アメリカ軍の海洋配備型核巡航ミサイル復活中止とW76-2低出力核弾頭SLBMの存続決定
4月5日、アメリカのオースティン米国防長官は、下院軍事委員会の公聴会で新型の海洋配備型核巡航ミサイルの計画を中止する方針を表明しました。
アメリカのトランプ前大統領は任期中に、アメリカ軍の核戦略として新しい装備を提示していました。そのNPR2018(核態勢の見直し)の中で、いわゆる「使いやすい核兵器」と称される威力の弱い小型核(低出力核)で明記されていた新しい計画は以下の通りです。
NPR2018(トランプ政権)
- 低出力核W76-2搭載トライデントSLBM(戦略原潜用)
- 海洋配備型核巡航ミサイルの復活(水上艦および攻撃原潜用)
NPR2010(オバマ政権)
- B61-12戦術核爆弾(戦闘機用)
- LRSO空中発射型核巡航ミサイル(爆撃機用)
もともとアメリカ軍には「使いやすい核兵器」としてB61戦術核爆弾シリーズとALCM空中発射型核巡航ミサイルがあり、オバマ政権下のNPR2010で計画されたB61-12とLRSOは単なる新旧入れ替え更新用でした。つまり古くなった旧型を新型と入れ替えるだけで戦力的には変化がありません。
低出力核W76-2搭載トライデントSLBM(戦略原潜用)
これに対しトランプ政権下のNPR2018ではW76-2搭載トライデントSLBMと海洋配備型核巡航ミサイルという新たな装備の取得を目指すものでした。W76-2搭載トライデントSLBMは戦術型トライデントと呼べるもので、SLBMとは弾道ミサイルなので、他の「使いやすい核兵器」の運搬手段(核爆弾、巡航ミサイル)よりも遥かに早く核弾頭を「配達」できます。
そしてバイデン政権は新しい核態勢の見直しで、このW76-2搭載トライデントSLBMを残すことにしました。既にW76-2は完成し量産されており、大西洋と太平洋の両方に搭載艦が存在しています。
トライデントSLBMは長射程で、アメリカ本国近海から敵国を狙い撃てます。これによりアメリカは最前線の友好国にB61戦術核爆弾を配備する必要がなくなりました。トライデントSLBMは数が少なく貴重なので、大量に核兵器を使用する壮絶な全面核戦争を想定していない限り、限定的な核攻撃ならば、W76-2搭載トライデントSLBMだけで事足ります。
つまり日本や韓国に核兵器を置く必要が急激に薄れています。両国ではアメリカとの核兵器シェアリングについての議論が一部にありますが、「大量に核兵器を使用する壮絶な全面核戦争」を想定しない限り、もう議論の必要が無いということです。
海洋配備型核巡航ミサイルの中止(水上艦および攻撃原潜用)
海洋配備型核巡航ミサイルの復活については、アメリカはブッシュ父政権時代に海軍の戦術核の全廃を表明済みであり、今は戦略原潜用のSLBM以外の核兵器は保有していないことを知っておく必要があります。以前は保有していた核弾頭型トマホーク巡航ミサイルは、陸上保管されていたW80-0核弾頭が2012年の時点で全て解体済みで、もう存在しません。
トランプ政権はNPR2018で海洋配備型核巡航ミサイルの復活を計画しました。単純に核トマホークを復活させるのか、あるいは空軍の戦略爆撃機用に開発中のLRSOを海軍仕様にして採用するのか。核トマホークの復活なら短期間で可能でしたが、その手段は採用されず、この計画は遅々として進んでいませんでした。
そしてバイデン政権は新しい核態勢の見直しで、海洋配備型核巡航ミサイルの復活計画を捨てることにしました。そもそも計画は全く進んでいなかったので中止しやすかったですし、W76-2搭載トライデントSLBMが既にあるならもう必要が無いという判断です。
こうしてトランプ政権時代の置き土産2つのうち、片方だけをバイデン政権は残しました。もしも海洋配備型核巡航ミサイルの復活計画が生きていた場合、その仕様によっては同盟国の軍港への「核兵器持ち込み」の問題も復活してしまいます。特に仮に核トマホークをそのまま復活させた場合、海洋発射型だけでなく新しく開発している陸上発射型も外交的な大問題になっていたでしょう。陸上発射型なら配備になるので持ち込み疑惑どころの問題ではなくなります。
一方でW76-2搭載トライデントSLBMの戦略原潜ならば、長射程のおかげで同盟国の軍港に寄港する必要がありません。
こうしてバイデン政権が低出力核W76-2搭載トライデントSLBM(戦略原潜用)を残し、海洋配備型核巡航ミサイルの復活(水上艦および攻撃原潜用)を中止したのは、理由を纏めると以下になります。
- 軍事的に海洋配備型核巡航ミサイルは不要
- 外交的に海洋配備型核巡航ミサイルは面倒
- 民主党内のリベラル派・核軍縮派への配慮
ただし3番目の理由はオマケ程度の扱いです。
関連:新しい小型核の目的は「お釣りが出ないように高速配達」する抑止力(2020年8月29日) ※W76-2の目的の解説