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新基準で「過労死ライン」以下の労災認定が急増! 未申請者は再検討を

今野晴貴NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。
画像はイメージです。(写真:イメージマート)

 6月30日、厚生労働省が2022年度の「過労死等の労災補償状況」を公表した。過労死は、過重労働が原因で引き起こされる脳・心臓疾患による死亡と、精神疾患による自死の二つに分けられる。この統計では、死亡事案以外も含めた脳・心臓疾患と精神障害について、労働基準監督署に対して行われた労災申請の件数や、国が「業務上疾病」と認定し労災保険給付を決定した支給決定の件数をまとめたものだ。

 日々さまざまな企業における過労死がニュースになっていることからもわかるように、過労死は大きな社会問題と認識されていながらも一向に減少しておらず、過労死以外を含めた脳・心臓疾患および精神疾患の労災請求件数20年以上にわたって増え続けている。

 今回は、厚生労働省の統計から近年の過労死の特徴を紹介し、過重労働による脳・心臓疾患、精神疾患にどう対処すべきかを考えていく。

10年で倍増も、労災認定率は低調の精神疾患

 まずは、精神疾患についてみていこう。

 2022年度の精神疾患の労災保険の請求件数(申請件数)は2,683件で前年度比337件の増加になっており、1983年度以降で過去最多を更新した。うち未遂を含む自殺の請求件数は前年度比12件増の183 件にも上る。この請求件数は2012年の1257件(うち未遂を含む自殺の件数169件)のちょうど倍の数になっており、精神疾患の労災請求件数は増加傾向にある。

 精神疾患について2022年度に労災認定の可否が決定された件数は1986件(うち未遂を含む自殺の件数155件)で、このうち労災が認定され労災保険給付の支給が決定された件数は710件(うち未遂を含む自殺の件数67件)、労災認定率は35.8%(うち未遂を含む自殺ものの認定率は43.2%)となっており、認定のハードルは高くなっている(労災認定には半年以上の期間を要するので決定は年度をまたぐ場合もある)。

 申請数は倍増しているものの、それでも氷山の一角であることは間違いない。事実、警察庁が発表した「2022年中における自殺の状況」によれば、この年の自殺者21,881人において、「勤務問題」が原因の一つとされたのは2,968人であった。2022年度の精神障害の労災請求件数のうち自殺に限るとわずか183件であり、単純に比較しても、「勤務問題」で自死した者のうち10分の1以下しか労災の申請していない。その背後には後述するように、ハラスメントや長時間労働など精神疾患の発症にいたった職場環境を「証明」することができずに、泣き寝入りに追いやられている遺族がすくなくない。

脳・心臓疾患では、「過労死ライン」以下の認定が増加

 次に脳・心臓疾患の労災請求についてみていこう。

 2022年度の脳・心臓疾患の請求件数は803件で前年度比50件の増加だった。このうち死亡件数は前年度比45件増の218件とされている。脳・心臓疾患の請求件数は昨年・一昨年と減少していたものが、再び増加に転じた。支給決定件数は194件(うち死亡54件)で、認定率は38.1%(死亡の場合38.8%)となっており、精神疾患と同じように非常にハードルが高くなっている

 一方で、今年の統計には、2021年9月に長時間労働以外の要因も積極的に評価するように改正された脳・心臓疾患の認定基準の影響による変化も見ることができる。例えば、遠距離移動を伴う業務や、重大な事故への遭遇など心理的な負荷が高い場合には、これを以前よりも積極的に評価することになった。

 脳・心臓疾患を発症する前1ヶ月間で100時間、2ヶ月から6ヶ月間で平均80時間の残業に従事していれば、病気と労働との因果関係が強いと判断されて、労災と認定される可能性が高い。この80時間という基準は、一般的に「過労死ライン」と呼ばれている。

 上記の労災認定基準の改定は、不十分ながらもこの過労死ライン以下の労働時間でも労災認定を積極的にしていくように基準を変更したのである。

参考:大庄で「過労死ライン」以下の労災を認定 基準改定で何が変わったのか?

