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現代日本で「米騒動」のような状況に!? フードバンクから米が尽きる危機

今野晴貴NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。
(写真:イメージマート)

 今夏、米価が上がり、庶民の生活を圧迫している。値上がりは利益目的の投機によっても加速されており、利益追求のために米どころでも米が十分に行きわたらないという「米騒動」の時代にも似た状況が生まれている。

 米騒動といえば、1918年に日本で発生した、米の価格高騰にともなう民衆運動として知られている。運動の結果、政府も米の価格安定のための補助金を出すなど対応を迫られた。その反省からか、政府は、長らく米について補助金を出すなどして米価の安定に努めてきた。

 だが、ここ数年、米の不作やインバウンド需要の増大などにより、米価が大きく上昇し、支援団体には、困窮世帯から米などの食糧支援の依頼が殺到しているという。さらに、そうした支援団体への食糧寄付も大きく減少しており、米などの食糧備蓄が底をつきかけているというのだ。

 以下では、こうした「現代の米騒動」さえ予感させる緊急事態について、現場の実態を紹介しつつ、歴史的な対比をしていきたい。

フードバンクからも米が尽きようとしている

 生活困窮者へ食糧支援を行うフードバンクは、困窮世帯にとって “頼み綱”とでも言うべき存在だ。もちろん、生活保護という選択肢もあるが、日本では生活保護を必要とする世帯が実際に受給している割合である「捕捉率」が2割を切る状況であり、フードバンクが果たす役割は大きいのが実情だ。

 ところが、いま全国のフードバンクから食糧が消えつつある。フジテレビのめざまし8の報道では、各地のフードバンクから窮状を訴える声が紹介されている。

「前年と比べましても、20~30%市民の皆さまからの、食品のご寄付が減っておりまして、物価高騰の影響がすごくあるのではないかなと。この状況ですと(支給の中身を)半分ぐらいに減らさないと難しいのかなと」
「去年には山のように寄贈されていたお米が激減。4月には残り30キロの袋が4つのみとなってしまいました」

 さらに、民間団体の調査によれば、約4割のフードバンクで、食品の寄付が減っていることが明らかになっている。

 食糧支援団体の一つであるフードバンク仙台の担当者によれば、厳しい実情が見えてきた。担当者は次のように話してくれた。

「米はあと1か月分の在庫を切っている。これまでは1週間分として3キロ配っていたが、配る量を2キロに減らしている。このままでは、8月には米を配れなくなる。その他おかず類などの食糧寄付も大きく減っていて備蓄が底を尽きかけている」
「一方で食糧支援の依頼はとても多い。月に450人程度から支援依頼がある。実感として、困窮状態が深刻化している。つい1週間前には20日間何も食べられてないという相談もあった。コロナとインフレで困窮世帯の状況は危機的」

 フードバンク仙台では、ホームページ上でも食糧が足りない実情を訴え、緊急で食料寄付を呼びかけており、ここからも切実な状況がうかがわれる。

参考:SOS!!食品寄付求む!!食品が足りず支援継続が難しい状況です!食品寄付のお力添えを宜しくお願いいたします。

いま、なぜ米は値上がりしているのか

NHKの報道によれば、今年5月に発表された米の卸売価格は平均で60キロあたり1万5500円あまりと、前年同月比で12%も高騰したという。また、消費者物価指数で見ても、今年5月時点で「うるち米(コシヒカリを除く)」の価格は前年同月比で1割ほど上昇している。実際、スーパーに行けば、米の値上がりを如実に実感するだろう。

 米の値上がりの要因としては、猛暑(気候変動)による不作・品質の低下や、インバウンド需要増大など外食需要の増大、が指摘されている。

 さらに、米の値上がりをうけて、利ざやで儲けようと米を“投機”の対象とする動きもみられている。日本農業新聞によれば、「米の需給逼迫を受けて、スポットで米を手当てする業者間の取引価格が前年比7、8割高と急騰している」ということで、「利ざやでもうけようとするブローカーがいる他、相場上昇を見越して売り渋る動きが品薄に拍車をかけている」という分析が紹介されている。

