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huluのリニューアル・トラブル、問題を残しつつ収束へ〜それは、なぜ起こったか〜

境治コピーライター/メディアコンサルタント
画像はhuluトップページより

huluのシステムリニューアルで視聴に大きなトラブルが

日本の有力な定額映像配信サービスのひとつ、hulu(フールー)。2011年にアメリカからやって来たのだが、2014年4月に日本テレビが買収し、テレビ局のコンテンツ力とプロモーション力で着実にユーザー数を伸ばしてきた。

それがこの5月17日にシステムを根本からリニューアル。大きく使い勝手が向上するはずが、逆にトラブルに見舞われユーザーの間では不満の嵐が巻き起こってしまった。

トラブルのポイントは大きく2つ。1)映像が途中で途切れたり画質が著しく悪くなった 2)外部モニターにはHDMIケーブルの接続が必須となった前者はどのデバイスでも多かれ少なかれ起こった。後者は一部のユーザーがまったく視聴できなくなった。いずれも深刻なトラブルだ。(注:(2)は厳密には「HDCP対応機器が必須となった」だが、ここではわかりやすくケーブルの話にしている。詳しくは後述)

私も日本上陸以来のユーザーの一人だが、リニューアル後の週末は海外ドラマが一時間の中で10回以上止まって閉口した。だがなぜかその直後に試しに見た映画はまったく止まらず、試しに見るつもりが二時間最後まで見てしまった。

その後、22日(月)以降は私の環境では映像が止まることはなかった。だがツイッターで「hulu リニューアル」と検索すると、HDMIケーブルの問題で視聴できなくなったユーザーを中心に不満が次第に増幅。中には「もう解約だ」とツイートする人もいた。ずっと使ってきた環境で視聴できなくなったら解約したくなるのも当然だろう。何しろケーブルの問題は事前のアナウンスも全くなかったのだ。

そして中にはブログなどでリニューアルの理由を憶測的に書く人も出てきた。だがその内容は、huluを何回か取材してきた私にはまったく筋違いのものだ。

いまは対応に追われているだろうから事態が落ち着いたら取材しようと考えていたのだが、これは一刻も早く取材して情報を伝えるべきだと考え直し、取材を申し込んだ。もちろんトラブルへの対処に大わらわの様子だったが、HJホールディングス社長の於保浩之氏と事業戦略室長の太田正仁氏が取材に対応してくれた。私として理解できたことをできるだけわかりやすくみなさんにお伝えしたい。

(現状の対応について知りたい方は、ここを見るのが早いと思います)

システムの奥で起こった配信トラブル

最初にお二人それぞれが言葉にしたのはユーザーへの謝罪だった。多くのみなさんにご迷惑をおかけしたことを申し訳なく思っているとのことだ。これはまず伝えておくべきだろう。

その上で、トラブルの原因を聞いていった。まず先述の(1)、映像が止まったり画質が著しく悪くなったのはなぜか、対処はどれくらい進んでいるか。

太田氏の話から私が描いた図がこれだ。

太田氏の話を元に筆者が作成した図
太田氏の話を元に筆者が作成した図

映像配信サービスではほぼ必ずと言っていいほど使われるのがCDN (Content Delivery Network)だ。映像配信はちょっとユーザーが集中しただけで大きな負荷がサーバーにかかる。そこでインターネット上に分散的にサーバーを配置し、そこからも映像を送り出す仕組みがCDN。アクセスが多いファイルをキャッシュすることで、本体のサーバーの負荷を減らす。

huluの新システムではA社がCDNを担っている。そこはまったく問題なく稼働しているそうだ。一方映像配信はB社のシステムを使用している。映像本体はそこに置かれているのだ。B社は独自にシステム内にC社のCDNを補助的に使っている。

今回トラブルが起きたのは、このC社のCDNだった。そこに何らかの不具合が起こったため、huluの配信全体が大きくトラブルに見舞われた。ただ、人気のコンテンツはA社のCDNのキャッシュによって比較的問題が少ないはずだという。