 過去に発表された「過労死等の労災補償状況」から脳・心臓疾患の労災認定の状況を筆者がまとめたのが下記の表だ。

筆者作成。過労死ラインで分類した「脳・心臓疾患の労災認定の状況」
筆者作成。過労死ラインで分類した「脳・心臓疾患の労災認定の状況」

 今年、明らかに80時間未満の労働時間でも労災認定を決定した件数が増えていることがわかるだろう。実際に、朝日新聞の取材に対して、厚生労働省の担当者が「時間外労働以外の要因を総合的に考慮した結果、(過労死ライン未満の)件数が増えている」と回答している。

参考:「過労死ライン」下回る労災認定が増加 基準改正の影響か

 こうした労災認定の傾向が社会に与える影響は極めて大きい。これまでは「過労死ライン以下だから労災申請してもダメだろう」とあきらめていた労働者にも、認定される可能性が開かれるからだ。

 今後、昨年以前の事件で新たに労災申請するケースも増えていくだろう。

労災認定率が低いのは、労災であることを示す証拠を集めるのが難しいから

 脳・心臓疾患や精神疾患の場合も、外傷の場合と同じく、労災申請は労働基準監督署に労働者個人や遺族が行う(申請に会社の許可は必要ない)。申請を受けた労働基準監督署は半年から1年にわたって調査を行い、疾病と業務との因果関係を調べ、疾病の原因が業務であると認められれば、労災認定となる。

 だが、外傷の場合はその原因が目視できる場合が多く、業務との関連性が示しやすいのに対し、脳・心臓疾患や精神疾患の場合、業務との関連性を示すのは非常に困難だ。

 しかも、企業は多くの場合、自らの労災に対する責任を回避するために事実を隠ぺいしてしまうことが少なくない。本人がなくなっている過労死・自死の場合にはなおさらだ。こうした事情が、脳・心臓疾患や精神疾患の労災認定の割合が低いことにつながっている。

 そのため、労働者側としては、日々の労働時間や仕事の内容について記録を残しておくことで、労働災害に備える必要がある。過重労働に自分自身や大切な人が悩んでいる場合には、何かの時に備えて、家族が記録を残しておくのもよいだろう。

 そして、労災が行政で認められなくても、裁判を通じて労災認定を争うことで認定になるケースも少なくない。例えば、2010年に中部電力に新入社員として入社した鈴木陽介さん(当時26歳)は上司のハラスメントや業務の困難性を理由に精神疾患を発症し自死に至ったが、津労働基準監督署は労災と認めなかった。

 しかし、遺族が裁判で労災認定を求めて争ったところ、名古屋地裁では敗訴してしまったものの、名古屋高裁はハラスメントの事実等を認めて労災に当たるという判決を今年4月に下している。

 このように証拠を集めて労災申請を行ったり、仮に行政段階で労災だと認められなくとも、後に裁判で主張することで認められるケースもある。まずは仕事に関する情報を残しておくことが大切だ。

未申請者も再検討を

 本記事で見てきたように、労災認定のハードルはいまだに高い。だが、多様な要素が評価されるようになってきている点は、顕著な「変化」だといってよい。

 特に脳・心臓疾患に関しては、明確に新しい認定基準が設定された。これまでは諦めていた被災者も、改めて専門家に相談してみるべきだろう。

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NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。

NPO法人「POSSE」代表。年間5000件以上の労働・生活相談に関わり、労働・福祉政策について研究・提言している。近著に『賃労働の系譜学 フォーディズムからデジタル封建制へ』(青土社)。その他に『ストライキ2.0』(集英社新書)、『ブラック企業』(文春新書)、『ブラックバイト』(岩波新書)、『生活保護』(ちくま新書)など多数。流行語大賞トップ10(「ブラック企業」)、大佛次郎論壇賞、日本労働社会学会奨励賞などを受賞。一橋大学大学院社会学研究科博士後期課程修了。博士(社会学)。専門社会調査士。

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