女子ゴルフ人気をけん引した韓国選手は消えるのか。キム・ハヌルの引退から見えたコロナ禍での苦悩とは?
先週開催された日本女子プロゴルフツアーの「NOBUTA GROUP マスターズGCレディース」を最後にキム・ハヌルが現役を引退した。
2011、12年韓国女子ツアー賞金女王でもあり、15年に来日してからはメジャー2勝を含む通算6勝と実績も十分に残しており、まだ現役を退くには少し早い気もしていた。
日本での引退試合を前に話を聞くことができたが、彼女の決意は固かった。
「QT(=予選会)に行くような状況になれば、引退すると決めていました。私は韓国でも一度も予選会に進んだことがありません。ゴルフを始めた時から、『そんな状況になったら引退する』覚悟でいましたから」
コロナ禍の影響で2020年の日本女子ツアーは、6月の「アースモンダミンカップ」から開幕した。ただ、キム・ハヌルはこの試合に間に合わなかった。というのも、日本への入国制限措置に加えて、両国を行き来するたびに2週間の隔離生活を余儀なくされた。
「オフのトレーニングで万全だったコンディションは、隔離生活で完全に崩れました。試合に出ない週は普段なら韓国に帰って家族や友人と会ったりしていたのが、隔離があるので帰れません。シーズン中はホテル中心の生活が続き、心身ともにリフレッシュするのが難しかったです」
トップアスリートにもなるとやはり自分の最高のコンディションを維持する方法を知っているもの。しかし、そのルーティーンが崩れると試合のプレーや成績に影響するのは誰が見ても明らかだ。
コロナ禍での大会ではホームに“地の利”?
2020年にキム・ハヌルが出場した試合は10月の「スタンレーレディス」から4試合のみ。21年は3月「富士フィルム・スタジオアリス女子オープン」で3位タイと好成績もあったが、決してコンディションが良かったわけではなかったという。
「技術的な部分よりも精神的な部分が重くのしかかっていました。新型コロナウイルス感染への不安もあり、コンディションを従来の状態に戻すには厳しい環境でした」
プロのアスリートであれば、そうした環境下でも戦い抜き、結果を残すべき――との声も聞こえてきそうだが、確かにコロナ禍では同じ条件で公平に戦えているとは言い難い部分がある。
今夏開催された東京五輪でもコロナ禍でも日本の選手にとっては、少なからずホームアドバンテージがあった。今年の甲子園を見ても4強は近畿勢が独占した。その理由として悪天候とコロナ禍による影響で、近畿勢以外のチームは宿舎で過ごす時間が増える一方、近畿勢は慣れ親しんだ自校で調整が可能だったことが影響しているとも言われている。
いずれにしても、コロナ禍でのスポーツ大会に“地の利”はある程度、影響している部分があるのではないだろうか。
日本女子ゴルフツアーでプレーする韓国選手は、日本に拠点を持たない選手がほとんど。休みのときくらいは母国にいる家族や兄弟と会って過ごしたいと思うのはごく自然なことだろう。コロナ禍でそれができない状況に追い込まれてしまっては、キム・ハヌルもモチベーションを保つのは難しかったはずだ。
日韓を行き来できないストレスを抱え
2009年米ツアー賞金女王で元世界1位の申ジエは、今シーズン(20―21年)は4勝で賞金ランキング6位とその実力は33歳の今も健在だ。しかし、日本の賞金女王を目標にしている彼女にとっては、大事なシーズンだったが、コロナ禍でプレーに影響があるようだった。
「私は日本ツアーに来てから、休みの週があれば必ず韓国に帰って家族や兄弟に会って過ごしていました。それが私の心が休まる時間でしたから。両国に行き来に隔離があり、まだ気軽に外出できる状態ではありません。日本で休みを過ごすといっても、部屋にいることが多いので、リフレッシュをどうすべきかが難しい。今はこうした状況にも慣れましたが、爆発的なスコアを出せるようなコンディションを作るのは以前よりも難しくなっています」
米ツアーを経験してきた百戦錬磨の申ジエでもさえも、難しい環境での戦いに少しのストレスを感じていた。
2019年に結婚したイ・ボミも今季賞金ランキング81位とシード喪失危機に陥っている。ツアー中は夫とは離れて暮らしており、常に帯同していた母も日本に来られない状況だ。
「自分のやることはゴルフなので、そこに集中しているので何も問題はありません。ただ、今年の夏に妹の結婚式で韓国に帰ったあと、日本に入国したときに2週間隔離があったのですが、やはりコンディションを維持するのは難しいです。ハヌルが引退したのも難しい決断だったと思いますが、コロナ禍で思うような環境の中でゴルフができなかったのもあると思います」
話を聞く過程で浮かび上がってきた韓国選手たちの苦悩。それに加えて、新たに日本女子ツアーに挑戦しようという韓国選手はなかなか現れることはないだろう。
正会員の条件とコロナ禍と韓国ツアーの隆盛
というのも、プロテスト合格などで正会員にならなければ、日本ツアー出場権をかけたQT(=予選会)に出場できなくなり、韓国選手は日本に来づらくなった。数人の韓国選手をマネジメントする担当者は「日本挑戦への門戸が狭まり、コロナ禍の状況でさらに日本に行こうとする韓国選手はいなくなった」という。
また、近年の韓国女子プロゴルフ(KLPGA)ツアーも若くて強い選手を毎年輩出することで日本同様に人気コンテンツとなり、年々試合数と賞金総額が増えている。
申ジエも「米女子ツアーに進出選手は確かに少なくなっている」と話していたが、今季米ツアーに参戦したのは、20年全米女子オープン覇者のキム・アリムのみ。韓国ツアーでしっかりと稼げるなら、わざわざ海外に出なくてもいい状況になりつつある。
これまで日本や韓国で数多くの韓国女子ゴルファーを取材してきた身としては、そうした状況に少し寂しさを感じるがこれが現実だ。日本ツアーは若手の台頭も著しく、時代の流れは変わりつつある。
日本ツアーでプレーする李知姫と全美貞は40代、キム・ハヌル、イ・ボミ、申ジエ、アン・ソンジュ、イ・ナリ、黄アルム、ユン・チェヨンは30代。イ・ミニョンとペ・ソンウは20代後半に差し掛かったが、まだこれだけの選手が活躍している。
これからも長く日本でプレーを続け、ファンに笑顔を届けてもらいたいと思う。