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石破新総理は拉致問題を解決できるか? 立ちはだかる2つの壁!

辺真一ジャーナリスト・コリア・レポート編集長
石破茂総理と金正恩総書記(石破事務所と労働新聞から筆者キャプチャー)

 小泉純一郎総理の訪朝(2002年9月)で7人の日本人拉致被害者の帰国が実現してから22年過ぎたが、以後、拉致問題は停滞したままで誰一人帰国できずにいる。その間、総理は10人替わった。

 石破茂新総理は昨日(10月5日)の所信表明で拉致問題については「外交・安全保障」分野で取り上げていたが、拉致(北朝鮮)問題は日米、日韓、日中の次に言及されていた。

 日本外交の優先順位を指しているならば、直近3人の歴代総理と比較すると、石破政権の拉致問題の優先順位は低いような気がしてならない。

 前任者の岸田文雄総理の所信表明(2021年10月8日)では拉致問題は日米の次に取り上げられ、以下、対中、対露、対韓の順になっていた。

 また、前々任の菅義偉総理の所信表明(2020年10月26日)では拉致問題は真っ先に取り上げられ、続いて日米、日中、日露、日韓の順になっていた。

 さらに、故安倍晋三総理の最後の所信表明(2019年10月4日)では拉致問題は岸田政権同様に日米関係の次に提起されていた。

 試験問題に例えるならば、石破総理は外交問題では解きやすい問題、即ち取り組みやすい問題から順に上げたような感じが否めない。

 肝心の解決に向けた決意表明の内容だが、直近の3人の総理の発言を時系列で列挙してみると、若干の違いに気づく。

 拉致問題で総理大臣になったとも言われている安倍総理は「何よりも重要な拉致問題の解決に向けて私自身が条件を付けずに金正恩(キム・ジョンウン)委員長と向き合う決意です。冷静な分析の上にあらゆるチャンスを逃すことなく、果断に行動してまいります」と、拉致問題だけに限定し、熱く語っていた。

 拉致問題を真っ先に取り上げた菅総理は「拉致問題は引き続き、政権の最重要課題です。全ての拉致被害者の一日も早い帰国実現に向け、全力を尽くします。私自身、条件を付けずに金正恩委員長と直接向き合う決意です。日朝平壌宣言に基づき、拉致・核・ミサイルといった諸懸案を包括的に解決し、不幸な過去を清算して、北朝鮮との国交正常化を目指します」と、拉致問題解決に続いて日朝国交正常化についても触れていた。

 前任者の岸田総理は「北朝鮮による核、ミサイル開発は断じて容認できません。日朝平壌宣言に基づき、拉致、核、ミサイルといった諸懸案を包括的に解決し、不幸な過去を清算して、日朝国交正常化の実現を目指します。拉致問題は最重要課題です。全ての拉致被害者の一日も早い帰国を実現すべく全力で取り組みます。私自身、条件を付けずに金正恩委員長と直接向き合う決意です」と、先に国交正常化について触れ、次に拉致問題への取り組みについて語っていた。

 そして、今回、石破新総理は「拉致被害者御家族が高齢となる中で、時間的制約のある拉致問題はひとときもゆるがせにできない人道問題であり、政権の最重要課題であります。全ての拉致被害者の一日も早い御帰国を実現し、日朝関係を新たなステージに引き上げるため、また、日朝平壌宣言に基づき、北朝鮮との諸問題を解決するためにも金正恩委員長との首脳会談を実現すべく、私直轄のハイレベルでの協議を進めてまいります。日朝双方の利益に合致し、地域の平和と安定にも大きく寄与する、日朝間の実りある関係を築いていくために私は大局観に基づく判断をしてまいります」と、菅総理同様に先に拉致問題について言及し、その延長線上で北朝鮮との関係正常化を目指すと発言していた。

 安倍総理から石破新総理まで金総書記との首脳会談を目指す点では全員一致している。

 民主党から政権を奪還した安倍総理は2013年1月28日の所信表明では「全ての拉致被害者の御家族が御自身の手で肉親を抱き締める日が訪れるまで私の使命は終わりません。北朝鮮に対話と圧力の方針を貫き、全ての拉致被害者の安全確保及び即時帰国、拉致に関する真相究明、拉致実行犯の引き渡しの3点に向けて全力を尽くします」と、圧力を強調していた。しかし、2018年に米国のトランプ大統領(当時)が韓国に続き、金総書記との首脳会談に応じたことから一転、「拉致問題は最終的には私と金正恩委員長との間で解決しなければならない」(2018年6月7日の日米首脳会談後の記者会見)と言い始めてから日朝首脳会談が北朝鮮外交の最大の目標となった。

 石破総理の決意表明は前任者らを踏襲しており、新味はないが、唯一異なる点があるとすれば「大局観に基づく判断をする」と発言したことだ。これが何を意味するかは不明だ。一説では拉致問題解決と国交正常化に向け東京と平壌の間に連絡事務所を設置することを構想しているとも伝えられているが、それも含めて日朝首脳会談を実現するには二つの前提条件が必要となる。

 一つは、米朝対話の復活である。

 仮に11月の大統領選挙でトランプ前大統領が当選し、米朝首脳会談が再開されれば、岸田政権には追い風となって、この構想を進めることができるであろう。北朝鮮に反対する理由がないからである。しかし、ハリス副大統領が当選すれば、バイデン政権の「圧力重視」の対北政策が当面の間、継承される可能性が高いだけに石破総理任期中の構想実現は容易ではない。

 もう一つは、韓国の尹錫悦(ユン・ソクヨル)政権が反対しないことである。

 韓国の尹錫悦政権が抵抗、妨害しないことである。バイデン政権は拉致問題のためであっても日朝対話を支持すると言っているが、韓国の金映浩(キム・ヨンホ)統一相は「北朝鮮はソウルを頭越しに東京にもワシントンにも行けない」と言い放っている。換言すれば、日朝の接近には韓国の同意を得なければならない。

 韓国は保守の盧泰愚(ノ・テウ)政権の時の1990年に金丸信自民党総裁が訪朝し、自民、社会党と労働党の間で国交正常化に向けた「3党共同宣言」を発表した際に猛烈に反発したことがあった。

 日朝関係改善は韓国の孤立を浮き彫りにすることになるので北朝鮮から絶交を宣言された尹政権が日朝接近を黙認することはあり得ない。従って、南北関係が劇的に好転し、韓国がゴーサインを出さない限り、尹大統領が任期を終える2027年5月9日までは日朝関係改善、即ち拉致問題の解決は用意ではない。

 石破総理はそれまで政権の座にいられるのだろうか?

ジャーナリスト・コリア・レポート編集長

東京生まれ。明治学院大学英文科卒、新聞記者を経て1982年朝鮮問題専門誌「コリア・レポート」創刊。86年 評論家活動。98年ラジオ「アジアニュース」キャスター。03年 沖縄大学客員教授、海上保安庁政策アドバイザー(~15年3月)を歴任。外国人特派員協会、日本ペンクラブ会員。「もしも南北統一したら」(最新著)をはじめ「表裏の朝鮮半島」「韓国人と上手につきあう法」「韓国経済ハンドブック」「北朝鮮100の新常識」「金正恩の北朝鮮と日本」「世界が一目置く日本人」「大統領を殺す国 韓国」「在日の涙」「北朝鮮と日本人」(アントニオ猪木との共著)「真赤な韓国」(武藤正敏元駐韓日本大使との共著)など著書25冊

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