早期乳がん、再発可能性が高い人も化学療法とホルモン療法で安心できる理由
併用療法で5年後も90%以上の人が再発なし
昨年の米国腫瘍臨床学会(ASCO)年次総会では、TAILORxという臨床試験で「早期乳がん患者の大半は、術後の化学療法が不要」なことが示された。このほど、この試験の最新データ解析により、早期乳がんで再発の可能性が高い人も、術後の化学療法とホルモン療法を受けることで、非常に高い確率で再発を避けられることが裏付けられた。
TAILORxの試験対象となったのは、乳がんの中でもっとも多い、ホルモン受容体陽性(女性ホルモンで増殖)かつHER2陰性(増殖に関わるHER2タンパクや遺伝子の発現が過剰でない)タイプで、まだリンパ節に転移していない早期乳がんの患者。6カ国から1万人以上の患者がこの試験に参加した。
試験に参加した早期乳がん患者の約17%が、オンコタイプDX(Oncotype DX)と呼ばれる腫瘍の多遺伝子パネル検査により再発リスクが高いと判定された。しかし化学療法とホルモン療法を受けることで、診断から5年後も90%以上の人が再発を経験せず、96%の人が生存していることが確認された。
腫瘍の遺伝子検査の活用
一口に乳がんといっても、さまざまなタイプがあり、リンパ節や他の部位に転移しているかなどのステージ(病期)の違いによっても、治療法が変わってくる。最近では腫瘍の多遺伝子パネル検査の普及により、腫瘍の性質も踏まえて、より最適な治療を選べる時代になりつつある。
オンコタイプDXは、手術でとった腫瘍組織について21の遺伝子発現状態を調べることで、将来の再発リスクや術後化学療法の効果を予測する検査だ。対象となるのはホルモン受容体陽性、HER2陰性、リンパ節転移なしの早期乳がん患者。
米国では医療保険が適用されるため、利用が増えている検査だ。 再発スコアは0から100の数値で表され、数が大きいほど高リスクを示している。これまでの複数の研究とTAILORx試験の結果から、51歳以上の乳がん患者で再発スコアが0から25までの人、また50歳以下の場合は再発スコア0から15までの人は、術後はホルモン療法だけで、化学療法は不要であることが明確になった。
ホルモン療法と化学療法の併用で再発を回避
一方で、再発スコアが26から100の場合は再発リスクが高いとみなされ、手術後にホルモン療法と化学療法を併用することが推奨されてきた。今回、TAILORxの試験参加者で再発スコアが高かった1389人のデータを解析したところ、術後のホルモン療法と化学療法により診断から5年後でも93%の患者が、再発を経験していないことがわかった。
また、乳がんの化学療法に用いられる薬剤には、タキサン系、シクロフォスファミド、アントラサイクリン系など様々な種類があるが、どの薬を使っても結果はほぼ同等であることも確認できた。
ホルモン療法単独だと再発回避の確率が低下
では、再発リスクが高い患者が、ホルモン療法だけしか受けなかった場合はどうだろうか。化学療法と併用することが最善なことがわかっているので、比較のために患者にホルモン療法だけしか受けさせないことは倫理に反する。
そこで研究者は、過去に実施された別の臨床試験結果とTAILORxのデータと組み合わせて統計的に分析した。その結果、ホルモン療法と化学療法を併用した治療なら診断から5年後時点で、再発していない確率は前述の通り90%以上だが、ホルモン療法のみの場合は78.8%に下がるという予測になった。
化学療法は脱毛や手足のしびれなど、味覚不良など不快な副作用を伴うことが多いので、つい尻込みしたくなってしまう。しかし、こうした試験結果を目にすれば、早期でも再発リスクが高い場合は、ホルモン療法と化学療法を併用して受けることに納得しやすくなると思う。
どうする?高額な遺伝子検査
今年6月、日本の厚生労働省が「がんの遺伝子パネル検査」の保険適用を開始したが、現在のところ対象となるのは、稀少がん、あるいは標準治療をすべて受けて、他に治療法がないといったごく限られたケースにとどまっている。
オンコタイプDX検査は、日本でも保険適用外の自由診療として受けられるが、40万円から50万円近い費用がすべて自己負担となる。米国でも検査費用そのものは日本と同等の4000ドル程度。
医療保険が適用されるので、個人負担額はある程度抑えられるものの、米国の民間保険は自己負担率が高い。また高額な検査は保険会社や政府の負担が増え、やがては掛け金や自己負担率のさらなるアップという形で跳ね返る可能性もある。
ホルモン受容体陽性、HER2陰性、リンパ節転移なしの早期乳がんの大多数は、再発リスクが低い。米国ではこうした早期乳がんだと、51歳以上の患者の約85%が、50歳以下だと約40%が「化学療法不要」なグループに該当するという。
こうした多数の患者が、再発リスクが低いことを確認するためだけに高額な検査を受ける必要性はないため、全米がんセンター組織(NCCS)による指針では、オンコタイプDX検査の対象要件に、「腫瘍の大きさが5ミリメートル以上」という条件を加えている。
体にも、お財布にも最適な治療を受けられる条件整備を
しかし米国でも50歳以下の若年患者では、約60%が再発リスクが高めで、化学療法を併用した方がよいグループだ。TAILORx試験では、再発スコアが中間値でも、やや高めの16から25で、50歳以下の治療群では、ある程度の化学療法の利益があるという結果がでている。
再発スコアの数値はそれだけで治療法が決まるという絶対的なものではない。治療は、患者の年齢や身体的状況、その他のリスク要因なども総合的に勘案して、医師と患者で決めるものだ。それでも、臨床的にみて再発リスクがやや高めか、高い可能性のある患者にとっては、オンコタイプDX検査は、治療選択を検討する上で役立つと情報を得る手段と言えるだろう。
不要な検査、不要な化学療法は患者にとって、身体的にも財政的にも負担になる。技術の進歩と国の政策によって、これからさらに増えると思われる様々な遺伝子検査の費用が下がり、必要な人がよりリーズナブルな費用負担で、最適な検査や治療を受けられるようになってほしい。
関連リンク
早期乳がん患者の7割が化学療法なしでOK 治療選択に大きなインパクト 米国腫瘍臨床学会から
オンコタイプDXについてジェノミックヘルス社のウェブサイト
TAILORx: New data on cohort with recurrence score 26-100 shows 93% cancer-free rate at five years(TAILORx研究グループからの報道発表、英文リンク)
乳がんにおける遺伝子発現検査の費用対効果(ASCO、英文リンク)