確かに私も、10回止まったのは「ゲームオブスローンズ」のシーズン1だった。もうずいぶん先へ進んだドラマなのでシーズン1ではキャッシュが効かなかったのだろう。対して続けて見た映画は「アベンジャーズ」。人気コンテンツなのでキャッシュのおかげでスムーズに視聴できたということのようだ。

対策は進んでいるのだろうか。太田氏によれば、22日以降はC社が香港や韓国など近隣国のサーバーで暫定的な処置をしているそうだ。私の環境だと月曜以降問題がなくなったことと符号している。ただ、デバイス自体のキャッシュの問題もあるので、視聴環境によってずいぶん違うという。

そして根本的な対策として、hulu専用エリアをC社が構築している最中だという。26日(金)の取材で「なんとかこの週末のうちに」とのことだったので、この原稿がみなさんの目に入る頃には完了している可能性もある。

ということで、一方の大きな問題だった配信トラブルは収束へ向かっていると言ってよさそうだ。

(追記:29日午後時点の最新情報では、週末の対応は別の不具合の発生で元に戻したとのこと。今週中に再度対応を試みるそうだ)

HDCP導入は再び契約を結ぶ際の絶対条件

さてもう一方の問題、HDMIケーブルでなければ外部モニターで視聴できない点についても掘り下げて聞いた。原因はHDCPという著作権保護技術が、VGAや多くのDVIケーブルでは対応していないことにある(DVI-DやDisplayPortでの接続なら可能)。なおかつ、モニターがHDCP対応でないとそもそも視聴できない。

それがもとで視聴できなくなったユーザーからすると、いままで見れたのになんでわざわざそんなややこしいもんを導入したんだと怒り心頭だろう。このHDCPの導入が、長年のリニューアル構想の中での大きなハードルとなり、具体的な詰めの作業には一年を要したという。

ご存知の読者も多いと思うが、今回のリニューアルはアメリカで開発されたシステムを日本オリジナルにすげ替えるものだった。そうすると、各コンテンツプロバイダー(CP)と再び一から契約をし直すことになる。各事業者とそれぞれ、分厚い契約書を交わしていく。

契約をし直すのなら、著作権保護技術を最新のものにしてくれ、というのが各CPの強い要望だった。というのは、CPからすると多くの人に見て欲しいとはいえ、デジタル配信では海賊行為とのイタチごっこが続いている。その中にはユーザーの気軽な画面キャプチャーも入るし、悪徳事業者の動画ファイルの違法なコピーもある。そういったことを絶対されない最新の保護技術が現状は、HDCPだ。

HDCPをクリアしたデバイスでなければ使えないこと。それが再度の契約の条件となってしまった。huluは大手の配信事業者の中で契約を見直す一番手となってしまったわけで、もし今後他の事業者が契約を見直す際や、新しい事業者が映像配信サービスを始める際には、同様の条件になるはずだという。保護技術の厳格化はこの三年間ほどで急激に進んだため、huluが試金石役の形になった。

HDMIケーブルの問題は完全な見落とし

著作権保護が厳しい条件となったのはなるほど、よくわかった。だが、それならばなおのこと、事前の告知が絶対に必要だったのではないか。そう問うと、「これはもう、ミス以外の何物でもない。該当するユーザーの皆様には本当に申し訳ない」との答えだった。

「完全な見落としだった」と言うのだ。

HDCP対応が必須となり、そうなるとどのデバイスが、どの機器が、どの機種が、どのOSが視聴可能か、不可能かを整理していった。例えば、AndroidのOSがいくつならOKでも、チップによって動く動かないが生じる。そういった整理に没頭し、またその整理は完璧にできたはずだった。ところが、「この機器なら視聴できる」ことまでは整理したのに、「この機器をあのモニターにどのケーブルでつないで視聴できるか」の確認は完全に見落としていたという。

