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「北欧症候群」が増加しそうな日本メディアの「憧れの北欧」のつくりかた

鐙麻樹北欧・国際比較文化ジャーナリスト|ノルウェー国際報道協会理事
かわいい北欧。北欧はきっと期待を裏切らない? Photo:Asaki Abumi

メディアが伝え、私たちが勝手につくりあげる「幸せな北欧」

「パリ症候群のような、北欧症候群がでてきそう」。ここ数年の間、何度か筆者が感じていたことだ。雑誌やテレビが伝える、素敵な北欧デザイン、ライフスタイル。世界ランキングの数々の項目でトップを独占する「北欧」。「北欧」という言葉は、日本では大きな魔力をもっている。

確かに一部の国は言語や文化が類似しているところはあるが、それぞれ異なる国だ。ワーキングホリデーで暮らし始めた人に会ったことがあるが、「ノルウェー」や「デンマーク」に住みたかったから、と言う人よりも、「北欧に住みたかったから」と表現する人が多い。

かつて、「ノルウェーの」いじめ問題について記事を書いた時に、「北欧にもいじめがあるんですね」というコメントがきて、驚いたこともある。「北欧にはいじめがない」と考える人がいることが不思議だった。理想が叶った、完璧な国などない。人間が住む社会なのだから、いじめや自殺問題もある。

ネガティヴな北欧を、受け入れたくない私たち

数年前、ライターとしてノルウェーに関する情報発信を始めた際も、「ネガティブなことは書かないでほしい」という暗黙のルールがあった(今はその傾向は低くなりつつあるが)。もちろん、北欧ファンや旅行者を増やすために、雑誌などでそうなりがちなことは理解しているが、各国の影の問題や別の見方もあることを一切伝えたがらない・知りたがらない全体的な傾向は、そろそろ歯止めをかけてもいいのではないか。

素敵そうにみえる制度や暮らしにも、常に課題はあり、その課題にどう向き合おうとしているかを参考にすることは、マイナスではない。むしろ、問題点において、現地人はどのように妥協し、解決しようとしているか、そのプロセスのほうが参考になることがある。

いいことばかりだけではない、ノルウェーでの暮らし

ノルウェーは世界一暮らしやすい国のひとつともいわれているが、冬の天気は寒い・暗いし、仕事は日本以上に見つけにくい(アルバイトさえも探すのは大変だ)。驚くほど高い物価と、食のクオリティやサービスは、バランスがとれていないこともある。

親日家ノルウェー人に囲まれたコミュニティだけで暮らすのであれば問題はないだろうが、一般的なノルウェー人にはシャイな人も多いので、他国より友人が作りにくい場合もある。東京のようにオスロは常に進化する情報発信地とはまだ言いにくいので、都会生活に慣れている人には物足りないこともあるだろう。反対に、忙しい生活に疲れて、ゆったりとした時間を過ごしたい人には向いている。

なぜ難民申請者に冷たくなってきた「北欧」は、世界のメディアで大きく報道されるのか

オスロでは、道路や公共交通機関内など、至る所に物乞いがいる。最近は欧州の難民問題のために、移民(日本人在住者含む)・難民に否定的な政党が影響力を増してきている。政権を担っている進歩党というこの政党は、働かずに、税金も払わず、ノルウェーの福祉制度を利用しようとしたり、異なりすぎる文化を持ち込む欧州圏外からの外国人を制限しようとしている。

なぜ、私たちは難民申請者や異端者に対して背を向け始めている「北欧」に、少なからず衝撃を覚えるのだろうか? それは、私たちが想像していた「幸せな北欧」の姿と、異なるものだからではないだろうか。その一方で、「当然だ、北欧でも、やはり無理なのだな。日本でも無理だな」と、どこかでほっとした人も一部にはいるのではないだろうか(一部のSNSでの日本の人々の投稿を見ていると、そのような印象を受ける)。

