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ケガしても「休むな!」 激増する「高齢労災」の抜け穴とは?

今野晴貴NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。
(写真:イメージマート)

高齢者の労災は平均の1.6倍

 5月28日、厚生労働省が2023年1月から12月までの労働災害の発生状況を公表した。労災によって4日以上の休業をした死傷病者の数は13万5371人(新型コロナウイルス感染によるものを除く)に上り、2000年代で最大を記録した。2009年には過去最低の10万5718人まで下がっていたものの、そこから一転して増加傾向をつづけて、約3万人も増加してしまっている。

 この急増の原因の一つとして挙げられるのが、労働者の高齢化である。

 総務省の労働力調査によれば、60代以降の労働者の数は、681万人(2008年)から1138万人(2023年)に、15年間で1.67倍に増加している。現在の年齢別の割合を詳しく見ると、2022年時点で60〜64歳の73%、65〜69歳の50.8%、70〜74歳の33.5%、75〜79歳の11.0%が就業しているのが実態だ。

 高齢労働者は確率的に労災に遭いやすい。厚労省の統計(2023年)によれば、65歳以上の労働者(648万人)が雇用者全体(6076万人)に占める割合が約10.7%であるのに対して、労災による死傷者数(休業4日以上)は13万5371人中2万3470人と、65歳以上が17.3%を占めている。労働者全体が労災に遭う確率に比べて、65歳以上の労働者が労災に遭う確率は1.6倍ということになる。

 原因としては、何より高齢労働者の体力の衰えが挙げられよう。ただ、それだけではなく、定年後の転職で業務内容に不慣れであること、高齢者は非正規が多く、正社員に比べて安全対策が十分にされないことなども関係していると考えられる。さらに経営者が、高齢者に配慮せずに、過大な業務に従事させている可能性もある。

 しかも、労働災害の相談を受けている現場からは、上記の件数ですら実態を正確には表しておらず、横行する労災事故のごく一端しか反映されていないという声がある。労災が「隠蔽」されてしまうケースも数多いというのだ。

 労災被害の全体像や傾向が正しく社会的に把握されなければ、再発防止策を適切に行うことはできなくなってしまう。また、労災が隠されているということは、労災被害者が適切な補償を受けられていないということにほかならない。そこで本記事では、高齢者の労災事故の概要を踏まえつつ、労災被害が隠されてしまうパターンについて紹介し、労災被害者が気を付けるべきポイントについても考えていきたい。

高齢労災の多い業界:1位が商業、2位が保健衛生業、3位は製造業

 そもそも65歳以上の労働者では、どのような業界で労災が多いのだろうか。2020年以降の労災死傷病報告書の内容から、具体的な事例を合わせて紹介してみたい。

 1位は「商業」で4362人だ。スーパーなどの小売業がここに含まれる。例えば近年ではこのような事例がある。

食品売場で、商品出し業務のため、調味料(12キログラム)を1日4時間・7日間持ち続けたことで、首・左肩・左肘を痛め、頚椎症性神経根症を発症した。(69歳)
店内に入りレジに向かう際、急いでいたためキャベツ売場の前で足がもつれて前に転倒し、左上腕骨を折った。(65歳)

 2番目に多い業界は、「保健衛生業」(3721人)である。病院や福祉サービスがここに入る。そのうち2948件が介護などの社会福祉サービスである。こちらの事例は下記の通りだ。

介護現場で、利用者をソファーから立たせようとしたところ、全体重をかけて倒れてきたため、抱き上げようとしたが、尻もちをつく形で転倒して腰を強く打ち、第一腰椎圧迫骨折を負った。(68歳)
介護サービスのためにバイクで次の利用者宅へ移動中、下り坂で対向車線の車が右折するためブレーキを掛けたところ、雨が降っていたために路面が濡れており、タイヤが滑って転倒して右上腕骨折を負った。(70歳)

