「給与明細」のチェックを! 中小企業で月60時間以上の割増残業代が150%に
明日、2023年4月1日から、これまで大企業のみに限られていた月60時間以上の時間外労働に対する割増賃金率50%が中小企業にもいよいよ適用される。2010年の改正労基法の中小企業への適用猶予が終了するからだ。
中小企業で働く労働者は全労働者の約70%に当たる約3000万人もいると言われており、その影響は非常に大きい。物価高騰に苦しむ労働者の賃金引き上げにもつながるだろう。
同時に心配なのは、この新しい基準の割増率を守らない企業が続出する可能性が高いことだ。この記事では法改正の内容と、これにもとづく賃金計算の方法を解説したうえで、未払い賃金が発生している場合の対処法についても紹介する。
2023年4月から何が変わるのか
今回変更されるのは、中小企業における月60時間を超える時間外労働に対する割増賃金率で、25%から50%に割増率が増加する。「時間外労働」というのは、労働基準法が定める法定労働時間=1日8時間、週40時間を超える労働時間のことだ。
下図のとおり、これまで中小企業は時間外労働が月60時間を超えていても、25%増しにとどまっていたが、4月1日に働いた分からは、50%となる。
使用者は、代わりに有給休暇を付与することもできる
実は、今回の制度では、新たに引き上げられる25%の割増分の賃金を支払う代わりにその分の有休の休暇(代替休暇)を新たに与えることも可能になっている。労働時間を短くすることが割増賃金の趣旨であるため、かわりに休日を付与できるようにしているというわけだ。
ただし、この「代替休暇」制度の導入には、事業場の労働者の過半数を代表する者もしくは過半数を組織する労働組合と使用者との間で労使協定を結ぶことが必須とされており、60時間以上の時間外労働があった月の末日の翌日から2か月以内に必ず取得させなければならない。
さらに、厚労省は「個々の労働者が実際に代替休暇を取得するか否かは、労働者の意思により決定されます」としており、労働者の意向を無視して代替休暇を取らせることは違法行為となる。
使用者の方々にはこれらの点に注意していただきたい。
新基準の割増賃金の計算方法
次に、具体的な計算方法についても紹介していこう。まず、これまでの割増賃金制度については下記の東京都の『ポケット労働法』の図がわかりやすい。
この『ポケット労働法』の図(上図)に、60時間を超えた時間外労働の場合には、さらに25%の割増賃金が加わることになる。これを踏まえ、厚生労働省がパンフレットで具体的なカレンダーで示している計算例を見ていこう。
カレンダー中の白色は40月に60時間を超えない時間外労働にあたり、緑色が60時間を超える部分だ。法定休日は赤色で表示されている。割増賃金率は、カレンダーにも表示されている通り、それぞれ白色=25%、緑色50%、赤色=35%となる。
最初に注意が必要なのは「休日」の扱いである。ここで赤色に記載されている「法定休日」は労働基準法上与えることが義務付けられている週1日の休日のことで、シフト上の休日に設定されている休日とは別のものだ。つまり、土曜日など週1日を超える休日は含まれない。上の『ポケット労働法』でも「休日労働」として記載されているのはこの法定休日である。
そのうえで、この表は、1か月の起算日が1日(月末締めの賃金)で、法定休日が日曜日に設定されているわけだ。
さらに要注意であるのは、今回の制度では、法定休日の労働時間は、時間外労働時間に換算しないということだ。1日から23日の時間外労働時間の合計は60時間なっていることからもわかるように、7日の法定休日の労働時間は時間外労働に加えられていない。
一方で、深夜時間(22時から翌朝5時まで)の労働に対しては25%の割増賃金がそのまま上乗せされて、75%の割増率になる。また、法定休日かつ深夜時間の労働なら割増率は60%である。この部分は『ポケット労働法』の図にそのまま上乗せできることがわかるだろう。以上をまとめると下記のとおりである。
通常の割増賃金+深夜労働=25%+25%=50%
月60時間以上の割増賃金+深夜労働=50%+25%=75%
休日労働+深夜労働=35%+25%=70%
例えば、時給1000円で月に80時間残業した場合、60時間までの残業時間は1250円として計算され、60時間を超えて80時間までの賃金は1500円として計算される。さらに、60時間を超えている部分に深夜労働時間があれば、その時間の時給は1750円として計算しなければならない。
いつから適用される?