日本は特殊な「かわいい北欧ブランド」製造工場

日本人がつくりあげる「北欧」ブランドは、確かにビジネスチャンスを増やすプラスの効果があるが、少しでもマイナスな側面は鍵がかかった箱の中に封印される傾向にもある。

筆者は、ノルウェーや北欧に来る人や憧れる人が減ってほしくて書いているわけではない。立場柄、筆者も時に、素敵でかわいい北欧ブランド製造に加担している一人だ。ただ、あまりにも各国が「北欧」とひとくくりにされ、「素敵な」部分しか見ようとしない傾向に加え、受け手がそれだけを素直に信じているとしたら、パリ症候群のような、北欧症候群を生んでしまうのではないかと思う。「イメージと違った」とがっかりして帰国してもらいたいわけではない。完璧な人などいないように、完璧な国などないのだから。

カフェやデザイン、観光情報では、素敵な描写のみになりやすいかもしれないが、「世界一の…」、「幸せな北欧」というテーマであれば、福祉制度や男女平等社会などの裏には、課題点もあるはずだという見方をぜひしてみてほしい。

「北欧」という言葉には、現実を直視しにくくする魔力がある。自分たちの一方的な思い込みで、「想像と違った」となっても、それはノルウェーや「北欧」の人々が意図して招いた結果ではない。

同時に、「北欧」と表現してしまうことで、異なるはずの数か国に関する詳細な調査や説明が省かれ、曖昧に要約した全体像で伝えられてしまう欠点もある。「手抜き記事」が増えやすい原因にもなる。

ノルウェーや北欧に興味を持つ日本人がどんどん増えてほしいと思う。その一方で、「理想的な北欧」だけではなく、問題もあるのだろうという、ほんのちょっぴりの批判的な別の見方もしてみてほしい。北欧はディズニーランドのような、夢の国でも、理想の恋人でもない。そう考えていたほうが、北欧症候群の予防にもなり、現地での時間をもっと楽しめるのではないだろうか。

追記

「北欧症候群」は「パリ症候群」を参考にしたもので、「北欧好き」な人を否定しているわけではありません。北欧好きな人が増えるのは、とてもプラスなことだと思います! 現地で理想と現実の差のギャップにショックを受けるだけではなく、壊れた理想に幻滅し、うつ状態のようになった人のことを書いた記事です。実例は個人情報となるので書いていません。

「パリ症候群」

「流行の発信地」などといったイメージに憧れてパリで暮らし始めた外国人が、現地の習慣や文化などにうまく適応できずに精神的なバランスを崩し、鬱病に近い症状を訴える状態を指す精神医学用語である

現代では「パリにやってきてほどなくののちに生気を失った顔で帰国する日本人女性」はパリにおける一種の名物ともなっており……

内的な要因としては、前出の様に胸に描いてきた理想のパリと現実のそれとのあまりの落差(好例は「絵画のような美しい街並」とのイメージに対する現実の薄汚れた街並など)に対する当惑や、求める職が見つからない、語学(フランス語)も上達しない、などが重なることである。

外的な要因としては、「場の空気」と表現されるような、感情を敏感に察してくれる日本でのコミュニケーションと異なる、自分の主張を明確に伝えることが要求されるフランス文化に適応できなくなっていることがある。

典型的な症状としては「フランス人が自分たちを差別している」などの妄想や幻覚を抱く、パリに受け入れられない自分を責める、などである。

出典:Wikipedia

日本人観光客の「パリ症候群」が急増

パリの現実を目の当たりにすることで、不快になったり、不眠、ひきつけ、被害妄想になったりするという。

ロマンあふれる期待と想像を膨らませて訪れるが、現地に到着してみて、そうした理想を打ち砕かれる人が少なくないという。

問題は日本人が欧米の文化や生活スタイルに強い幻想や思い込みを抱いていることにある

出典:Livedoor NEWS

Photo&Text:Asaki Abumi

北欧・国際比較文化ジャーナリスト|ノルウェー国際報道協会理事

あぶみあさき。オスロ在ノルウェー・フィンランド・デンマーク・スウェーデン・アイスランド情報発信16年目。写真家。上智大学フランス語学科卒、オスロ大学大学院メディア学修士課程修了(副専攻:ジェンダー平等学)。2022年 同大学院サマースクール「北欧のジェンダー平等」修了。多言語学習者/ポリグロット(8か国語)。ノルウェー政府の産業推進機関イノベーション・ノルウェーより活動実績表彰。北欧のAI倫理とガバナンス動向。著書『北欧の幸せな社会のつくり方: 10代からの政治と選挙』『ハイヒールを履かない女たち: 北欧・ジェンダー平等先進国の現場から』SNS、note @asakikiki

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