 そして、3位は製造業(3433人)である。中でも、原料や製品が比較的軽量である食品製造業などが多い印象だ。

食品製造工場の盛り付け加工室で、製品の運搬容器である「番重」に製品を積み込む業務をしていたところ、せわしなく作業をしていたため、番重を積み上げるときに、だんだんと腰や背中、臀部の痛みが増した。(70歳)
きざみ玉子を作る機械に玉子焼きの塊を投入する作業中、機械内部に玉子焼きが詰まってしまい、取り除こうとして手を入れて押し込んだところ、電源が切られていなかったため、右手薬指を内部のカッターで切った。(68歳)

 高齢労働者の労災が多い業界は、これに「清掃・と畜」(2347人)、「建設」(2242人)、「接客・娯楽」(1917人)と続く。生活必需品や福祉に代表されるように、人々の生活を支えるという意味において、広義の「エッセンシャルワーク」と言える業界で、高齢者の労災が多く起きていることがうかがえる。

 また、こうした業界では、経営者が人件費を低く抑えるために、少ない労働者に過大な業務量を課して事業を運営していることが多く、その皺寄せが体力の衰えている高齢労働者にも来ていることが多いとみられる。

 実際、上記で紹介した事故の背景として、高齢に配慮のない仕事の多忙さや業務負担の過酷さが垣間見えてくるのではないだろうか。経営者が高齢労働者に配慮した労働環境を整備することが、労災の再発防止策の前提として重要であろう。

横行する「労災は認めても、休ませない」という手口

 一方で、労災の相談を多く受けている労災ユニオンによれば、上記の厚労省の統計による労災事故件数は、高齢者に限らず、必ずしも実態を正確に示していない可能性が高いという。というのも、この統計に反映されている件数は、あくまで使用者が、労働者が労災によって負傷し、4日以上の休業を必要としたという報告の書類(労働者死傷病報告書)を労働基準監督署に提出しているケースだからである。

 この報告書を労基署に提出していない、もしくは不正確な内容で提出する経営者が後を絶たない。そのような事例は統計に把握されなくなってしまう。大きくは二つのパターンが考えられる。

 第一のパターンは、「労災が起きても、まったく労災として扱わない」というものである。典型的な「労災かくし」だ。上記の事例に近い例を挙げると、外見からはわかりづらい神経の負傷や、移動中など周りに職場の人間がいないときの負傷などについて、「仕事でのケガかどうかはわからない」「持病なのでは」「プライベートの負傷では」などとして、会社が労災申請に協力しなかったり、本人が直接労災申請をしないように指示したりというものがある。

 その結果、負傷した労働者は、健康保険を使ってケガを治療することになる。仮に休まなければならないほどの負傷であれば、有給休暇の取得や欠勤を指示されてしまう。これで経営者は労災保険制度を一切使わせず、報告書も全く提出しないままに済ませてしまうのだ。

 労災が表に現れない第二のパターンは、「労災は認めるが、ほとんど休ませずに軽傷として扱う」というものだ。休業4日未満の負傷についても、経営者は労基署に報告しなければならないのだが、この「軽微」な負傷は、厚労省が公表する上記の労災死傷者数の統計には反映されない。

 具体的な方法としては、労災事故後も、被害者がほぼ休業せずに出勤したという「実績」をつくるためだけに、経営者が負傷した労働者に無理矢理にでも職場に出勤するよう命令する(実際にはほとんど仕事をさせない)という場合がある。ひどい職場では、負傷後も特に配慮せずに出勤させ、ほぼ同じ業務を続けさせる場合もある。

 なぜ、一部の経営者はこのような手法を選ぶのだろうか。大きな労災事故が起きると労基署が調査に入り、労働安全衛生法違反が見つかって行政指導や書類送検をされてしまう「リスク」がある。しかし、休業4日以内の労災については、労基署に対する報告書の提出は曖昧でよく、提出期限も緩やかで済んでしまう。つまり、休ませさえしなければ、労基署からの調査をはぐらかせる可能性があるというわけだ。

 また、より短期的な理由もありえる。人手不足が常態化し、一人当たりの業務量が過剰な職場では、一人が職場から抜けるだけで、事業がストップしてしまう。そこで職場を回すために管理者が、労災の被害者を1日たりとも休ませないという判断をするのだ。また、このような職場では、被害者本人が、自分が抜けることについて罪悪感を覚えてしまい、自ら休まずに無理して働いてしまうケースもある。