今回の事前告知では、確かに視聴ができなくなる機器のリストは、綿密に作成されていた。テレビ受像器では、何年発売モデル、というだけでなく型番まできちんと調べてリスト化していた。そこまでやっていたのになぜ、ケーブル接続まで頭が回らなかったのか、と思うが、そこまでやっていたからこそケーブルに目が向かなかったのだろう。視聴できなくなる機器のリストづくりで頭がいっぱいになってしまったのだと思う。

わからないでもないが、長らく自分の環境で問題なく視聴してきたユーザーの気持ちからすると、どんなに説明されても納得も何もできないに違いない。視聴できなくなっただけで腹立たしいのはもちろん、事前の告知がまったくなかったことは裏切られた気持ちだと思う。こうしたユーザーの解約はいたしかたないと思うし、hulu側としても留めようもないだろう。

リニューアルは、アメ車を国産車に作り変えること

私は4月20日にプレス向けに行われたリニューアルの説明会に参加したので、今回のリニューアルの趣旨はわかっていたつもりだ。だがこれほどトラブルが起こってしまうと、あらためてリニューアルの必要性を聞いてみたくなった。

於保社長は、こんな例えで説明してくれた。

いままでのhuluは、言ってみればアメ車だった。これを国産車として作り直したのが今回のリニューアル。

アメ車なのでアメリカ市場に対応した作り方になっている。日本の市場には合わない点が多い。さらにこれまでは、日本のニーズに合わせてチューンナップする際にもいちいちアメリカの開発拠点に依頼せねばならなかった。時には、要望に対応してもらえなかったこともある。例えば、決済手段として日本人にとっては銀行引落しも当たり前の選択肢のひとつだが、アメリカでは一般的ではない。そのためこれまで、システムを対応させられなかった。

決済手段は一つの例に過ぎず、これからもっと日本でユーザー数を増やし多くの人に気に入って使ってもらうためには、国産車として一から設計し直す必要があったのだと言う。一度そのリニューアルをすれば、その後はさらなるチューンナップも自分たちの手でできる。ますます使い勝手をよくするための長年の課題をようやく実現できたのが、今回のリニューアルだった。

確かに、これまでのhuluは使いやすいものではなかった。もともとアメリカでは、見逃し配信の無料サービスとしてスタートしており、UIもそのために構築されたのだろう。定額配信サービスとしては不足した点が多々あると私も感じていた。

リニューアルしたらしたで、もっとこうして欲しいという点は私としてもいろいろある。そういう要望はこれからさらにどんどん言って欲しいそうだ。何しろ、自分たち自身でチューンナップできるのだから積極的に対応します、と於保社長は言う。これについては、今後に期待したい。皆さんも不満や文句をどしどし伝えればいいと思う。

もう一点、「はっぴょん問題」についても質問した。リニューアルでPC版のURLが「hulu.jp」から「happyon.jp」に変わった点だ。別のドメインにするにしても「hulu」が含まれるドメイン名になぜしなかったのか。「ハッピーオン」が「はっぴょん」とも読めることから、揶揄もされてしまっていた。何かアメリカのhuluとトラブルでもあったのではないか。そんな憶測も飛んでいた。

「いろんな案の中から議論して、これに決めました。アメリカのhuluと揉めたわけでもないですし、むしろいまも良好な関係です」

於保社長の回答はきっぱりしたものだった。

「でも普通の感覚だとhulu-japanとかにするもんじゃないでしょうか。ゆくゆく変更するからではないですか?」と突っ込んで質問したが「今後もhuluの名称を変えるつもりはありません」とのことだった。

