キーワードはモクテル? 居酒屋でノンアルが定番化しそうな深いわけとは
飲まない人も居酒屋に取り込む必要性
居酒屋ではお酒を飲まないで楽しむ。2022年の外食業界では、それくらいインパクトのある変化が起きるかもしれない。
コロナ禍では、緊急事態宣言やまん延防止等重点措置により、多くの飲食店で時短営業や営業の自粛が求められた。その影響を受けて、家飲みの機会が増えたこともあり、コンビニエンスストアやスーパーマーケットには、さまざまなジャンルのアルコールドリンクが並ぶ。2021年にはアサヒビールが「アサヒ ビアリー」を、サッポロビールが「The DRAFTY」を発売し、いわゆる“微アル”という新ジャンルも誕生。いまや消費者は多彩なラインアップの中から、自分好みのドリンクを選ぶのが当たり前となった。ジャンルはもちろん、アルコール度数も気分によって変えて、フレキシブルにアルコールを楽しんでいる。
一方で、コロナ禍で外食の需要は激減した。コロナ禍が終息しても、以前の7割しか売上が戻らないだろうとも言われている。そうした状況を受けて、多くの外食企業がイートイン以外の売上を確保するため、テイクアウトやデリバリー、EC販売などに活路を見出している。しかし、新しい挑戦をしても、そこにはライバルが多い。競争が熾烈なため、思うように売上を上げられないケースも目立つ。
そこでイートインの売上を上げるため、メニューを見直す飲食店も増えている。しかし、ここ最近、原材料費の高騰が続く。魅力的な商品をつくろうにも利益を確保できるメニューの考案が難しいばかりでなく、値上げや内容量を減らす対策にも限界がある。とはいっても、利益が出ない中、店の営業を続けていくわけにはいかない。
こうした状況を受けて利益を確保するため、ドリンクの提案の重要性が高まっている。もっと踏み込んでいうと、これまでリーチしていなかった層も取り込めるように、アルコールを飲まない人も楽しめる店作りが欠かせないのだ。そもそも20〜30代の半数以上はお酒を日常的に飲まない。そうした背景を踏まえて、アサヒビール株式会社は飲み方の多様性を尊重し合える「スマートドリンキング」を提唱してノンアル・微アルの構成比を引き上げるなど、ビールメーカー各社は積極的に動く。
アサヒビールの例でいうと、株式会社電通デジタルと共同でスマドリ株式会社を設立し、アルコール分0.00%、0.5%、3.0%のドリンクを100種類以上楽しむことができる「SUMADORI-BAR SHIBUYA」を6月30日に渋谷センター街にオープンさせる。自分の体質や好みに合ったドリンクを選ぶことができ、お酒を「飲まない/飲めない」人も楽しめるバーを開設することで、スマートドリンキングの実現を目指す。
また、サントリーホールディングス株式会社のグループ企業、サントリーBWS株式会社は、4月28日から5月5日の期間限定で、東京駅の「東京グルメゾン」内に「のんある酒場」オープンをオープンさせた。今後も、お酒を飲む人も飲まない人も一緒に楽しめる文化を創造するため、アルコール度数0.00%のノンアルコール飲料だからこそ実現できる魅力を積極的に提案していく。
同社は、過去にハイボールを定番化させた実績を持つ。ハイボールブームが起きたのは、2009年頃だ。それまでウイスキーといえば水割りが常識だった中、ハイボールの登場でウイスキーの炭酸割りが当たり前になった。その成功の背景には、居酒屋などの飲食店と、コンビニやスーパーマーケットをはじめとした小売の両方から攻めた戦略がある。居酒屋で飲んだハイボールというおいしいドリンクを家でも飲みたいとなったとき、コンビニやスーパーマーケットでも簡単に買うことができる状況をつくり、一気に市民権を得ることに成功したのだ。そのノウハウを活用すれば、ノンアルドリンクが飲食店でも一気に広がる可能性は大きい。
モクテルが外食業界の救世主になる?
多くの飲食店では料理には力を入れているが、ドリンクはビール、カクテル、サワーなど、他店とあまり変わらないラインアップになってしまっている店もまだまだ多い。しかし、ビールメーカーに引けをとらない興味深い動きも出てきている。中でも注目なのが、ノンアルコールのカクテル、いわゆる「モクテル」に他ならない。
モクテルは、模造品の意味を持つ「mock」と「cocktail」を合わせた造語だ。特に、酒類の提供が禁止された3度目の緊急事態宣言以降、モクテルの提供を行い、提案の幅を広げる飲食店が増えた。近年、「ESCAPE Bar & World Wide Drinks Shop」(東京都文京区)や「HamburGirl」(東京都渋谷区)、「Non Alcohol Bar」(京都市中京区)など、モクテル専門店も誕生しており、その存在感は日に日に高まっている。
モクテルは、その店のカラーを出した商品の提案がしやすい。その点だけでも、どこでも飲めるアイテムになりがちな、ソフトドリンクとは一線を画す。例えば、株式会社DDホールディングスが運営する「古城の国のアリス」のケースが分かりやすいだろう。同店は、ルイス・キャロルの小説『不思議の国のアリス』の世界観を表現したコンセプトで人気を集めている飲食店だ。同店は女性客が占める割合が90%を超え、特に20代の若者が多い。
彼女たちのお目当ての一つが、同店のモクテルだ。モクテルは「定番メニュー」と「誕生石カクテル」の二つに大きくジャンルが分かれている。定番メニューは5種類あり、中でも「おしゃべり花のオーケストラ」(970円)と「ハートの女王のシークレットガーデン」(880円)の人気が高い。通常のアルコールドリンクに比べると割高だが、ノンアルコール比率は55%とかなり高い。なぜ、ここまでオーダーされているのかいうと、ただのドリンクではなく、同店の世界観を楽しむ一つのアイテムだからだ。どこでも飲めるものではなく、同店でしかオーダーできない。そこに価値を感じて多くの客が来店しており、ドリンクが強力な集客ツールの役割も果たす。
現在、外食業界は原材料費の高騰とともに人手不足も進む。その中で差別化を実現し、利益を確保しなければならず、難しい舵取りが求められている。一方で、モクテルはビールなどよりも単価が高いにもかかわらず、原価はそれほど掛からない。加えて、オペレーションの負荷も少ない。さらに行く理由のある店づくりにも貢献できるので、まさに飲食店の経営に欠かせないアイテムとなりつつある。
消費者心理、メーカーの動向、そして飲食店の事情の3つが揃い、いよいよ本格的に潮目が変わりそうな飲食店のノンアルコール事情。数年後、2022年が「ノンアル元年」と呼ばれていても不思議ではない。