 さらに、休業するよりも無理してでも働いたほうが収入が減らないと判断して、目の前の経済的な理由から、被害者本人が負傷を我慢して「主体的」に働き続けてしまうというケースもある。

休まずにすぐに職場に復帰したら「損」する理由

 労災があっても休ませないという手口は、被害を受けた労働者にとっても、ごく短期的にはメリットがあるようにも見えるかもしれない。たしかに、休んでしまうと、一時的に収入が減ってしまう。出勤し続けることができるのなら、給与はそのまま据え置きだ。

 しかし、長期的には大きなデメリットがある。まず何よりも当然だが、負傷が十分に回復しないまま復職すれば、治療が長引くどころか、かえって負傷が悪化する可能性もある。

 無理な復職によって、当初の負傷が悪化してしまった場合は、もともとどこまでが労災による被害だったのか、それが仕事で悪化したのかどうかは、後から判断されづらいという問題もある。その場合、今度は会社が労災として扱おうとせず、そのまま会社を辞めさせてしまうというケースも少なくない。また、後から労災保険を改めて申請しようとしても、ハードルが高くなってしまう。

 労災に遭ったら、十分に回復するまで休むことが、極めて大事である。労災事故で休んだとしても、労災保険の休業補償給付や休業特別支援金を申請すれば、元の給与の約8割が支給される。さらに会社に賃金の残りの分や慰謝料などの損害賠償を請求できる可能性もある。負傷の回復だけでなく、経済的な補償という点でも、きっちり休んでおいたほうがメリットが大きくなるのだ。

 そうであれば、労働者としてはぜひ労災申請を積極的にしたいところだが、労災被害について、個人で経営者と対峙することは難しいのが現実だ。労災保険制度をしっかり使ったり、慰謝料や将来の損失などの損害賠償を請求したり、再発防止策を取らせたりするには、労災に詳しい専門家や支援団体のサポートがあることが望ましい。悪質な企業が相手であればなおさらである(末尾に無料相談窓口も記載しておいた)。ぜひ、専門機関を活用していただきたい。

おわりに

 本記事でみてきたように、労災事故の報告が誤魔化されてしまうことは、その企業内における再発防止がなされないという点でも、社会的に発生している労災事故の傾向が統計的に把握されないという点でも、そして何より被害者の健康や金銭的補償という点でも、デメリットばかりだ。

 しかし、残念ながら労働者の安全や健康、生活を第一に考えず、短期的な利益のために労災を隠蔽する経営者は非常に多い。こうした経営者は、特に高齢労働者に象徴されるように、コストカットのために労働者の体力が許容する量を超えた業務を課しておきながら、いざ労災事故が起きたら、会社の責任を逃れて、労働者を使い捨てにしている。

 これから高齢者の「エッセンシャルワーク」にますます日本社会はますます依存していくことになるだろう。私たちは、高齢者を活用する企業の「労災隠し」を許さないように、高齢者の労災被害の回復やその防止にもっと注目していくべきではないだろうか。

無料労働相談窓口

労災相談・情報提供ホットライン

日時:7月14日(日)13時〜17時

電話番号:0120-333-774

主催:労災ユニオン

※通話・相談は無料、秘密厳守です。ユニオンの専門スタッフが対応します。

労災ユニオン

電話:03-6804-7650(平日17時~21時 日祝13時~17時 水曜・土曜日定休)

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ブラック企業対策仙台弁護団

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NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。

NPO法人「POSSE」代表。年間5000件以上の労働・生活相談に関わり、労働・福祉政策について研究・提言している。近著に『賃労働の系譜学 フォーディズムからデジタル封建制へ』(青土社)。その他に『ストライキ2.0』(集英社新書)、『ブラック企業』(文春新書)、『ブラックバイト』(岩波新書)、『生活保護』(ちくま新書)など多数。流行語大賞トップ10(「ブラック企業」)、大佛次郎論壇賞、日本労働社会学会奨励賞などを受賞。一橋大学大学院社会学研究科博士後期課程修了。博士(社会学)。専門社会調査士。

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