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トマホーク巡航ミサイルについて・核攻撃型はもう存在しない・対地/対艦兼用の新型が登場

JSF軍事/生き物ライター
アメリカ海軍よりトマホーク巡航ミサイル対艦攻撃試験。ブロック4に試作シーカー搭載

 トマホーク巡航ミサイルの導入。産経新聞の報道を皮切りに主要メディアが自衛隊のトマホーク巡航ミサイル導入方針を伝えています。12式地対艦誘導弾能力向上型の装備化前倒しですら待てないので、アメリカからトマホークを購入して急いで装備化したいというのです。台湾有事は其処まで切迫している事態なのでしょうか?

 ここではいろいろと誤解されることも多いトマホーク巡航ミサイルについて基本的なことを簡単にまとめて解説します。

核攻撃型トマホークはもう存在しない

 アメリカ海軍のトマホーク巡航ミサイル用のW80-0核弾頭は2012年までに全て解体処分されています。予備役保管も無く完全退役です。核攻撃型トマホークはもう存在しません。

全米科学者連盟(FAS)のハンス・クリステンセン氏が18日、新たに更新された海軍訓令から核トマホークの記述が削除されていた事を指摘し、また21日に追記された内容では、核兵器の管理を行うB&Wパンテックス社の2012年度の報告書に、核トマホーク用のW80-0核弾頭について「備蓄の全てが解体済み」と書かれてある事が判明しています。

出典:核攻撃型トマホーク巡航ミサイル、完全退役(2013年3月24日)

 これは1991年9月27日にジョージ・H・W・ブッシュ大統領(父ブッシュ)が海軍の核兵器を空母・水上艦艇・攻撃原潜から撤去して戦略原潜のSLBMのみに絞るという核軍縮宣言を行ったことによるもので、約20年掛けて海軍戦術核の解体処分が完了したという報告です。

 もう既に10年も前の2012年からトマホーク用核弾頭は消滅しています。無いものは積めません、トマホーク巡航ミサイルは核運用能力を喪失したのです。

 またアメリカでは一時期、核攻撃型トマホークの代替となる新しい海洋配備型核巡航ミサイル(SLCM-N)の計画が持ち上がりましたが、バイデン政権は2022年10月27日に発表した「核態勢見直し(NPR)」でSLCM-N開発計画を中止すると明記しています。なおこの方針自体は4月頃には既に決まっていました。

関連:アメリカ軍の海洋配備型核巡航ミサイル復活中止とW76-2低出力核弾頭SLBMの存続決定(2022年4月8日)

トマホークの誘導方式、TERCOMとDSMAC

 トマホーク巡航ミサイルの説明で主要メディアではよく「GPS(全地球測位システム)での位置情報などを使って誘導され…」という説明を目にしますが、しかしこれは間違いではないですが正しくもありません。何故ならトマホークにとってGPSとは補助用だからです。

トマホークの誘導方式

  • TERCOM(地形等高線照合装置)
  • DSMAC(デジタル式情景照合装置)
  • INS(慣性航法システム)
  • GPS(全地球測位システム)

 トマホークの誘導方式は基本的に現在この4種類ですが、主となるのはTERCOMとDSMACです。トマホーク開発当初にGPSはまだ実用化されておらず、後になってから改良型で追加されています。トマホークの誘導方式の説明でTERCOMとDSMACを抜いてしまうのは事実上、何も語っていないのと同じです。しかし読者への説明が面倒で分かり難いので、しばしばメディアの報道では端折られてしまいます。

TERCOM(地形等高線照合装置)

 TERCOM(TERrain COntour Matching)はトマホークに最初期から実装されている基本的な航法システムです。

 事前に飛行経路の地形の等高線データをミサイルに入力して、ミサイルに搭載されたレーダー高度計で地形の特徴を確認しながら飛行します。航法システムとして命中精度を高めるだけでなく、地形に沿った低い高度での飛行を可能とするので、被発見率を下げることが可能です。

 本格的な対地攻撃用の巡航ミサイルに搭載されるシステムです。自国外の地形の等高線データはSAR衛星(合成開口レーダー衛星)で取得することになるので、偵察衛星を保有していなければ満足に運用することはできません。

 日本は独自に偵察衛星を保有していますが数は少なく、民間商業衛星のデータの購入の追加でも足りない場合は、アメリカからの情報支援を得て運用されることになります。

 なお日本よりも宇宙インフラが少ない韓国は既に国産の長距離巡航ミサイルを開発量産しています。この運用についてもおそらくアメリカが協力しているのでしょう。

DSMAC(デジタル式情景照合装置)

