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中国の報復輸出管理で世界は米中半導体戦争版「ベスト&ブライテスト」に巻き込まれる

富坂聰拓殖大学海外事情研究所教授
(写真:ロイター/アフロ)

 米中半導体戦争で習近平政権はいよいよ本格的な反撃を始めたようだ。中国商務部と税関総署は7月上旬、8月1日より希少金属・ガリウムとゲルマニウムの関連品目を輸出管理の対象品目とする(以下、輸出管理)と発表した。

 同報道官は「(輸出管理は)国際的にも行われていることで、特定の国に向けたものでもない」と説明する。しかし今回の措置が、これまでアメリカが繰り返してきた半導体関連技術での輸出規制に対する報復であることはだれの目にも明らかだ。

 ここ数年、中国は最先端技術に関しアメリカや西側先進国が次々と繰り出す輸出制限に苦しめられてきた。6月には日本とオランダが高性能半導体やリソグラフィ装置などの技術を中国に渡さないようにする輪に加わり、中国のハイテク産業はより困難な状況に追い込まれた。

 中国はアメリカの保護主義だと反発した。

 つまり今回の輸出規制は、それまで防戦一方だった中国にも「対抗策がある」ことを示す狼煙とされた。米CNNは「中国が切り札を切ってきた」と報じた。

中国は切り札を切ったのか

 希少金属のガリウムとゲルマニウム(以下、二つの金属)は、半導体や太陽光発電パネル、光ファイバーの製造に不可欠とされる。中国中央テレビ(CCTV)は番組『今日亜州』(7月6日)のなかで〈中国はガリウムの生産量で世界の98%に達し、精錬されたガリウムのシェアは68%。アメリカ自身も50%を中国に依存〉と、その重要性を強調した。

 二つの金属は無線通信、LEDディスプレイ、光ファイバーや赤外線光学製品などにも使われ、近代的兵器の材料ともされる。故に輸出管理の対象品だという。中国政府は「明確な軍民両用の属性があり、その輸出規制は国際的な慣行がある」と、中国がアメリカや西側先進国が繰り返してきたやり方を模したのだと説明する。

 かつて中国は環境問題を理由にレアアース品目の割り当て削減を実施し、逆にWTO(世界貿易機関)から協定違反との裁定を下されてしまったが、当時(2010年)とは違い理論武装もできているのだろう。

 中国共産党中央機関紙『人民日報』にコメントを寄せた商務部国際経済貿易協力研究院の梅新育研究員は、「予見可能な今後数年間において、ガリウムとゲルマニウムの代替可能な供給源を見つけることは不可能」と輸出管理の効果に自信を示した。

 一連の流れからも中国の強気な姿勢が伝わってくるが、二つの希少金属への輸出管理だけでアメリカの対中姿勢を一変させられるかといえば、それほど簡単な話ではない。

 ガリウムとゲルマニウムの輸出において中国が圧倒的な存在であることは間違いない。とはいえ、完全に代替が利かないかといえば決してそうではないからだ。

 先に挙げたレアアースのケースもそうだが、日本が韓国に向けて行った半導体関連3品目(フッ化ポリイミド、レジスト、フッ化水素)を使った揺さぶりも狙い通りの効果を上げなかった。このように世界には輸出制限を受けた相手が脱依存を急いだために、かえって制裁側が優位性を失った事例が少なくない。

 そのこと自体、中国も十二分に意識しているはずだ。

これはほんの始まりに過ぎない

 では、なぜ中国はガリウムとゲルマニウムに手を付けたのか。

 ヒントになるのは中国商務部の魏建国元部長の「これはほんの始まりに過ぎない。材料はまだたくさんある」という発言だ。魏は続けて「中国は世界最大規模の希少金属の生産国だ」と付け加えた。

 つまりハイテク戦争が高じ、その先で輸出管理の面積がどんどん広がっていけば、資源を厳しく管理し、けん制し合う段階が訪れる。そうなったとき米中や世界がどんな困難に見舞われるのか。その愚かしい未来を想像させることが狙いなのだ。

 事実、中国はリチウム、コバルト、ニッケル、グラファイトといった素材でも大きなシェアを誇り、世界の需給に影響を与える力を備えている。

 CCTV『朝聞天下』(6月15日)は自然資源部の資料から、2022年の鉱山資源の埋蔵量について〈国内で埋蔵が確認されている163種類の資源・エネルギーのうち、4割近い資源の埋蔵量の増加が確認された〉と報じている。このうちリチウム、コバルト、ニッケルは、それぞれ57%、14・5%、3%従来から埋蔵量を伸ばしたという。リチウムについては種類も豊富だ。

 つまり中国はガリウムとゲルマニウムの輸出管理だけで米中対立の局面を変えようとするのではなく、その次を想像させることで経済戦争の激化を防ごうとしているのだ。

米半導体三巨頭の警告

 市場原理を政治的に変えようとすれば、アメリカにもそのツケは回ってくる。その現実を、問題が起こる前に想起させたいのだ。

 兆候はすでにある。今月中旬、米半導体の三巨頭(インテル、クアルコム、エヌビディア)のトップがそろってワシントンに赴きバイデン政権のスタッフと面談した。彼らがワシントンを訪れる理由は一つしかない。〈半導体メーカーの最大市場・中国を切り離せば、(米半導体メーカーは)技術の進歩に費やす能力を失い、最終的には米国のリーダーシップも弱らせるということを教えるため〉(米ブルームバーグ)だ。

 彼らの懸念は的を射ている。中国という巨大市場から得られる利益を失えば、研究開発に向けられる原資も奪われ、技術開発競争に支障をきたすことが目に見えているからだ。

 頭でっかちなワシントンが仕掛ける半導体戦争は、どこかベトナム戦争を泥沼に引き込んだ「ベスト&ブライテスト」の失敗と重なる。彼らの「机上の空論」に振り回された挙句サプライチェーンの破壊だけが残るとしたら、それは世界にとっても悲劇でしかない。

拓殖大学海外事情研究所教授

1964年愛知県生まれ。北京大学中文系中退後、『週刊ポスト』記者、『週刊文春』記者を経て独立。ジャーナリストとして紙誌への寄稿、著作を発表。2014年より拓殖大学教授。

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