トラブルがなければ「そうなんだ、変なの」で終わることだったろうが、トラブルが起こったために憶測を呼んだ、ということなのだと受け止めた。ドメイン名は、一度ブックマークすればその後は思い返すこともないからどうでもいいのかもしれないが。ただ私も未だに「変なドメイン名だな」と思う。

huluを放送とは別の柱に育てるのが日テレの方針

このあとは、私がもともと知っていたことをベースに書くことだ。huluがリニューアルした理由を、赤字の解消だとする記事がいくつか見受けられた。だがhuluについて前々から情報を得ていた私からすると、完全に的外れだ。huluはいま150万強の会員数。これをもっともっと増やす段階で、黒字か赤字かを問うのはもっと先の話なのだ。

日テレが2014年にhuluを買収したときは、業界中が驚いた。その時に聞いた、大胆な買収の理由は以下のようなことだ。

2008年から09年にかけてリーマンショックが世界を襲った時、テレビ局も一斉に広告収入を落とした。この時、いくら視聴率競争をしても景気次第で一気に収益が悪化することをテレビ局は思い知らされた。テレビ局は視聴者を相手にしているようで結局はB to Bビジネス。景気に振り回される業態だ。

お客さんを直接相手にする事業がこれから大事になるのではないか。日テレ経営陣はそう考えたと聞いている。そのために投資もやむなしと考えた中で、hulu買収の話が持ち上がったのだという。

つまり、huluはゆくゆく、放送と並ぶような経営の柱にするのが目標。もっともっと会員数を増やして将来に向けて育て上げることが最優先なのだ。だからこそリニューアルが必要で、短期的な赤字は問題にならないはず。日テレの経営計画を見ても、huluについては会員を増やすことしか書いていない。

赤字だからリニューアルしたのだとするブログが、アゴラに載ってそこからYahoo!にも転載されていた。かなり拡散されたと思う。私はまったく間違いだと感じ、書いた方とTwitterでやりとりしたが、推測だと断って書いているし推測で書くことはいけないことと思わないとの意見だった。それも書き手のひとつの方針としてありだとは思うが、筋違いの情報が広がるのはユーザーの不快感を煽るだけではないか。アゴラやYahoo!の編集の皆さんは一度、この問題について考えてみてもらえればと私は思う。

もうひとつ今回の件で感じたことがある。huluは確かに大きなトラブルを引き起こしたが、ケーブルの問題で視聴できなくなった人と、さほど問題を感じなかった人といた。マルチデバイスのサービスだから、デバイスによって「トラブル」の大小には大きな差があるのだ。ひょっとしたらいまだにトラブルが起こったことに気づいてない人もけっこう多いかもしれない。

とくにhuluはPCやスマホなどとは別に、テレビという旧来のデバイスでも使うサービスだ。そこには大きな隔たりがあると思う。この隔たりを乗り越えていかに誰にとってもどこでも使えるサービスにするか。映像配信に限らず、多様なサービスが迎える課題なのだと私は感じた。

私が映像配信サービスについて情報を追うのは、日本のコンテンツビジネスの進化のために欠かせないと考えているからだ。それに映画やドラマを自宅で自在に視聴できるのは、ファンとして素晴らしい贅沢なことだとも思う。そんなサービスにとって使い勝手の良さは、コンテンツの充実と同じくらい重要だ。huluにも今後のさらなる向上を期待している。

コピーライター/メディアコンサルタント

1962年福岡市生まれ。東京大学卒業後、広告会社I&Sに入社しコピーライターになり、93年からフリーランスとして活動。その後、映像制作会社ロボット、ビデオプロモーションに勤務したのち、2013年から再びフリーランスとなり、メディアコンサルタントとして活動中。有料マガジン「テレビとネットの横断業界誌 MediaBorder」発行。著書「拡張するテレビ-広告と動画とコンテンツビジネスの未来」宣伝会議社刊 「爆発的ヒットは”想い”から生まれる」大和書房刊 新著「嫌われモノの広告は再生するか」イーストプレス刊 TVメタデータを作成する株式会社エム・データ顧問研究員

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