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社長も、重役の半分も女性。「スター・ウォーズ」にヒロインが生まれても女性監督が生まれない事情

猿渡由紀L.A.在住映画ジャーナリスト
ルーカス・フィルムの社長キャスリーン・ケネディ。(写真:REX FEATURES/アフロ)

2016年、ハリウッドで最も論議を集めたテーマは、多様性だった。

オスカーの演技部門候補者20人が2年連続全員白人だった“白すぎるオスカー”バッシングに加え、以前から問題視されていた男優と女優のギャラの格差に今さらながら注目が集まり、その背景にあるのは「主役はいつも白人の男性」ということがあらためて浮き彫りになったのが今年。監督という分野における男女差はさらに顕著で、2007年から2015年の間に製作されたトップ800作品のうち、女性が監督したものはたった4.1%だったと事実は、衝撃を与えた。

そんな中、昨年末に公開されてアメリカ映画史上最高の興行成績記録を打ち立てた「スター・ウォーズ/フォースの覚醒」の主人公レイは、デイジー・リドリー演じる若い女性レイだった。16日(金)に公開となる「ローグ・ワン/スター・ウォーズ・ストーリー」でも、主人公はイギリス人女優フェリシティ・ジョーンズが演じるジン・アーソだ。

「スター・ウォーズ」神話を引っ張っていくこれらの新しいヒロインたちは、昔からのオタクファンにも温かく受け入れられている。その背後にいるのは、ルーカス・フィルムの社長でハリウッドの超大物プロデューサーであるキャスリーン・ケネディだ。

Courtesy of Lucasfilm Ltd
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現在63歳のケネディは、サンディエゴのテレビ局勤務を経て、70年代末にスティーブン・スピルバーグの秘書となった。タイプの腕前はひどいが、映画製作について良いアイデアを出してくることが買われ、「E.T.」以降は正式にプロデューサーの肩書きを得る。スピルバーグのプロダクション会社アンブリン・エンタテインメントの創設にも関わり、夫で、やはりスピルバーグに強く信頼されるフランク・マーシャルとケネディ/マーシャル・カンパニーを立ち上げた後は、スピルバーグがデビッド・ゲッフィン、ジェフリー・カッツェンバーグと創設したドリームワークスと契約を結んだ。「崖の上のポニョ」「借りぐらしのアリエッティ」がアメリカ公開された時には、英語版のプロデューサーとしてクレジットもされている。彼女がプロデュースした映画には、ほかに「グレムリン」「バック・トゥー・ザ・フューチャー」3作、「ジュラシック・パーク」3作、「ツイスター」「シックスセンス」「シンドラーのリスト」「宇宙戦争」「ミュンヘン」「リンカーン」などがある。ハリウッドの娯楽大作を作り上げるためのDNAを、しっかりと兼ね備えている人なのだ。

2012年6月、ケネディはルーカス・フィルムの共同会長に就任。同年10月、ジョージ・ルーカスは、ルーカス・フィルムをディズニーに40億ドルで売却し、引退を表明する。それを受けて、ケネディは、同社のプレジデント兼「スター・ウォーズ」のブランドマネージャーとなった。

そもそも彼女を自分と同等の共同会長に雇ったことが示すとおり、ルーカスも非常にオープンマインドな人だったが、ケネディのもと、ルーカス・フィルムの社員には、ますます優秀な女性が増えていく。「スター・ウォーズ」のストーリー・スーパーバイザーとシニア・バイスプレジデントという肩書きをもらって入社したキリ・ハートを含め、現在、同社の重役の50%以上が女性だそうだ。男性のオタクと若い男の子向けというイメージが強い「スター・ウォーズ」だが、エピソード7に始まった新しいストーリーの背後には、多くの女性たちがいるのである。

Courtesy of Lucasfilm Ltd.
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レイやジン・アーソは、そんなところから生まれた。今月6日、サンフランシスコのルーカス・フィルムで行われた記者会見で、「『スター・ウォーズ』という非常に人気のある映画の主役が女性であることは、社会に変化を及ぼすと思いますか」と聞かれると、ケネディは、「本当にそうなのであれば、すばらしいわね。レイやジン・アーソは、男っぽい特徴をもっているわけではない。純粋に女性で、たまたま女性。『スター・ウォーズ』は、男性と少年向きと思われてきた。だから女性が主役ということが新しく見えるのだろうけど、この事実がごく普通のことに思われるようになっていくことを願っているわ」と笑顔で答えている。

