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暮らしを直撃する黒潮大蛇行が12年ぶりに始まる

饒村曜気象予報士
海流予想図(10月10日の予想、気象庁ホームページより)

気象庁は9月29日に、12年ぶりに黒潮大蛇行が発生したと発表しました。南からの暖かい海の水の流れである黒潮は、はっきりした周期はわかりませんが、ほぼ10年に一度発生し、1年以上続いて家計や漁業を直撃します。

黒潮の蛇行

 気象庁と海上保安庁は9月29日に、黒潮が12年ぶりに大蛇行が発生していると発表しました。

 8月下旬から黒潮が紀伊半島から東海沖で大きく離岸し、東海沖で北緯32 度より南まで大きく離岸して流れる状態が続いているので、平成17 年(2005 年)8 月以来12 年ぶりに大蛇行になったという内容です。そして、この大蛇行は、今後少なくとも一ヶ月は続く見込みと予想しています。

 南からの暖かい海の水の流れである黒潮は、幅が100キロメートルもあり、透明度が高いために深いところまで見えることから、青黒く見えます。これが黒潮という名前の由来で、英語でもKuroshio(又はBlack Stream)です。

 黒潮は、世界有数の強い海の流れで、早いところでは秒速2.5メートル(時速9キロメートル)もあります。競泳の50メートルの世界記録は20秒91(秒速2.4メートル)ですから、これよりも早い流れということもできます。

 黒潮により毎秒2000万トンから5000万トンという多量の暖かい水が南から北へ流れることにより、多量の熱が日本付近に運ばれ、日本は温暖な気候になっています。

黒潮の大蛇行は周期的

 黒潮は、気象庁の分類では、非蛇行期間(接岸、図1の1)、非蛇行期間(離岸、図1の2)、大蛇行期間(図1の3)という3つの流れ方があります。

図1 黒潮の代表的な流路
図1 黒潮の代表的な流路

 

 そして、非蛇行期間(接岸・離岸)と大蛇行期間を定期的に繰り返しています。

 黒潮の大蛇行が最初に発見されたのは昭和8年(1933年)ですが、詳細にわかるようになったのは昭和50年(1975年)8月の大蛇行からです。

 大蛇行の原因については、今でもはっきりしたことはわかっていませんが、大蛇行が頻繁に発生する年代と、あまり発生しない年代があります。そして、はっきりとした周期ではありませんが、ほぼ10年に一度くらい発生し、一ヶ月以上続いています(表、図2)。

表 黒潮大蛇行の期間
表 黒潮大蛇行の期間
図2 過去の黒潮大蛇行と東海沖の黒潮の緯度
図2 過去の黒潮大蛇行と東海沖の黒潮の緯度

 土佐、今の高知県出身の中浜萬次郎(ジョン万次郎)が、天保12年(1841年)の出漁中に嵐で遭難し、無人島の鳥島に漂着していますが、通常の黒潮では八丈島より南にある鳥島には漂着していないので、この時は大蛇行の可能性があるという研究者もいます。

 また、嘉永6年(1853年)アメリカのペリーが開国を迫って日本に来航したとき、日本周辺の海洋観測を行っていますが、この観測データを分析し、この時も大蛇行の可能性があるという研究者もいます。

 データが少なく、詳細は不明ですが、昭和8年以前も周期的に大蛇行がおきていたと思われる痕跡は、いろいろと残されています。

昭和8年(1933年)に黒潮大蛇行の発見

 日本で本格的な海洋調査が始まったのは、大正9年(1920年)からです。

 昭和2年(1927年)に建造された春風丸を用いて、精力的な観測が行われ、昭和初期には、日本周辺の海流の様子が分かり始め、その成果でる「海流図」を日本の南海上を定期的に航行する船舶が使い始めました。

 船が東進するときは黒潮の本流に乗り、西進する時には黒潮の本流を避けて航行することにより、時間と燃料を節約するためです。

 しかし、海流図を実際に使い始めると、昭和8年からは海流図通りではない事例が相次いでいます。

 また、海軍でも黒潮の異常については早い段階でつかんでいたと考えられます。昭和12年(1937年)の水路要報に、昭和8年(1933年)1月から3月の土佐沖の海流について、巡洋艦「鳥海」による観測が掲載されていますが、この中で、黒潮が予期した事実と違っているという記載があります。

 海流を調査したときに比べ、黒潮の流れが大きく変わった(大蛇行が発生した)ということがわかったのです。

前回の黒潮大蛇行では漁業は大打撃

 黒潮大蛇行で起きると、黒潮に乗って日本近海にやってくるいわしやかつおなど、大型の回遊魚が沿岸から遠く離れてしまうため、例年の漁場ではとれなくなりますし、遠くなった漁場に向かうには時間と漁船の燃料がかかります。

 平成16年(2004年)の黒潮大蛇行では、三重県のいわし漁獲量が759トンと、前年の9885トンから激減しています。また、和歌山県のかつお漁獲量が562トンと、前年の1263トンから激減しています。

 黒潮の大蛇行が起きると、黒潮本体は本州から離れるのですが、黒潮の一部が分離して、関東から東海の沿岸を東から西へ流れ込むようになります。黒潮は透明度が高いということは栄養分が少ない海(プランクトンが少ない海)です。このため沿岸の小魚が住みにくくなります。このため、平成16年(2004年)の静岡県のしらす漁獲量が2400トンと、前年の7000トンから激減しています。

 つまり、黒潮大蛇行がおきると、ほとんどの漁業は大打撃となり、一年以上にわたり、魚の価格上昇が家計を襲います。

大蛇行で関東から東海地方の潮位も上がる

 黒潮の大蛇行が起き、黒潮の一部が分離して、関東から東海の沿岸を東から西へ流れ込むようになると、沿岸の潮位が10~20センチ上昇し、低地は浸水の可能性が高まります。

 そして、台風が接近し、高潮が発生するときには、黒潮大蛇行で生じた潮位上昇が上乗せになりますので、非常に危険となります。

 黒潮大蛇行は海の異変だけでなく、気象にも影響をあたえますので、その動向には注意が必要です。

 

図表の出典:饒村曜(2010)、海洋気象台と神戸コレクション、成山堂書店。

気象予報士

1951年新潟県生まれ。新潟大学理学部卒業後に気象庁に入り、予報官などを経て、1995年阪神大震災のときは神戸海洋気象台予報課長。その後、福井・和歌山・静岡・東京航空地方気象台長など、防災対策先進県で勤務しました。自然災害に対しては、ちょっとした知恵があれば軽減できるのではないかと感じ、台風進路予報の予報円表示など防災情報の発表やその改善のかたわら、わかりやすい著作などを積み重ねてきました。2024年9月新刊『防災気象情報等で使われる100の用語』(近代消防社)という本を出版しました。

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