割増賃金の計算は、賃金の締め日が月の途中にある場合は暦ではなく、賃金計算期間(15日締めなら16日~翌15日まで)の時間外労働時間の合計が60時間になった際に割増率が50%になる。
ただし、2023年4月だけは、新しい割増賃金率が適用される2023年4月1日が賃金計算期間の途中に来てしまうため注意が必要だ。
結論から言うと、新しい割増賃金率が適用されるのは4月1日以降の時間外労働に対してのみになる。例えば、15日締めの場合なら2023年3月16日~31日までの時間外労働時間と4月1日から4月15日までの時間外労働の合計を分けて考えるのだ。3月中に60時間を超える労働時間があったとしても割増率は25%で計算され、2023年4月1日以降の労働時間の合計が60時間を超えた際に始めて50%の割増率が適用されることになる。
未払いが生じていた時の対処法
以上の計算方法をもとに、実際に皆さんの賃金を計算してみるとよいだろう。そのうえで未払いがあった場合には次の手順を踏めば未払い賃金を会社に支払わせることができる。
1 労働時間の証拠を集める
時間外労働時間があることを証明するためには、労働時間の証拠が必要だ。タイムカードや出勤簿以外にも、メール送信履歴やワードファイルの変更履歴、GPS情報、伝票類の時間記録、会社の会議録など様々なものが証拠に使える。
2 会社に未払い賃金を請求する
未払い賃金請求書は、会社の代表者宛に送付する。その形式は、郵便局が書面の内容も含めて記録してくれる「内容証明郵便」を用いるのが一番良いだろう。
請求書の典型的な書き方は次の通りだ。
なお、高額の残業代を未払いにしている会社の場合、請求書を送ってもすんなり残業代を支払ってくれる場合は少なく、場合によっては会社側が弁護士を立てて、未払いになっている労働時間の交渉を申し入れてくる場合もある。
請求金額が高額の場合には、請求書を送るまえにトラブルに備え、専門機関に相談しておくことをお勧めする(末尾参照)。
3 労働基準監督署への違反申告、ユニオンによる団体交渉
未払い賃金の請求書を送っても支払いがない場合には、労働基準監督署への通報や個人加盟のユニオンによる請求を考えたほうがよいだろう。
賃金不払いは、労働基準法違反であり労働基準監督署による取り締まりの対象となる。労働基準監督署へ法違反の通報を行う際、注意が必要なのは、いくら被害を訴えても労働基準監督署が自力で解決するよう強く進めてくる場合である。こうした場合には「労働基準法第104条第1項に基づく労働基準法違反の申告を行いたい」とはっきり伝える必要がある。
またユニオン(労働組合)に加入して請求する方法も有効だ。ユニオンには団体交渉権や団体行動権などの特別な権利がある。ユニオンが団体交渉を申し込んだ場合、会社は拒否することはできず誠実に交渉することが義務付けられている。明白な違法行為がある場合、たいていは団体交渉で問題が解決する。
また、団体行動権は、会社がユニオンの交渉に誠実に応じなかった場合、ストライキや宣伝行動を行い会社に要求を強く迫ることができる権利である。未払い残業代などの悪質な事件の場合、ユニオンの行動は、SNSなどを通じて社会的な共感を呼び起こすことがある。サービス業では社会的な評価が売り上げ与える影響も大きく、ユニオンの力が発揮されやすい業界ともいえる。
違法行為を開き直るような企業の場合には、この権利を行使することが解決の近道となるだろう。
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