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「魔性の女」で片付けられない!理解し難い危ういヒロインを演じる決心をさせてくれたひと言とは?

水上賢治映画ライター
「愛のまなざしを」でヒロインを演じ、プロデューサーも務めた杉野希妃 筆者撮影

 この男女の関係を、どう受けとめればいいのか?

 ある意味、社会通念としてある愛情の在り様を根本から覆す、男女のひりひりするような愛の行方が描かれるのが万田邦敏監督の「愛のまなざしを」だ。

 その劇中で、もはやファム・ファタールのひと言では片付けたくない。

 こちらが距離を縮めたいと思うと、遠ざかり、こちらが距離を置きたいと思うと、まとわりついてくる。

 そんなヒロイン・綾子を演じ、鮮烈な印象を残すのが杉野希妃だ。

 仲村トオルが演じる主人公・貴志を翻弄する彼女を演じる一方で、プロデューサーも務めた彼女に訊くインタビューの第二回へ入る。(全三回)

精神科医と患者の関係に興味を抱いた理由

 前回(第一回)は敬愛する万田監督との出会いから、杉野の希望で脚本を万田監督とその妻である万田珠実に依頼したことまでを訊いた。

 今回は脚本の話から。万田夫妻の共同脚本による映画といえば、杉野が衝撃を受けた「UNloved」「接吻」となる。

 「心待ちにしていた」という脚本は、仲村トオル演じる妻の死を受け入れ切れていない精神科医の貴志と、杉野演じるモラハラの恋人に連れられ患者としてやってきた綾子の物語。

 妻の死に罪悪感を抱き続けている貴志と、彼の診察に救われ、愛を求めるようになった綾子の関係の行方が描かれる。

「精神科医と患者というアイデアはわたしが提案しました。

ある本を読んでいたときに、精神科医が患者の嘘を見破れなかったエピソードが掲載されていて。

 嘘を見破られなかった理由として恋愛が絡んでいたことや、精神科医は他人を疑うことが仕事ではないといった言葉が綴られてました。その言葉に、精神科医という特殊な職業と、ご当人のある種の狂気を感じたのだと思います。

 このエピソードが強く印象に残っていました。

 個人的に闇がまったくない人間っていないと思っているんです。誰でも心の中に多かれ少なかれ闇を抱えているのではないでしょうか。

 表向きは平静を装っていても、誰もが人知れず病んでいるところがあるのではないか。

 そういうさまざまな悩みに精神科医は応じていかなくてはならない。

 しかも、その悩みに対して対処法を考えないといけないわけですけど、患者がほんとうのことを話すかはわからない。

 そう考えたとき、精神科の先生たちは、どういう精神で日々いるんだろうと思ったんです。

 それで、虚言を吐く患者と、彼女の対応をすることになった精神科医という構図で、万田監督と珠実さんが物語を作ったときに、なにか新しいものが生まれるんじゃないかと興味を持ちました。

 というのも、『UNloved』の光子も、『接吻』の京子も、一般的に考えると理解しがたい言動はあるけれど、どちらも嘘は言わないんです。

 自分の気持ちにストレートで、実は正直な人物なんです。

 ですから、今回は逆で、『嘘』をモチーフにした人物が登場した時に、万田監督と珠実さんからどういうものが生まれるのかが興味深かったです」

「愛のまなざしを」でヒロインを演じ、プロデューサーも務めた杉野希妃 筆者撮影
「愛のまなざしを」でヒロインを演じ、プロデューサーも務めた杉野希妃 筆者撮影

これまでにない変わった恋愛映画になるのではないか、という予感

 上がってきた脚本についての第一印象をこう明かす。

「まず、三角関係は三角関係なんですが、貴志と彼の亡き妻と綾子という死者を交えての三角関係という構図があって。

 それとは別に、亡き妻の弟が絡んだ三角関係がもうひとつ構図にある。

 そのダブルの三角関係が絡み合い、人間の複雑な感情が露わになり、一筋縄ではいかない物語が展開していく。

 これまでにない変わった恋愛映画になるのではないかと、ちょっと驚いたのを覚えています」

水野綾子は、言動が不可解で、なかなか共感できませんでした

 ただ、後に自身が演じることになった綾子という人物は理解しがたかったという。

「わたしの場合、プロデューサー目線とひとりの俳優としての目線で読んだところがありまして、いずれにしてもなかなか難解な人物だなと。

 監督はあまり綾子の背景については説明してくださらなかったんですよ。

 ふつうの家庭に育ったんだけれど、突然変異的に愛を感じない性格になってしまったとおっしゃっていたぐらいでしたが、個人的には父親にトラウマがあるのではないかと想像したりしました。

 わたしから『嘘』をモチーフにといったものの、それを体現するキャラクターといっていい水野綾子は、言動が不可解で、なかなか共感できませんでした。

 貴志の気をひきたいがゆえに彼女が嘘をつくのはわかる。自信がないからこそ嘘をつく。にしても、もう少しうまいやり方があるだろうと(笑)。

 なにか刹那的な生き方で、あまりにも先をみていなさすぎる(苦笑)。

 その時点では自身が演じるとは思っていなかったのですが、ほんとうにとらえどころがなくて、理解に至らなかったです」

「共感する必要なんてないと思う」という珠美さんの一言に背中を押されて

 そういう印象を抱きながら、どうしてこの役を自らが演じることになったのだろう?

「プロデューサーとして考えたときに、自分は脇に徹したほうがいいだろうと考えていました。

 ただ、ひとりの俳優として万田監督の演出を受けてみたい気持ちはありました。

 企画を進め、万田監督と珠実さんと話し合う中で、珠実さんの一押しが大きかったというか。

 わたしが綾子に共感しにくいと言ったときに、珠実さんが『共感する必要なんてないと思う』というひと言をかけてくださった。

 その言葉が背中を押してくれて、綾子を演じようと心が決まりました」

(※第三回に続く)

「愛のまなざしを」より
「愛のまなざしを」より

「愛のまなざしを」

監督:万田邦敏

脚本:万田珠実 万田邦敏

出演:仲村トオル 杉野希妃 斎藤工 中村ゆり 藤原大祐

公式HP:aimana-movie.com

全国順次公開中

筆者撮影以外の写真はすべて(c) Love Mooning Film Partners

映画ライター

レコード会社、雑誌編集などを経てフリーのライターに。 現在、テレビ雑誌やウェブ媒体で、監督や俳優などのインタビューおよび作品レビュー記事を執筆中。2010~13年、<PFF(ぴあフィルムフェスティバル)>のセレクション・メンバー、2015、2017年には<山形国際ドキュメンタリー映画祭>コンペティション部門の予備選考委員、2018年、2019年と<SSFF&ASIA>のノンフィクション部門の審査委員を務めた。

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