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教えて「おむすび」制作統括さん。結をなぜ「なめとん?」と言われてしまうキャラに描くのか

木俣冬フリーライター/インタビュアー/ノベライズ職人
「おむすび」より 写真提供:NHK

ふつうそんなことしないよね、で思考を止めてしまうのではなく

結は自分なりのおむすびをみんなに渡していく

 朝ドラこと連続テレビ小説「おむすび」(NHK)の第9週のサブタイトルの「支えるって何なん?」は、ドラマ全体のテーマでもあると、制作統括の宇佐川隆史チーフプロデューサーは語った。

「阪神・淡路大震災で被災をしたとき、おむすびをもらった結(橋本環奈)が成長して、栄養士になって、今度は自分なりのおむすびをみんなに渡していくようなイメージです」

 第8週から結は神戸の栄養士の専門学校に通っている。育ってきた環境や年齢がばらばらのクラスメイトたちと支え合って、学びを深めていくところ。だが、結の態度が少し気にかかった。

 第42回、スポーツ栄養士を目指す矢吹沙智(山本舞香)に、結も、アスリートである四ツ木(佐野勇斗)の栄養士になりたいから、一緒に献立表を考えてほしいと頼む。対して「マジなめとん? ほんまむかつく」と苛立つ沙智の気持ちがわかる。結を厚かましいと感じた視聴者も少なくないのではないだろうか。

 結は、震災のとき「(おむすびを)チンして」と子どもながらの無邪気さでうっかり失礼なことを言ってしまったが、沙智への言動を見るに年齢を重ねても変わっていないように見える。作劇的なことだろうとはいえ、なぜ、わざわざ主人公をイラッとするキャラに造形するのだろうか。思いきって聞いてみるとーー。

「第8週で結が専門学校に入学したとき、派手なネイルやメイクをしたままだったため、注意されるところもそうですよね。栄養専門学校に通う方に取材をしたとき、実際に結のようなギャルファッションのかたもいて、そういうファッションはクラスのなかでただ一人だったけれども、清潔さは保ちながらも、茶髪は最後まで貫き通したという話を聞いたので、結に反映させました。ただ、ギャルの栄養士が実在するとはいえ、さすがにネイルは自主的にとったそうです。結の場合、初日なので気合を入れるためにもネイルをしていったという、ドラマだからこそのエピソードにしました」

どうするべきか議論している

 第42回の結の沙智への態度も検討したすえ、あえて描いた。

「確かに結の言動はやや軽率に思う人もいるかと思います。台本打ち合わせのとき、どうするべきか議論の対象になりました。どうしようか、チームで悩むことはよくあって、例えば第41回の、渡辺(緒形直人)が歩(仲里依紗)の持ってきた花を付き返すシーンも、そこまでやるかどうか議論しました。ただ、そこには「人の感情はその人にしか分からない」という、人を理解する難しさを表現したいという思いがあって。結の沙智への甘えにも見える行動は、沙智への敬意に欠ける悪い面もある反面、沙智への信頼、突破力や素直さという良い面でもあると思うんです」

 人間、必ずしも良い面ばかりじゃないと宇佐川さん。

「ドラマを気持ちよく見てもらうためにも、良い面を中心に出していくことも大切です。しかし、人は必ずしもそうではない。勢い任せで、ときには調子に乗っているくらいの結がいていいのではないかと思っていて。だからこそ、その後反省もするし、奮闘する。そんな結を、これからも温かく見守っていただけたら幸いです」

 主人公を聖人君子に描くのは簡単だが、あえてそうではない、誰もが持つグラデーションをどう表現するか、「おむすび」は試行錯誤しているのだ。

 歩(仲里依紗)のほうも、すっかりおじいちゃんの永吉(松平健)化したかのように、自由にあちこち飛び回ったり、ホラを吹いたりしているが、その一方で、いまだに亡くなった真紀ちゃんのことを考えていて、渡辺に拒絶されるというシリアスな場面も受け持っている。

「根本ノンジさんならではの明るいコメディタッチを主にしながら、普遍的な人間ドラマも見せていきたい」という宇佐川さんたちの狙いであり、コメディとシリアスがシームレスに行き来しているのが、「おむすび」の面白さのひとつである。でもこれはなかなか高度なトライではないだろうか。

「おっしゃる通りだと思います。シリアス一辺倒、あるいはコメディ一辺倒ではなく、真面目なことを語りながらも笑いもあるという構成は非常に難しいと思います。根本ノンジさんだからそれができると思っています。根本さんは『正直不動産』『ハコヅメ』『無能の鷹』など、お仕事コメディに定評がある一方で『観察医 朝顔』『フルーツ宅配便』などの社会のリアルを描く作品も手掛けています。『おむすび』の目指すところは、根本さんがこれまでやってきたお仕事を合体させたものなんです」

この実験的な脚本を演じる俳優にも高い技能が求められる

「俳優も、ひとりの人間のなかのいろんな要素を表現できるかたを意識してオファーさせてもらっています」

「おむすび」より 写真提供:NHK
「おむすび」より 写真提供:NHK

第9週の仲里依紗は、その表現力を存分に発揮している。

「豪快で大胆で楽しいっていう永吉さんの側面を持ちながら、真紀ちゃんへの弔いの思いも失わず、その父である渡辺のことを深く考えて続けていく。コメディタッチの歩も、シリアスな歩もどちらも同じ歩です」

 宇佐川さんは、コメディパートもシリアスパートも丁寧に取り組んでいると声に力を込めた。

「楽しく、ふらっと見ていただくなかに、ふと気づくことがあるくらいを目指しています」

 結と沙智も、歩と渡辺も、拒絶だけではなく、別の感情が動く瞬間がある。

「渡辺の場合は、彼が花を突き返すほど頑になる理由があります。ふつう、そんなことしないよね、で思考を止めてしまうのではなく、その先にまで思いを致すような物語を目指しています。理解の及ばない大変な思いをされた方に対して、私たちはどう向き合っていくのか。それでも分かりたいと思いながら、見守っていくのか。ドラマを通して考えて頂けたらと思っています」

 他者と向き合うこと、それこそが「支える」ということなのではないかと宇佐川さん。結たち、登場人物たちの物語ともども、作り手のトライも見守っていきたい。

連続テレビ小説「おむすび」
毎週月~土曜 午前 8時00分(総合)※土曜は一週間を振り返ります

/ 毎週月~金曜 午前 7時30分(NHKBS・BSP4K)

【作】 根本ノンジ

【主題歌】 B’z 「イルミネーション」

【語り】 リリー・フランキー

【音楽】 堤博明

【出演】 橋本環奈 仲里依紗 佐野勇斗 麻生久美子 宮崎美子 北村有起哉 松平健 ほか

フリーライター/インタビュアー/ノベライズ職人

角川書店(現KADOKAWA)で書籍編集、TBSドラマのウェブディレクター、映画や演劇のパンフレット編集などの経験を生かし、ドラマ、映画、演劇、アニメ、漫画など文化、芸術、娯楽に関する原稿、ノベライズなどを手がける。日本ペンクラブ会員。 著書『ネットと朝ドラ』『みんなの朝ドラ』『ケイゾク、SPEC、カイドク』『挑戦者たち トップアクターズ・ルポルタージュ』、ノベライズ『連続テレビ小説 なつぞら』『小説嵐電』『ちょっと思い出しただけ』『大河ドラマ どうする家康』ほか、『堤幸彦  堤っ』『庵野秀明のフタリシバイ』『蜷川幸雄 身体的物語論』の企画構成、『宮村優子 アスカライソジ」構成などがある

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