 DSMAC(Digital Scene Matching Area Correlator)はトマホーク blockⅡ以降に実装されており、比較的初期に追加されています。

 この航法システムは事前に飛行経路途中の地形の情景の特徴をコンピュータ処理したものをミサイルに入力して、ミサイルに搭載された光学センサーで実際の情景(これも特徴を処理して)と確認して、飛行経路の修正を行い目標への命中精度を高めるシステムです。

 これも本格的な対地攻撃用の巡航ミサイルに搭載されるシステムです。命中精度を大きく向上させることが可能で、GPSよりも古くからある方式ですが、初期のGPSよりも精度は上でした。

 ただし自国外の目印となる陸地情景は光学衛星で取得することになるので、運用にはTERCOMと同様に宇宙インフラの利用が要求されます。

参考資料:[PDF] Guidance and Navigation in the Global Engagement Department ※重いPDF資料なので注意。ジョンズ・ホプキンス大学応用物理学研究所のテクニカルダイジェスト、第29巻、第2号 (2010年)。TERCOMとDSMACの説明図付き。

INS(慣性航法システム)

 INS(Inertial Navigation System)は加速度計とジャイロを組み合わせた装置です。加速度計によって速度と距離を測り、ジャイロによって角速度(時間あたりの角度の変化量)を測ります。これらを計算することによって自己位置を把握することが可能になります。

 INSは電波妨害の影響を受けないのが軍事的な利点になりますが、長距離を飛ぶと誤差がどんどん大きくなっていくので、これだけでは精密な攻撃はできないので、他の誘導方式と組み合わせて使うことが一般的です。

GPS(全地球測位システム)

 GPS(Global Positioning System)は人工衛星を用いた測位システムです。複数のGPS衛星から発せられる電波を受信して、自己位置を計算します。

 TERCOMやDSMACのように複雑な目印データを用意して入力する必要が無く、目標位置と飛行経路の入力だけでも攻撃が可能となります。簡易かつ精度が高く、軍事用のみならず民間用にも活用されている広く知られたシステムです。

 ただしGPS電波を妨害された場合に命中精度が大きく低下する懸念があります。TERCOMやDSMAC、INSには電波妨害は影響が無いのと比べると、この点が弱点になる可能性があります。

トマホーク最新型「海洋打撃トマホーク」

 トマホーク巡航ミサイル最新型「トマホーク block Ⅴa (ブロック5a)」は別名MST(Maritime Strike Tomahawk)、マリタイム・ストライク・トマホークとも呼ばれています。海洋打撃トマホーク、対地/対艦兼用となりました。これからもう直ぐ量産が開始される予定の文字通りの最新型です。

 以前の古いタイプのトマホークにも対艦型はありましたが対地攻撃はできなかったので、対地/対艦兼用できる最新のブロック5aは使い勝手が格段に上がりました。なお同時並行で開発されたブロック5bの方は対地攻撃特化型です。

 海洋打撃トマホークには対艦攻撃を可能とする終末誘導用のセンサーが新たに追加されていますが、詳細はまだ発表されておらず不明です。パッシブ誘導とアクティブ誘導を組み合わせたデュアルモード・シーカーということくらいしか判明していません。2系統の対艦攻撃用センサーが追加されるので海洋打撃トマホークの誘導システムは合計6種類になります。更にこれに目標位置情報アップデート用の衛星通信データリンクシステムが加わります。

 トマホーク巡航ミサイルは亜音速(マッハ0.8前後)で飛翔し距離2000~3000km飛行するので、目標到達までに最大2~3時間も掛かる場合があるので、目標が移動する艦船の場合はミサイルが飛翔中に目標最新位置データを更新してやる必要があるのです。

 日本の置かれた情勢を考えると、対地/対艦兼用の海洋打撃トマホークはかなり使い勝手の良い兵器となるでしょう。島嶼防衛にも敵基地攻撃にもどちらにでも使えます。

※トマホークの射程についてアメリカ海軍の公式発表では1600km以上と紹介される場合が多いのですが、大雑把な目安として提示されているだけで正確な最大航続距離の数字ではありません。幾つかの推定では最大2500km以上飛べるとされていますが、そもそも巡航ミサイルは何度も旋回し迂回飛行しながら行き先を騙し奇襲攻撃する使い方になるので、最大射程は有効射程としては使わないのが普通です。速度の遅い巡航ミサイルを単純に真っ直ぐ飛ばしたら敵に待ち構えて迎撃されて簡単に撃墜されてしまうからです。

軍事/生き物ライター

弾道ミサイル防衛、極超音速兵器、無人戦闘兵器、オスプレイなど、ニュースに良く出る最新の軍事的なテーマに付いて解説を行っています。

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