一方で、監督の話になると、ケネディは、やや身構えた態度になった。ケネディ傘下で作られる「スター・ウォーズ」を手がける監督は、全員が男性だ。「フォースの覚醒」はJ・J・エイブラムス、「ローグ・ワン」はギャレス・エドワーズで、来年末に公開のエピソード8は「LOOPER/ルーパー」のライアン・ジョンソン、2018年5月公開の若きハン・ソロを描く映画を任されたのは「LEGO(R) ムービー」のフィル・ロードとクリストファー・ミラーのコンビ、2019年5月公開のエピソード10は「ジュラシック・ワールド」のコリン・トレヴォロウ。人種で見ても、キャストにおいては「フォースの覚醒」も「ローグ・ワン」も黒人、ヒスパニック、アジア系など多様であるのに、こと監督となると、全員が白人なのである。

Courtesy of Lucasfilm Ltd
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先月、「Variety」へのインタビューで女性の監督がいない件について聞かれた時、ケネディが「『スター・ウォーズ』を手がける監督は、映画を成功に導かないといけない。これらはものすごく大規模な映画で、経験がない人にはできない」と答えたことは、一部から批判を受けた。エイブラムスやトレヴォロウはともかく、ジョンソン、ロード、ミラーに「非常に大規模な映画を手がけた経験がある」というのに無理があるのは否定できないし、突っ込む余地はある。

今月4日(日)にルーカス・フィルムで行われた記者会見で、再びこのことについて質問を受けると、ケネディは、「あの言葉は、前後の脈略なく引用されたもの」と、ぴしゃりと切り返した。

「私は、できるかぎり人々にチャンスを与えたい。『スター・ウォーズ』の映画を監督したいという人がいて、その人が自分にはこの規模のものをこなせると証明してくれるのであれば、もちろん候補として考えるわ」とした上で、エドワーズには「GODZILLA ゴジラ」を監督した経験があることを、あらためて強調した。さらに質問者から「その可能性をもつ女性監督を誰か挙げていただけますか」とさらに突っ込まれると、「たくさんいるわ。そのほとんどと私は話をした」と、具体名を挙げずに答えている。

Courtesy of Lucasfilm Ltd
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アクションが得意な女性監督には、たとえばキャスリン・ビグロー(『ハート・ロッカー』『ゼロ・ダーク・サーティ』)がいるし、ワーナー・ブラザースは来年の「ワンダー・ウーマン」にパティ・ジェンキンスを雇った。しかし、「スター・ウォーズ」となると、「アクションが得意」なだけでは十分ではない。その監督は「スター・ウォーズ」の世界を知り尽くしている、自らもオタク仲間のひとりである必要がある。それは、真の愛と情熱にもとづくものでなければならず、付け焼刃では学べない。なにせ、「スター・ウォーズ」なのである。このブランドと伝説に傷をつけることはありえないのだから、大きすぎるリスクは負えない。ほかの映画もそうではあるとはいえ、これはとくに、政治的に正しいかどうかを最大優先できる状況ではないのだ。

それでも、その条件を兼ね備えた女性、あるいはマイノリティの監督が出てきたら、きっとケネディはその人に任せるだろうと、筆者は確信している。もしその時が来た時、その人は、間違いなく、コアな男性ファンから相当なバッシングを受けるだろう。だからその人は、それを乗り越え、彼らをうならせるような映画を作れる人でなければいけない。そんな特別な人は、ものすごく稀だろうが、きっといる。

世界は広いし、新しい人材はどんどん生まれてきている。「スター・ウォーズ」のユニバースは、この先も続いていく。将来いつかきっと、誰にとっても正しい形で、その時は来る。

Courtesy of Lucasfilm Ltd
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L.A.在住映画ジャーナリスト

神戸市出身。上智大学文学部新聞学科卒。女性誌編集者(映画担当)を経て渡米。L.A.をベースに、ハリウッドスター、映画監督のインタビュー記事や、撮影現場レポート記事、ハリウッド事情のコラムを、「シュプール」「ハーパース・バザー日本版」「週刊文春」「キネマ旬報」他の雑誌や新聞、Yahoo、東洋経済オンライン、文春オンライン、ぴあ、シネマトゥデイなどのウェブサイトに寄稿。米放送映画批評家協会(CCA)、米女性映画批評家サークル(WFCC)会員。映画と同じくらい、ヨガと猫を愛する。著書に「ウディ・アレン 追放」(文藝春秋社)。

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