新3本の矢のうち最も政治が制御しやすい目標は何か
先般(9月24日)、安倍首相は、アベノミクス第2ステージとして、少子高齢化に歯止めをかけ、50年後も人口1億人を維持する観点から、「1億総活躍社会」を目指すことを宣言した。
また、新たに設置する担当大臣の下、「ニッポン「一億総活躍」プラン」を策定し、2020年に向けて、その実現に全力を尽くす意向であり、新たな三本の矢として、「希望を生み出す強い経済」「夢をつぐむ子育て支援」「安心につながる社会保障」の3分野を重点的政策に位置づけて推進する考えを示した。
その際、具体的な目標として、例えば、「強い経済=国内総生産(名目GDP)600兆円」「子育て支援=合計特殊出生率1.8(現在は1.4)」「社会保障=介護離職ゼロ」を打ち出した。
各目標は意欲的な数字で実現は容易でないが、新3本の矢のうち最も政治が制御(コントロール)しやすいのは「社会保障=介護離職ゼロ」である。
というのは、「名目GDP」や「出生率」は、技術革新・経済動向や各家計の選好等に依存する側面も強く、政府が直接コントロールできる変数ではないためである。
例えば、旧3本の矢の一つである「大胆な金融緩和」では、2%インフレ目標を打ち出したが、総務省が2015年9月25日に公表した直近のインフレ率(8月のコアCPI)は前年同月比0.1%下落となり、目標達成の困難性を改めて明らかにした。
経済動向の変化に伴う原油価格の下落が主因だが、そもそもバブル期(1985~89年)のインフレ率でも、コアCPIの対前年平均は1.2%に過ぎない。
では、「国内総生産(名目GDP)600兆円」の目標はどうか。名目3%以上の成長が実現すれば2020年度までに達成可能だが、以下の図表の通り、バブル崩壊以降(1990年度以降)の名目GDP成長率の平均は0.64%であり、名目成長率が3%を超えたのは1991年度が最後である。
一時的に補正予算等で成長率を少々嵩上げできても、2020年度までにPB(基礎的財政収支)を黒字化する目標もあることから、2020年度まで継続的に3%以上の成長を実現する確率は極めて低い。
他方、「社会保障=介護離職ゼロ」は状況が異なる。政治的調整・合意が成立し、財源が確保できれば、政治が比較的コントロールしやすい変数である。
例えば、筆者のDP論文でも概説したように、年金給付の1%削減で捻出した財源を活用し、地域包括ケアシステムの「受け皿」となる介護施設を民間活力を活用して整備する場合、4年で約15万戸を供給できるから、2020年の特養待機者12.7万人を十分に収容できる。
なお、日経新聞の世論調査(2015年8月30日公表、複数回答)によると、現在の政権に優先的に処理してほしい政策課題の第1位は「年金など社会保障改革」(50%)で、「景気対策」(35%)「原発・エネルギー政策」(31%)「外交・安全保障政策」(26%)等を大幅に上回っている。出生率1.8の回復の試みは容易でないが、喫緊の課題である「子育て支援」も社会保障に含まれるはずである。
限界が近づく財政との関係でも社会保障改革は喫緊の課題だが、政治的調整・合意が成立すれば実施可能な政策である。国民期待や財政の限界も視野に、国家百年の計として、子育て支援や介護のみでなく、年金・医療を含む社会保障の抜本改革を早急に進めることを期待したい。