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悪魔のようにみえて実は天使?「魔性の女」とは違う、理解を超えたヒロインを演じて実感したこと

水上賢治映画ライター
「愛のまなざしを」でヒロインを演じ、プロデューサーも務めた杉野希妃 筆者撮影

 この男女の関係を、どう受けとめればいいのか?

 ある意味、社会通念としてある愛情の在り様を根本から覆す、男女のひりひりするような愛の行方が描かれるのが万田邦敏監督の「愛のまなざしを」だ。

 その劇中で、もはやファム・ファタールのひと言では片付けたくない。

 こちらが距離を縮めたいと思うと、遠ざかり、こちらが距離を置きたいと思うと、まとわりついてくる。

 そんなヒロイン・綾子を演じ、鮮烈な印象を残すのが杉野希妃。

 仲村トオルが演じる主人公・貴志を翻弄する綾子を演じる一方で、プロデューサーも務めた彼女に訊くインタビュー(第一回第二回)の第三回へ入る。(全三回)

行動や行為に理屈をつけて演じるより、

その場で出てきたものをそのまま出した方が綾子らしい

 前回は、あまり理解ができなかった綾子を、脚本を手掛けた万田珠実のひと言に背中を押されて演じる決意を固めた経緯までを訊いた。

 今回は演じた綾子についての話から。なかなか共感しにくかったという綾子をどう受け止めたのだろうか?

「綾子は、自分を知ってもらうことを放棄しているところがある。

 本能の赴くまま生きているものの、貴志にとりいるところなどは計算高さが垣間見える。

 考えるほどに、わたしの周りにはいないタイプの人物だと思いました。

 なので、演じる上では、心のよりどころが欲しかった。

 そこで精神科のお医者さんから助言をいただいて、綾子には『虚偽性障がいとパーソナリティー障がいがあるかもしれない』『躁鬱(そううつ)がある』といわれたんですけど、症状はその人によって違う。

 だから、病を念頭に置きながらも、最終的には特殊な演出をする万田監督の言うことだけをしっかり聞いて演じようと思いました。

 そもそも綾子はその場しのぎばかりする。行動や行為に理屈をつけて演じるより、その場で出てきたものをそのまま出した方が綾子らしいと思ったんです」

綾子はいままでにないくらい色濃く自分の中に残っています

 こうして演じた綾子は、自分の中に深く残っている。

「まったく別人種だと思っていたけれど、実は自分の中に彼女が潜んでいたような感覚がありました。

 綾子が持つ自己嫌悪や自己破壊性があまりにも強くて、振り回されることもあったけれど、役は自分とは別物だという明確な区別が大切だと改めて認識しました。

 いろいろな役を演じてきましたけど、綾子はいままでにないくらい色濃く自分の中に残っています」

「愛のまなざしを」でヒロインを演じ、プロデューサーも務めた杉野希妃 筆者撮影
「愛のまなざしを」でヒロインを演じ、プロデューサーも務めた杉野希妃 筆者撮影

 結末なので、詳しく触れられないが、綾子と貴志の愛の結末はどう受け止めたのだろうか?

「見てくださった方で見解が分かれるでしょうね。

 わたしとしては綾子にとって大きな目醒めだったのではないかなと。

 あの瞬間、それまで自分のことしか考えていなかった綾子が、はじめてほんとうの意味で他者(貴志)に想いを寄せる。そして自分と他者(貴志の妻・薫)を比べることをやめる。

 そのとき、それまで嘘で身を固めて生きてきた彼女が、初めて本来の姿に戻れたのではないかなと。

 そういう意味では彼女にとってひじょうに幸せなことだったのではないかと思います」

綾子が天使か堕天使のようにも思えた

 演じ終えたいま、綾子についてはこんなことも感じていると明かす。

「綾子はファム・ファタールとおっしゃる方が多いんです。男を破滅させていくように見えますから。

 でも、実際の綾子はそんな願望などなく、ただ愛されたかっただけだと思うんです。

 (脚本を手掛けた万田)珠実さんは脚本開発の段階からずっとファム・ファタールではないとおっしゃっていましたし、むしろ貴志が綾子を破滅させるオム・ファタールだと仰る方もいらっしゃいました。

 演じている間はわからなかったんですけど、映画が完成してはじめてみたときに、わたしは綾子が天使か堕天使のようにも思えた。

 もしかしたら、貴志が頭の中でつくり上げた虚構の人物で、現実には存在していなかったのではとさえ思いました。彼の心の闖入者と言えるかもしれない。

 そして、以前プロデュースした深田晃司監督の『歓待』で古舘寛治さんが演じられた加川さんに似ていると思ったんです。

 加川さんはある日突然ふらりと現れて、小林家に巧妙に入り込むと、一家をぐちゃぐちゃにしてしまうけど、そのことで家族をリセットさせてしまう。

 人によっては悪魔のようだという人もいれば、天使に見える人もいた。そして、彼は実在していたのかなと思わせる。

 綾子も似ている存在だなといま感じています」

万田監督の美学が詰まった唯一無二の作品ができたのではないか

 最後にプロデューサーとしてこう言葉を寄せる。

「確実に万田監督と珠実さんのタッグを組んだ2作品(『UNloved』『接吻』)の延長にある作品だと言える。

 この2作品とは共通点もありますが、近年の万田監督の身体性重視の独特な演出によって、逸脱しているところもある。不自然な程に役者を動かし、その動きがもたらす登場人物たちの距離感や関係性に焦点を当てた結果、人間のおかしみが露わになっているような気がしています。監督の演出によって、映画におけるリアリティとは一体何なのかを考えさせられましたし、リアリティに固執しがちな自分の固定観念を覆させられる貴重な体験をしました。

 万田監督の美学が詰まった唯一無二の作品ができたのではないかと思っています。

 そして、言葉は少し過激になりますけど、地獄絵図のような映画だとも言えます。

 自分の力ではどうにも抜け出せない悲しみや苦悩を描くことで、人間の無垢な心やほんとうの意志が浮き彫りになる。これがみなさんにどういうふうに受け止められるのか気になります」

「愛のまなざしを」より
「愛のまなざしを」より

「愛のまなざしを」

監督:万田邦敏

脚本:万田珠実 万田邦敏

出演:仲村トオル 杉野希妃 斎藤工 中村ゆり 藤原大祐

公式HP:aimana-movie.com

全国順次公開中

場面写真はすべて(c) Love Mooning Film Partners

映画ライター

レコード会社、雑誌編集などを経てフリーのライターに。 現在、テレビ雑誌やウェブ媒体で、監督や俳優などのインタビューおよび作品レビュー記事を執筆中。2010~13年、<PFF(ぴあフィルムフェスティバル)>のセレクション・メンバー、2015、2017年には<山形国際ドキュメンタリー映画祭>コンペティション部門の予備選考委員、2018年、2019年と<SSFF&ASIA>のノンフィクション部門の審査委員を務めた。

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