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母の日を前に被災地シングルマザーの体験談を読んだら、都会の問題と「つながっている」と思いました

治部れんげ東京科学大学リベラルアーツ研究教育院准教授、ジャーナリスト

明日は母の日ですね。今年は母に何をあげようかな、とちょっと考え、最近、友人にもらって美味しかった焼き菓子をネット注文で実家に送りました。

そして、母の日ということで、以前から気になっていた冊子を読んでみました。タイトルは『3.11後を生きる~シングルマザーたちの体験を聞く』(発行:NPO法人しんぐるまざあず・ふぉーらむ)。東日本大震災で被災したシングルマザー11人の震災から約1年半の様子が描かれています。

被災の状況は様々で、震災・津波に遭って、夫や親を失ったり、震災・原発災害に遭って自主避難したり。被災前の住居は宮城県、岩手県、福島県などです。シングルマザーになった事情もそれぞれ違っていて、震災前からシングルだった人もいれば、津波で夫が流されたという人もいました。

お金はいらないから主人がいてほしい

妊娠中に被災し、夫を津波で失った小野田さん(仮名)のお話は、震災の日に妊婦だった私にとっては、他人ごとと思えないものでした。小野田さんは住居が流されてしまったり生計維持者が亡くなったため、生活再建支援金や弔慰金が満額支給されたそうです。また、遺族年金や労災保険があるために「生活をするには十分」と記事には書かれています。一方でその後に続く「主人がいれば、お金はいらないんですよね。お金はいらないから主人がいてほしいんですよね。戻ってきてくれればいいのにと思います」というご本人のシンプルな言葉が、とても胸を打ちます。

子連れの避難生活の大変さ、とりわけ、ひとりで子どもの世話をしながら物理的にも精神的にもぎりぎりで生活することのきつさも描かれています。例えば柳井さん(仮名)のこんな体験談。「夜行バスに乗ったら、下の子がずっと泣き通し。ほかの乗客から舌打ちが聞こえてきて、これ以上乗っていられないとサービスエリアで降ろしてもらった。他の乗客が運転手に怒鳴り散らした。泣きながら謝った」。

読み進めるうちに、大きな災害という要素だけでなく、平時から存在する、シングルマザーを取り巻く厳しい状況や、子連れに対する厳しさという問題が、つながっていると感じるようになりました。

離婚したことを近所の人にも言いにくい

この冊子の「まとめ」には「東北の地で特に沿岸部で離婚したシングルマザーであることの言いにくさ」がある、と記されています。「近所の人にも、子どもにも言いにくいようだ」という部分には、都市部との違いを感じ、とても驚きました。平時にこうした状況があることで、震災という非常事態に際して、より多くの支援を必要とするシングルマザーが、より困難な状況に追い込まれたことは、容易に想像ができます。

被災体験談には、避難所で、そして公共交通で移動中に、子どもの泣き声がうるさいと言われたことがよく描かれています。全く同じことは、平時の都市部でも、しばしば議論になっています。ベビーカーで電車に乗ると邪魔だとか、飛行機で赤ん坊の泣き声がうるさい、といった話題は、形を変えて何度も出ては消えています。

特殊な問題ではない

「被災地の」「シングルマザーの体験」というと、何だかすごく特殊な問題に見えるかもしれません。でも、彼女たちが直面したきつさは、平時から日本社会が抱えてきた問題の表れだ…というのが、読み終えて私が抱いた感想です。親がひとりでも、安心して働き、子どもを育てることができるなら。そして、いざという時、彼または彼女たちを周囲が当たり前のように支えることができるなら、そんなにいいか。いや、そうういうまっとうな先進国を、やっぱり目指すべきなんじゃないか。

被災したシングルマザーの体験談は、炭鉱のカナリアのように、被災していない地域の普通の親が、いつか直面するであろう問題について、教えてくれているように思います。このままでは、あなたも、安心して暮らせなくなりますよ、と。

東京科学大学リベラルアーツ研究教育院准教授、ジャーナリスト

1997年一橋大学法学部卒業後、日経BP社で16年間、経済誌記者。2006年~07年ミシガン大学フルブライト客員研究員。2014年からフリージャーナリスト。2018年一橋大学大学院経営学修士。2021年4月より現職。内閣府男女共同参画計画実行・監視専門調査会委員、国際女性会議WAW!国内アドバイザー、東京都男女平等参画審議会委員、豊島区男女共同参画推進会議会長など男女平等関係の公職多数。著書に『稼ぐ妻 育てる夫』(勁草書房)、『炎上しない企業情報発信』(日本経済新聞出版)、『「男女格差後進国」の衝撃』(小学館新書)、『ジェンダーで見るヒットドラマ』(光文社新書)などがある。

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