 庶民の生存と生活に欠かせない米の価格が、インバウンド需要と利ざやで儲けようとする“投機”によって吊り上げられているとすれば、由々しき事態であろう。

100年前の米騒動も同じ構図だった

 実は、100年前の米騒動も同じような構図にあった。米騒動が起きた1918年は、第一次世界大戦によってインフレが深刻化していた。そこに、シベリア出兵(ロシア革命に対する干渉戦争で日本も出兵)を見込んで米を買い占める“投機”の動きが広がったのだ。1918年夏に米価が急騰し、米の値段は約3倍にまで跳ね上がった。

 そうした折の1918年7月23日、北海道へ米を輸送する伊吹丸が魚津に寄港した際、漁師の妻たち数十人が「県外に米を持ち出すから、魚津に米が無くなり、米の価格が高騰しているのだ」と抗議して米を船に載せて運び出そうとするのを阻止し、さらには、米の安売りを求めて米屋におしかけるという事件が起きた。彼女たちの一部は、港の荷役労働者でもあったため、米の搬出を拒否する事実上の“ストライキ”を行ったことになる。

 この事件が報道されると、全国各地に抗議運動が波及し「米騒動」と言われる大事件となった。この運動で時の内閣が退陣に追い込まれるなど、大きな影響を与えるとともに、実際に米価格の引き下げ(政府が米の価格安定のために補助金を出した)へと結実した。

 米騒動は、一般的には、大都市の主婦の“消費者運動”の側面が語られることが多いが、実は事の発端は、米どころ富山の港で荷役労働を行う女性たちの“労働運動”でもあったのだ(参考:映画「大コメ騒動」)。

 筆者が話を聞いたフードバンク仙台のある宮城県は全国でも有数の米どころだ。それにもかかわらず、困窮して米を食べられない人が大勢おり、フードバンクの倉庫からも米が尽きかけている現状をみると、100年前を想起させられるものがある。

いま私たちにできること

 私たちが、100年前の米騒動の歴史から学ぶことのできる点があるとすれば、「生活が苦しい」「米を買えない」「米を食わせろ」と声を上げてよいし、声を上げる必要があるということだ。困窮している当事者はもちろん、食糧支援を行う団体が声を上げることで、貧困と飢餓の問題が可視化され、政府も対応を迫られるだろう。

 また、いま私たち自身にできることをフードバンク仙台の担当者に尋ねたところ、「少しでも余裕のある方には、食糧や現金での寄付をいただけると有り難い。また、農家さんや食品製造の企業など食料生産に関わる方々からダイレクトに食糧を提供いただけるのも助かる」と訴える。

 さらに、コロナやインフレ等の影響で貧困が広がるいま、日本の飢餓と食糧支援の歴史について学ぶ機会をつくろうと、7月8日(月)18時半からオンライン講演会「見過ごされてきた日本の飢餓――食糧支援の歴史と現在から考える――」も開催するという。講師の藤原辰史氏は「食と農の歴史」に関する京都大学の著名な研究者だ。

 世界を見渡してみれば、気候変動の激化に伴って食料危機の深刻さは増し続けている。日本におけるコメ不足も一過性のものではなく、これから拡大していくことも懸念される。

 日本は長らく「飽食の時代」と言われ、減反政策に邁進し、海外の食料を依存してきた。「米が値上がりする」「米が食べられない」という今日の状況を、私たちは時代の大きな変化として深刻に受け止めていくべきだろう。

NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。

NPO法人「POSSE」代表。年間5000件以上の労働・生活相談に関わり、労働・福祉政策について研究・提言している。近著に『賃労働の系譜学 フォーディズムからデジタル封建制へ』(青土社)。その他に『ストライキ2.0』(集英社新書)、『ブラック企業』(文春新書)、『ブラックバイト』(岩波新書)、『生活保護』(ちくま新書)など多数。流行語大賞トップ10(「ブラック企業」)、大佛次郎論壇賞、日本労働社会学会奨励賞などを受賞。一橋大学大学院社会学研究科博士後期課程修了。博士(社会学)。専門社会調査士。

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