には上村さんの体の心配をするコメントまであった。
また、投稿に使用しているiPadカバーの画像を添付したところ、そのあまりのボロボロさに「そろそろ買い替えては」などというアドバイス(?)が書き込まれるということもあった。
フォロワーにとってはもはや“中の人”は、身近な友人のような存在になってきたようだ。
予想以上に好評だったことから、再び決勝戦の日に「第2弾」の密着企画をする運びになった。
グラウンドで戦う球児たちと同じく、舞台裏も時間との戦いだった。決勝戦が円滑に遂行されるよう、球場スタッフが奮闘している様子がリアルに伝わる投稿に、またもや多くの反響が寄せられた。
ツイッターやインスタグラムを見ることで一緒に運営しているような、そんな一体感がフォロワーにも生まれたに違いない。
夏の大会が終わったあと、ツイッターのフォロワー数は5万人を、インスタグラムのそれは2万人をそれぞれ突破し、今なお増え続けている。
■投稿における工夫
より喜んでもらえるようにと、投稿にも神経を遣っている。プロ野球の場合、「選手のコラボメニューなどの情報を流すときは、その選手の状態などをちゃんと把握してアップするようにしています。タイガースとどう連携して発信できるかが大事なので、試合展開も細かいところまで注目して、タイムリーな情報を流すことは意識しています」。
ただ情報を発信するのではなく、ファンの気持ちに添うように工夫しているのだ。
また、選手の動画を撮影するときも「いい表情が撮れるよう話しかけるんですが、それもやはり選手のことをよく知らないとうまく話せないので、勉強して選手情報も頭に入れておくようにしています」。
ファンが喜ぶ表情を引き出すことは、上村さんにとっても重要任務となっている。
一方、見ている側のファンは、検索機能を駆使している。特に活躍した選手の検索が増えることから、そこに引っかかるように必ずハッシュタグ(#)をつけることは鉄則だ。アクセスを増やすために手間ひまは惜しまない。
■コメントに支えられて・・・
女性が増えたとはいえ、野球の現場はまだまだ男性の方が多い。上村さんが配属された飲食・物販担当の部署も、それまで女性はひとりもいなかった。
「中高大の10年間、ずっと女子校だった」という上村さんは、男性ばかりの職場に最初はとまどったそうだが「ちょうどTORACO(タイガースの女性向け企画)が誕生したころで、女性の意見を取り入れる風潮ができていたので、毎朝の朝礼で女子の流行りなどをふんわりと伝えるようにしてきました(笑)」と、“飲食物販初の女性社員”として徐々に自らの考えを披露していったという。そしてこのSNSの企画を立案し、ここまで大きく育て上げてきたのだ。
今は日々書き込まれるコメントを読むのが楽しみでしかたがないという。「家に帰っても、休みの日でも、ついつい気になって見てしまうんです」。それがまた、次の企画への意欲につながっているのだ。
コメントの中には「次はこういうことをしてほしい」という要望もたくさんある。上村さん自身も現在、やりたい企画を温めている。
「高校野球をやったので、次の“密着”はプロ野球でやりたい。できればファン感(ファン感謝デー)に密着できたらおもしろいなって考え中です。あとは阪神園芸さん」。いずれも非常に興味深い企画だ。
ぜひツイッターおよびインスタグラムの「【公式】阪神甲子園球場(@enjoy_koshien)」をフォローして、野球観戦とともに“おもしろ企画”も楽しんでもらいたい。