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国民が求めているのは減税でなく、岸田首相が示すべき選択肢は「社会保険料上昇の抑制か、継続的な上昇か」

小黒一正法政大学経済学部教授
(写真:つのだよしお/アフロ)

日本経済新聞の記事(2023年10月29日)は、国民が求めているのは一時的な所得減税でないことを明確にした。この記事では、日本経済新聞社とテレビ東京が10月27〜29日に行った世論調査によると、「首相が表明した物価高対策としての所得税減税を「適切だとは思わない」は65%」で、「「適切だと思う」の24%を上回った」ことを報じている。

この結果、「岸田文雄内閣の支持率は33%で2021年10月の政権発足後、最低」となり、「内閣を「支持しない」は8ポイント上昇し59%」となった。

筆者は、岸田首相が総理になる前、BSテレビ番組を含め、何度かお会いし、応援してきたが、いま岸田政権は「八方塞がり」の状況に陥り始めているのではないか。

この原因は、岸田首相の打ち出す政策に骨が無いためだ。しかし、これでまでの岸田首相の発言や、いまの国会議論をみても、「賃上げ」の実現には大きな拘りをもっているように思われる。

賃上げの実現には、民間企業などが稼ぐ力を高め、成長と賃上げの好循環を実現することが本丸だが、政府にも可能な対応がある。これは以下の図表をみれば明らかではないか。

図表:名目の収入と社会保険料・税負担の推移

この図表は、総務省「家計調査」(二人以上の世帯のうち勤労者世帯)データに基づき、2000年と比較して、2010年や2022年の「勤め先収入」「直接税の負担」「社会保険料の負担」が何倍となったのかを示すものだ。

2000年と比べ、2022年の「勤め先収入」は1.07倍しか増えていないが、家計の「直接税」負担は1.23倍となり、「社会保険料」負担は1.4倍にも増加している。

これは、収入から税や社会保険料の負担を除いた、家計の「手取り収入」の上昇にブレーキがかかっていたことを意味する。このうち、伸びが著しいのは「社会保険料」負担だが、東京財団政策研究所のコラムのとおり、社会保険料率は今後も増加し続ける可能性が高い。これでは、国民生活が豊かになったと実感するはずがない。

今後、岸田政権の政策が実り、賃上げが実現しても、それ以上に「社会保険料」負担が増加するなら、家計の手取り収入は減少し、子育てを担う現役世代を含め、国民生活は一層厳しくなってしまう可能性がある。手取り収入を増やすには、少なくとも「社会保険料」負担の伸びを賃金上昇率の範囲内に抑制する必要がある。

社会保障給付費の伸びと社会保険料負担、賃金上昇率と経済成長率(名目GDP成長率)は概ね連動するから、大雑把にいうならば、これは、改革を行い、社会保障給付費の伸び率を中長期的な経済成長率(名目GDP成長率)以内に留めて伸ばすことを意味する(注:実行可能な改革の具体案は拙著『日本経済の再構築』(日本経済新聞出版社)等)。

この決定を総選挙で、岸田首相が国民に問うならば、改革の本気度が国民にも伝わるはずだ。改革の選択肢は2つしかない。

「社会保険料の上昇を抑制し、子育て世代を含め、国民の手取り収入を増やす」という選択肢①か、「社会保険料の継続的な上昇を許容するか」という選択肢②である。

かつて、小泉純一郎首相は「郵政民営化に賛成か」「反対か」という2つの選択肢を国民に示し、国民に信を問いたいと言って、2005年、解散総選挙を行った。郵政民営化は、小泉首相の持論であり、郵政民政化法案が否決された場合は衆議院を解散し、総選挙を実施すると言っていたが、2005年8月8日、同法案は国会で否決された。

この言葉を守り、小泉首相は解散総選挙をしたわけだ。国民に突き付けられた選択肢は、「賛成か」「反対か」という2つしかない。このような明確で2つしかない選択肢であったため、国民は小泉首相の本気度を信じて投票し、その結果、自民党は大勝、政権は盤石な基盤を構築した。

いま岸田首相に求められているのは、改革の本気度が伝わる選択肢を国民に示すことだ。すなわち、賃上げの実現には、手取り収入の増加が必要であり、「社会保険料の上昇を抑制し、子育て世代を含め、国民の手取り収入を増やす」という選択肢①か、「社会保険料の継続的な上昇を許容するか」という選択肢②を、総選挙などで、国民に突き付けることである。この国民との対話から、本物の政治や改革が生まれるはずだ。

法政大学経済学部教授

1974年東京生まれ。法政大学経済学部教授。97年4月大蔵省(現財務省)入省後、財務総合政策研究所主任研究官、一橋大学経済研究所准教授等を経て2015年4月から現職。一橋大学博士(経済学)。専門は公共経済学。著書に『日本経済の再構築』(単著/日本経済新聞出版社)、『薬価の経済学』(共著/日本経済新聞出版社)など。

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